第3幕 お礼
我輩と虎織は商店街を歩いていた。
いつも通り活気があり皆笑顔だ。酒屋に魚屋、八百屋に肉屋、駄菓子屋。歩いていると皆声をかけてくれる。
商店街を抜け人気が少なくなってきた。
「ん・・・?」
「どうしたの将鷹?」
「いや、気の所為かもしれないけど誰かに呼ばれた気がしたんだけど」
「それは気の所為じゃない?さっきからみんなに呼ばれっぱなしだったし」
1週間程前に聞いた声だ。この消え入りそうな声は
「白浜のおっさんか」
「さっきから結構声をかけていた。無視されてるかと思った。」
振り返ると黒髪で毛先が青いボサボサ髪の男、元拾弐本刀の白浜征十郎が立っていたのだ。
「お前、肌のケアとかしてるか?」
白浜のおっさんは口を開くといきなりそう聞いてきた。
特にこれと言ったケアをしている訳では無し肌が弱いから変にケア出来ないのだ
「いや全く」
我輩は軽く答える
「そうか。うちの店に来てくれ。白鷺城の一件の礼がしたい。」
「えーっと店?白浜のおっさんなんかやってたっけ」
「あぁ。昔化粧品屋をやっていた。それを最近再開した。」
これは意外だ・・・化粧品とは・・・我輩には無縁だが虎織にとっていいものがあるかもしれない。
「虎織、どう思う?」
「少し見てみたいかな」
「じゃあ行こうか」
「では店を開けて待っておく。ここをズドンと真っ直ぐ行って右にくいっと曲がれば店がある」
ここら辺の人特有の大雑把かつ擬音語混じりの説明をしてくれた。だいたいわかったがこれは華姫とそのまわりに住む人にしか伝わらないのでは無いだろうか
気付けば白浜のおっさんはどこかへ消えてしまっていた。
「さて、行こうか」
「どんなの置いてるかなぁ楽しみだなぁ」
「虎織は結構化粧品とかこだわってるのか?我輩はよく分からないんだが」
「うーんこだわってるって程でもないかな。いい色とか可愛いのとかそういうの探してるんだ」
「なるほどな。いいのが見つかるといいな」
言われた通りの道を行くと少し古めの建物が有った。ここなのだろうか?化粧品屋というには少々外観が古い気がするが
まぁ中に入ってみるとしよう
「すごいな・・・」
「外観と内装が全く違うね・・・」
ドアを開けると煌びやかなシャンデリアや洋風な香水瓶、日ノ元とは思えない程ド派手だった。
「来たか。建物の見てくれは古いが内装は海外風だろう?」
「白浜のおっさん、店の中だけは声大きくないか?気の所為か?」
「気の所為だろ。俺はいつもこれぐらいの声量で話しているが」
「気の所為という事にしておこうか・・・それで、礼ってのは?我輩としてはここの店に来れただけで十分なんだけど」
虎織がここに来て楽しめていると言うだけで十分だ。
それにしても虎織がここまで目を輝かせてなにかを見るというのも久しぶりか。服屋でもなかなか虎織の好みの服が無いようで今みたいにはしゃいだりしていない。
「お前に渡すものはこれだ。ただの化粧水だが乾燥肌にはいいだろう。」
「これは有難いな。そろそろ夏だし乾燥して仕方ないからなぁ」
「そうだろう。見たところ肌が弱いようだから肌に優しい物を選んである。あの子にはこれだろうか」
「これは?」
「もち肌になるやつ。」
「既に虎織はもち肌なんだけど」
「もっともちもちになるぞ。」
「まじか」
「まじだ」
白浜のおっさんと話をしていると店の扉が開く。
「あら、ハマー帰ってきたのね。てっきりどこかで死んだのかと思ってたわよ」
ごつい身体つきに女性物の服、すごく異様な人間が店へと入ってきた。
なにか本でこういう人の事書いてたな。確かドラァグクイーンだったか
「晴臣か。お前は昔から変わらないな。あとハマーはやめろと昔から言っているだろう」
白浜のおっさんが答える。
「いいじゃないハマーって名前の方が可愛いわよ。それにしてもそこの子、可愛いじゃない」
虎織の事だろうか。そもそもここに可愛いと呼ばれる存在は虎織しか居ないだろう。
「虎織は誰がどう見てもやっぱり可愛いよなぁ」
「風咲。お前のことだぞ。」
白浜のおっさんの言葉で我輩は凍りついた。えっ?あぁ・・・ん?可愛いか我輩・・・?
「そう。君よ。どう?うちのの店に来ない?サービスしてあげるわよ?」
一体どんな店を経営しているのだこの人・・・下手に返事が出来ない
「安心しろ。そいつの店はただのバーだ。」
「そうよー。あっ、でも君みたいな子ならお持ち帰りしちゃったりするかもしれないわねぇ」
「全力で遠慮します!」
悪寒が凄い。単純に怖い。今すぐ逃げ出したいけど虎織が楽しんでる所に水を指すわけにはいかない
「あらー振られちゃったわ。仕方ないからアタシは退散するわ。お邪魔したわね」
そう言うとドラァグクイーンは店を出ていった。
「白浜のおっさん、あの人一体なんなんだ?」
「アイツは孔雀院晴臣。見た者の技を数日で体得する凄い戦闘技術の持ち主だ。今は魚町でバーを経営しているはずだ」
「あぁいう人は敵に回したくないな・・・なんて言うかくぐり抜けてきた修羅場の数と質が違う」
さっきちらりと見えたのだがあの人の腕におびただしい程の縫い目が有った。ボディステッチのようなオシャレなどではない。あれは落ちた部位を縫った跡だ。
普通の戦場であんな風にはならないはずだ。
「将鷹、あの人・・・」
虎織がさっきまで輝かせていた眼を曇らせこちらに来た
「あぁ、ヤバい人だ。歴戦の猛者って感じだな」
「ヤバいやつだがアイツは良い奴だ。」
白浜のおっさんがフォローを入れる。常連客なのだろうか。それとも昔馴染みだからなのか。
まぁ確かにさっき我輩達に危害を加える気がなかったのは明白だしあんまりどうこう言うべきでは無いか。
「で、虎織。欲しい物は有ったか?」
「あっ、うん!これとこれとこれと!」
ファンデーションに頬紅、リップにアイシャドウ、よく分からない物も多々あった。
「虎織って結構淡いピンク色好きだよな。」
「なんかこう可愛いから好きなんだよねこの色。将鷹がかっこいいからって理由で赤と鈍色が好きなのと同じだよ」
「なるほどな」
「ふむ。割引含め合計9000と800円だな。100円札切らしてるから出来ればピッタリだしてくれ。」
驚いた。割引されてなお、おおよそ1万円なのか!?女性の化粧とは大変だ・・・
というかそう考えるとこの貰った化粧水もかなり高いのでは・・・?
店を出て我輩達は次の目的地を目指す。そこは、ヴァンさんとローズさんの経営する喫茶青空だ。
ヴァンさんとは1週間ぶりに会うことになるな。あの日のお礼も言わないとな




