第1幕 思いを込めて
虎織と談笑していると左後ろの奏さんの工房からギャギャギャっと鉄を削る音が響く。昔髪留めを加工している所を見せてもらったが機械と魔術と何かよく分からない技術の合わせ技で無骨な鉄の塊が綺麗に成型され5つに切り分けられていった。あの光景は何年経っても忘れないだろう。
「将鷹君。少し来てくれるかな?」
「はーい」
奏さんに呼ばれ短い返事をして席を立つ。
「ちょっと行ってくるな」
「うん。行ってらっしゃい」
虎織は手を振り我輩を見送ってくれた。
まぁ特にこれから何かあるという訳ではないんだけど
「失礼します」
「はいはい。早速で悪いんだけどこの髪留めの色どうかな?」
奏さん髪留めを1つ持ちこちらに手渡す。綺麗な蒼だが少々前より白色が強いか?でも気になるほどでもない
「大丈夫です。綺麗な蒼ですね」
「良かった。君は目がいいから却下とか有りそうで怖かったんだがね」
「流石にそこまで厳しくないですよ」
「はっはっは。知っているさ、冗談だよ。さてと魔術式をこの場で組み込んで渡すといいよ」
「では、失礼して」
髪留めに魔力を込めると共に風の魔術式を刻む。
すると髪留めからゆらりと蒼い炎が揺らめき始める
「なっ!?なんで炎が!?やばい・・・」
時すでに遅し。炎の魔術が勝手に発動してしまっている。何故こうなった?我輩は風の魔術式を刻んでいたはず・・・
「大丈夫だよ。それで君は気分が悪くなったり君自身の存在が揺らぐことは無い」
奏さんの声で気がついたが炎の魔術を使った時に聞こえる人のうめき声のような幻聴、人々が焼かれる幻覚は一切聞こえず見えない。
「落ち着いて、ゆっくり深呼吸して、よく聞くんだ。君が恐れているのは蒼い炎じゃない。紅蓮の炎だ。その証拠に燃えているというのに熱くはないだろ?」
「奏さん、何か知って・・・」
「僕は君の可能性を見てきただけさ。君は君が思う以上に強い。それだけ覚えておきなさい」
奏さんは我輩の声を遮り言葉を紡いだ。奏さんの言葉の真意も意味も分からない。
だが蒼い炎は奏さんの言う通り怖くも、熱くもない。
髪留めに魔術式が刻まれ蒼い炎はゆっくりと揺らめきながら消えていく。すると髪留めは数年前に作って貰った髪留めと寸分違わぬ色へと変わっていた。
「おや、これはもしかして蒼い炎が元の色だったのかな。これは白単体で加工してみてもいいかもしれないね」
そう言うと奏さんは白の気応鉄を加工し始め7つ髪留めを作る。やはり何をどうやっているのか理解出来ないほどややこしく難しい。
「さぁ将鷹君、魔力を込めてみて」
奏さんはそう言いながら我輩に7つの髪留めを手渡し魔力を込めるよう促す。我輩はそれを受け取り1つずつ魔力を込めて行く。風の魔術式を刻もうとしたのだがやはり蒼い炎が揺らめき白い髪留めを蒼へと染めていく。
「おぉー、やはり将鷹君は面白いね。いや、面白いと言うより興味深い、かな」
「さっき我輩の可能性を見てきたって言ってましたけどあれってどういう意味なんですか?」
「答えは自分で探しなさい。ただなにも無しでは辿り着くことは無理だろうからね。1つだけヒントをあげよう。僕の魔術は魔術の歴史文献に1行だけ存在するよ」
歴史文献に1行・・・文献って結構なページ数あるから探すのは難しいが1行だけというのはそうないだろう。なかなかに大きなヒントだ
「わかりました。あっ、そうだ。知ってたらでいいんですけど探してる物があってその情報が欲しくて・・・」
「ちょっと待ってね。えぇっと、あぁ、これだこれ。探していたのはこれだろう?」
我輩の声を最後まで聞かず奏さんはゴソゴソと工房の棚を漁り紐で結ばれた指輪の束を取り出す。
それは我輩が探していた指輪の束だった。我輩の爺様、風咲幸三郎が作り出した魔道具、十の願い事だ。
「なんで・・・もしかして未来視?いや、星読み・・・」
「残念だけど、どちらも外れだよ。流石にそこら辺は文献にいっぱい載ってる魔術だよ」
「全く検討つかないですねぇ・・・」
「じゃあ十の願い事と一緒にこれも渡しておこう。十の願い事はそのまま持っておいていいよ。元は将鷹君が持つべき物だからね。ただ、その本は返してね」
分厚い1冊の本と共に十の願い事を我輩に渡してくれた。
「いいんですか?」
「いいとも。さっきも言ったようにこれは将鷹君が引き継ぐべき物だからね」
奏さんはニカリと笑い最後に小さな声で何かを言った。きっと重要なことなのだろうが聞き直してはいけない気がした。
「さぁ、虎織ちゃんが待っているだろうから早く行ってあげなさい。きっといい笑顔を見せてくれるんだろうね」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
「こちらこそありがとう。今日はいいものが見れたからね。それにこれからいいものを見せてもらう予定だしね」
ふふっと小さく笑う奏さんを後ろに我輩は工房の外へと出る。
そして我輩は虎織の待っているテーブルに戻り席に座る
「おかえり、ってあれ?それ魔術の歴史文献?珍しいね」
「ただいま。ちょっとした課題みたいなもんだよ。それと、はい。髪留め」
「ありがとう。いつも思うんだけどすごい綺麗な蒼色だよね。私には勿体ないくらいに」
「何言ってるんだよ。この髪留めは虎織にしか似合わないよ」
「そうかな」
少々照れた顔で虎織はふいっと横をむく。
「あっ、早速付けてもいいかな?」
「うん。虎織の為の髪留めだからな」
「それじゃあ」
色を無くした髪留めを外し虎織は蒼い髪留めを付ける。やはり虎織に良く似合う。そして虎織は外した髪留めを大事そうに仕舞うと立ち上がり
「奏さんにお礼言ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
虎織の背中を見送り、我輩は冷めたお茶に手を伸ばし飲み干した。
そして借り受けた文献のページを捲っていく。
文字がズラリと並び目眩がするほどの小難しい事が前書きとして存在していた。
そっと閉じたくなる気持ちを抑え我輩は本を読み進めて行く事にした




