第30幕 心中抜刀
「おい!お前それ心中じゃねぇのか!?久那に怒られるとかじゃ済まないぞ!それにお前が使うんじゃなくて他人に渡すとかダメだろ!」
菊姫命が大声で久野宮さんに妖刀心中を渡すのを止める
「コイツの打たれた理由、知らない事はないですよね?」
我輩は菊姫命に問いかける。知らないはずもないのだがな。
「あぁ、知ってる。でも月奈の神殺しが有るってのに久野宮が命を落とすってのが納得行かねぇ!」
「菊姫命様、ワシはここで仄様と死ぬと決めた故!割り切って頂きたい!」
少し菊姫命達との距離が遠いが故、久野宮さんは大声で言う。
そして心中を手に取る久野宮さん。
「うぉっ・・・!?なんだこの重さは・・・」
刀の重さで久野宮さんはバランスを崩し刀が床にめり込んだ。あぁ・・・重要文化財の床が・・・
「妖刀ですからね。色々と憑いてるんですよ」
「お前は軽々持ってたのに・・・」
「そういうのものともしない体質なんで。あと鞘から抜くともっと重いですよ」
「これ振れるか・・・?いや、気合いでやる他ないな」
苦笑いしながら久野宮さんは鞘から刀を抜く。さっきと同じ様に刀が床へと突き刺さる
「月奈、しばらく名無しの神の相手を頼む。時間稼ぎだけでいいから」
「わかった」
月奈は返事と共に我輩の横を通り抜け名無しの神へと向かっていく。速すぎてびっくりした。
「久野宮さん、我輩は後ろに戻ります。前線は頼みます」
「えっ、あぁ、任された」
我輩は虎織と菊姫命が居る所まで下がる。
「何故渡した」
菊姫命は御立腹のようだ。まぁ当然か。仲間を見殺し、いや、殺すような行為なのだから。
「男の決意はそう簡単に曲がるもんじゃないんですよ。特に久野宮さんみたいなタイプは。それに我輩が久野宮さんの立場なら必ず心中を使いますし」
「そういう問題じゃない!お前は普通の人間にアレが使えると思っているのか!?」
「使えますよ。久野宮さんなら大丈夫です。思いは呪いをも跳ね除けるものですから」
「・・・もし使えない様なら直ぐに回収してこい。でないとお前を守護してる三柱を俺の命を投げ打ってでも井戸の底に沈めるからな」
「分かってます」
納得はしていないが仕方ない、話が平行線にしかならないと言う顔で菊姫命は自らの足元に井戸を作りその縁に座る。井戸には網が張ってあり落ちない様にしていた。
「さて、虎織。ちょっと手伝ってくれ。鎖がもう無くてな」
「了解。魔力は結構戻ってるというか将鷹が分けてくれてるからいつも以上の鎖が作れそうだよ」
虎織はにこりとしてから魔術式の展開を始める。
「風咲君、鎖回収しておきましたよ」
聞き慣れた声と共に天井から鎖がジャラジャラと落ちて来た。そして少し遅れて日々喜さんが天井からまるで忍者かの様に降りて来る。
「ありがとうございます」
「それにしてもまさか君が心中を持ってるとは」
「日々喜さんは怒らないんですか?父親代わりみたいな人にアレ渡した我輩を」
「久野宮さんの意志ですから。それに親の願いを見届けるのも子供の務めですからね」
日々喜さんは少々辛そうな顔で今にも泣き出しそうな声であった。だが決して涙は流さない、そんな意志を感じた。
「将鷹、準備出来たよ。何時でも縛り上げられるよ」
虎織が魔術式を展開し後は魔力を込めるだけの状態で声をかけてくれた。
「よし、なら我輩も準備するか。もし月奈が危なそうなら縛り上げてくれ」
「了解、でも昨日みたいに切れたりしないかな・・・」
不安混じりの声だ。昨日の1件で少々自信をなくしているのだろう
「今日は大丈夫ですよ。あれ切ったのは城ヶ崎ですから」
日々喜さんがサラッと昨日の風の鎖が切れた原因を教えてくれた。結構重要な事だとは思うんだけどいつもそういうのをサラッと言うのが日々喜さんだし仕方ないか。
そんな事を思いながら我輩は魔術式を展開して鎖を魔術式に繋ぐとジャララララと子気味良い音を立てながら魔術式が鎖を飲み込んで行く。
「さて、こっちも準備完了だ。後は久野宮さん待ちだ」
久野宮さんは床に刺さっている心中を抜けずにいた。時間稼ぎをしている月奈は余裕の表情を浮かべながら槍で七支刀を弾き、時たま名無しの神へと蹴りを入れていく。
多分今月奈にそいつを潰してくれって言ったら楽にこの件は片付く。でもそれでは久野宮さんの覚悟も思いも踏み躙ってしまうことになる。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!」
久野宮さんの雄叫びと共に心中は床から引き抜かれ赤黒い刀身全てが初めて顔を出す。
「虎織、捕まえるぞ!」
「うん!月奈!下がって!」
虎織の声と共に月奈は後ろへと飛び退きそれを確認した我輩達は鎖で名無しの神を縛り上げる。
久野宮さんが持つ心中が名無しの神に触れるまであと数歩・・・




