第7幕 天秤
「えっ……!?」
声をかけらてやっと声のする方向へと視線を向ける。全く気配を察知出来なかった。
「まぁ誰だっていいか。お前ら、私を殺してくれる?」
琴葉ちゃんの話の通り透き通るような翠玉色の髪、整った顔、違う点は金と青のオッドアイだけ。
体格は小さく、雰囲気も少し緩い印象を覚えはするも威圧感が凄まじい。まるで何年も刻を重ねた歴戦の猛者というような雰囲気すらある……
でも気圧されてるだけじゃダメだ。十中八九当たりなんだろうけど確認はしないと。
「アンタが噂に聞く翠玉の魔女か」
「そう呼ばれてるらしいな。忌々しい……」
「それなら古二階麻緒とでも呼ぼうか?」
「勝手に人に名前つけんじゃないわよ……!!」
どうやら琴葉ちゃんの言っていた知り合いでは無いらしい。眼の色が違う時点で別人認定するべきだったんだけど、どうも雰囲気が聞いてた話と合致していたから気になってカマをかける形の質問となった。
「じゃあなんとお呼びすれば?」
虎織が眼鏡をかけ直してから魔女に問う。話を聞くのに名前は知っておくに越したことはない。
「名前……?初対面のヤツに教えると思うか?」
「ごもっともで。それじゃあ魔女様とでも呼ばせて貰いましょうかね」
「……まぁそれでいいわ。で、殺してくれる?」
「それは話聞いて然るべき対応させていただきます。我輩とこの子は人を殺せませんから」
「ならば用はない。さっさと帰れ」
「そうもいかないんですよ。お役所仕事ですから」
できる限り警戒心を抱かせないように軽い口調で仕方なくやってる感を出し話し合いのテーブルに着かせる言葉をかける。
「我輩達は殺しはできませんがお話次第では役所の人間がお手伝い出来ると思いますよ?」
「ふーん。役所か。ということは華姫か?それとも別のとこのヤツらか?」
「えぇ、申し遅れました。華姫市黒影対策課、風咲将鷹と申します」
「雪城虎織です」
「そうか。話ぐらいはしてやろう。着いてこい」
「ありがとうございます」
魔女に連れられツリーハウスへと入る。簡素な木のテーブルとキッチン、そして奥に繋がる扉が二つあるだけ。暮らすのには最低限という感じか。
「お邪魔します」
靴を脱ごうとした時魔女に止められた。
「ここは土足でいい。礼儀正しいのはいいが周りをよく見るべきだな」
「これは失礼」
「良い。まぁ座るがいい」
魔女が手をかざすと木の椅子がテーブルの周りに二つ現れる。魔術式は見えなかった。ということは渾名となった通り魔法使いなのだろう。
「魔法、ですか」
「これしか私には取り柄がないからな。しかし驚きもしないとはな」
「見慣れてるワケではないですが使えはしますから。それで、貴女は何を犠牲に椅子を作ったんですか?」
我輩はその場で魔女に問う。魔法には代償が必要だ。よく聞く話じゃ大切なモノ、記憶、そして自分の魂。魔力じゃ大した魔法は使えない。この魔女も必ず何かを代償にして魔法の行使をしているはずだ。そうじゃなきゃおかしい。
「なんだったかな。そんなものはどうでもいいじゃないか。話をするんだろう?」
語る気は無しか。それとも語れないモノか。
椅子に座り話を切り出す。
「なんで魔女様は死にたがってるか、何故自分で死なないか教えて貰えますかね?」
「随分と直球で聞いてくるではないか。しかしだ、まどろっこしいよりは随分といい。私はこの世界に嫌気が差したのさ、人は人を助けず利益だけを求め自らの為に他者を踏みにじる。役所の人間ならば解るだろう?人間は他者を蔑ろにし生きていく。貴様らがそうしてきたようにな」
「嫌気が差したから死にたいって……正気か……?」
「そういう反応をするだろうな。そうだろうとも、私を知らないモノは等しくそう反応する。己の物差しでしか考えられぬからな。だからこそ言わねばなるまい、私は死ぬのが怖い。故に自死の時どれだけ覚悟を決めようと最後には怖くて先延ばしにしてしまう」
死ぬのが怖いのに死にたい?我輩には解らない感覚だ。それって根本的には生きたいってことじゃないのか?
「解らない……」
「何が解らないか言ってみるがいい」
「死ぬのが怖くて死ねないってさ、生きたいって本音では思ったりしてないのか……?」
「思っていたら他人に殺してくれなど頼むものか。寿命で死ぬとなった時も死が恐ろしくて草木の命を奪い生き延びてしまった」
「ますます解んねぇ……!!寿命が来て死ぬってんなら……ちょっと待て!?延命したってのか!?」
「あぁ、できてしまったからな。おかしな話だろう?人は矛盾を抱えて生きる、その矛盾が私の場合は死にたいが延命してしまうというモノだっただけだ」
「それで殺してくれって言うのはおかしな話じゃないか!?殺しにかかったやつを怖いからで殺し返すことだってあるんだろ!?おかしいだろ!?」
「だからおかしな話だと言っただろう?やはりお前たちには解らんか。死にたいのは本音だ。しかしそれを跳ね除ける恐怖が私を支配しているに過ぎない」
「だったら死ぬ覚悟が足りてねぇんじゃないのか?」
「そうかもしれないな。だが人間が皆死に対して覚悟ができると思うな。お前たちのように命の天秤が狂っているわけではないんだ」
魔女に突きつけられた言葉が疑問と妙な納得感と共に胸に刺さる。
我輩の感覚が狂ってる……?




