プロローグ
雨が降りしきる中、我輩、風咲将鷹は書類仕事をしていた。
六月頭はだいたい屋台出店の許可とそれに関する資料の整理になる。他部署でやれよと毎回思ってしまうが警備するうちの部署で把握する方がいいだろうと毎回断られる。
最近は電子化も進んで来ていて提出資料も一部の屋台は紙から電子版になっていたりでどうせなら統一してくれというのが本音だが電子系に疎い人の事を考えるとやはり統一というのも難しいか。
なら紙に統一してくれ……てか眠っ……
「あら、今日はパソコンの方で作業してるのね」
我輩の机に珈琲カップが置かれる。振り返ると綺麗な赤髪の少女っぽい女性、琴葉ちゃんがお盆に珈琲カップを三つ乗せていた。
「珈琲ありがと。パソコンの仕事の方がまだ気が楽だからな。紙だと量が視覚化されて辛い。まぁ終わりが見えないのも辛いけどさ」
「この時期は仕方ないわね」
「だな」
そう言って珈琲に手を伸ばし口を付けると異様に甘かった。そして酸味強っ!眠気が一気に吹き飛ぶくらいには酸味が強い!
「琴葉ちゃん、これ砂糖どんだけ入れた!?」
「どんだけって三?」
「三杯!?」
多いな……いや、でもなんかそれでもこの甘さにはならないだろ……
「角砂糖三個よ?」
「そりゃ甘いわ!!あと何分置いてたんだこれ」
完全に酸化しきってるし冷めきってる。
「えーっと二時間……かしら?」
「酸化しきってる……!!」
「グイッと飲んじゃって。私飲めないから」
「飲みかけかよ!?」
「仕方ないじゃない飲めなかったんだから!虎織に飲んでもらおうと思ったら将鷹に飲ませた方がいいって!」
「さすがに我輩に回してくるのは困るぞ」
向かいに座っている綺麗な灰色の髪に琥珀色の眼の女性、虎織に文句を言う。
「酸化した珈琲苦手だもん。他の人に飲ませるワケにもいかないし捨てるのももったいないじゃん?そこに眠そうにしてる将鷹見たら、ね?」
「そうなんだけどさぁ……仕方ない、一気飲みか……新しい珈琲も淹れてくれると助かるんだけど」
「いいよー。私が淹れとくよ」
虎織が席を立ってちょっと良いインスタントコーヒを手に持ってウォーターサーバーへと向かっていった。
そして我輩はグイッと珈琲を飲み干す。嫌な甘ったるさと甘さによって引き立った酸味が口に残る。
「琴葉ちゃん、次は無いから……もし次放置してこんな珈琲作ったらしばらく家の珈琲ブラックのままだからな?」
「ま、まさか牛乳買わないつもり!?正気!?毎朝牛乳飲んでるのに!?」
「覚悟の上だ……」
「牛乳は絶対一本は冷蔵庫に入れててよー?料理とかで使う時困るんだから」
虎織が珈琲を淹れてきてくれた。まぁ確かに料理に使う時多いしな牛乳。
「それに、琴葉ちゃんも忙しくてやばい珈琲作っちゃったんだし仕方ないって」
「虎織……!」
虎織の優しい言葉に琴葉ちゃんは眼をキラキラと光らせる。
「それでそんな激マズ珈琲を作って何やってたのかなー?」
「最近無法区に私を殺してくれって言ってる不審者がいるらしいのよ。それの資料に目を通してたの」
「本当は?」
「居眠りしてました……」
「正直でよろしい。ま、その居眠りも仕事疲れから来るものだし仕方ないっちゃ仕方ないよねー」
「あんまり甘やかしちゃ駄目だぞ」
「それ将鷹が言う?」
「甘やかしてるつもりは無いんだけどな」
「ま、仕事関係ではきっちりしてるし別にいいんだけどねー」
甘やかしてる自覚はないし普段通りの接し方を崩す気は無いけどあまり深く追求されるのもよろしくないから話題をすり替えていく。
「そういえばさっき琴葉ちゃんの言ってた殺してくれって言う不審者、透き通った翠玉の髪の魔女じゃないか?」
「あら、知ってるなんて珍しいわね。知り合い?」
「知り合いなら手を打つくらいはしてる。噂話程度のを小耳にはさんだだけだ」
「噂に疎い将鷹が、ね。これも何かの縁だろうし虎織と一緒に調査、お願いできる?」
「私も?」
「無法区に将鷹一人放り投げたら何するかわかんないし、何より死にたがりの不審者なんかに出くわしたら将鷹じゃどうしようもないでしょ?」
「確かにそうだけどそれなら将鷹以外の人でも良くない?」
「それも考えたんだけどね、殺して欲しいって言われたら事情聞いて殺すとかしそうじゃない?」
「そこまでは……するかも……」
虎織が一瞬否定しようと悩んで他のメンバーのことを思い浮かべたのだろうがまぁ皆事情が事情なら殺すよな。
納得しつつ琴葉ちゃんに資料をくれと言おうとした瞬間勢い良く対策課の扉が開く。
「おっ届け物でーす!」
現れたのは東雲色の髪に青い眼の女性、雪だった。
背中には身の丈程の黒い布に包まれた長い何かが担がれている。誰に何を持ってきたのだろうか。
「誰宛だー?」
「えっと、結城君だっけ?新人の子!」
「和か。今は月奈と黒影を払いに行ってるよ」
アイツも最初に比べるとかなり強くなったしな。二人一組のルールがなければ一人でも黒影を任せられるくらいには。まぁまだ我輩から一本取れてないから一人前とは呼べないかもしれないけど。
「そっかー。じゃあちょっと待とうかな。どうせ今日はこれ以降オフの予定だし」
客人用のイスに雪は座る。
「珈琲でも用意するよ」
我輩は立ち上がり机の中からスティック珈琲を手に持つ。
「おっ、気が利くね!僕の仕事がまた捗っちゃうね」
「なんか依頼してたっけ?」
コップを一つ取りながら雪に聞く。記憶的には虎徹も直してもらってるし別の所で発注した投げナイフも雪が作ってくれたし、他に何かあったか?アザーズもあの加速を手に入れた時以降使ってないから記憶の混濁もあの時点までのはず。虎織と道を譲り合いながらすれ違いスティックの封を切ってコップに入れてからお湯を注ぐ。このタイプは混ぜなくても溶けてくれるから助かる。
「学生時代の約束はまだ果たせてないからさ」
「アレか。白虎が約束の品だと思ってたけど」
「まだまだ。あの子もこの荷物も一個の試金石みたいなモノだし」
「なになに?どんな約束したの?」
琴葉ちゃんが身を乗り出すようにずいっと雪に迫る。興味津々なのが凄くわかる程に声が楽しそうだ。
「僕の師匠の刀を超える逸品を作って将鷹に渡す、そしてその刀で将鷹はみんなを護るって約束だよ」
「へぇー!素敵な約束じゃない」
「ねー。羨ましい約束だよー」
琴葉ちゃんの反応に同意しながら虎織が我輩の机に珈琲を置いてくれた。後を追うように雪に珈琲を差し出す。
「ありがとね」
「客人には珈琲くらいは出さないとだからな。あっ、うまっ。さすが虎織」
自分の席に戻ってから虎織の淹れてくれた珈琲を口にする。コクがあって酸味少なめでキリッとしてる。これだよこれと言いたくなる美味さだった。
「僕の事は気にしなくていいのに」
「そうもいかないわよ。結城の荷物持ってきてくれたんだし。見たところ槍、かしら?」
「残念、少し違うかな」
「あれ?結城の獲物は槍のはずよね!?」
「薙刀だよー」
「薙刀ぁ!?」
思わず声が出てしまった。槍と使い方はちょっと似てるとはいえ流石に今からの武器変えは中々にしんどくないか?
「驚くのも無理ないけど僕の見立てが正しければあの子の戦闘スタイルは槍より薙刀だよ。月奈の神殺しに慣れてるから感覚麻痺してるけど、槍は叩きつけと突きがメインで切り結びなんて正直普通の槍にやらせるモンじゃないよ。それで将鷹とあの子の手合わせ見てて思ったんだ、あの子は突きより切り払いを多用してる、じゃあ槍は不向きじゃないかって」
確かに最近は手合わせで突きをあまり使ってこない、正確には突きが悪手になりかねないと思ってしまっているからかもしれない。
「言われてみれば……気づかなかったの情けねぇ」
「突きで確実に仕留められるならいいけど防がれたりすると不利になりかねないからね、筋力にものを言わせて軌道を変えるか、それか元から突きを囮にするか。どっちも実戦経験少ないあの子じゃ難しい話だよ。それに椿流使ってる将鷹が稽古つけるなら薙刀の方が面白そうだし」
「面白そうって……」
少々呆れたが何となく言わんとすることは解る。中、近距離で攻撃を弾いて状況にあった攻撃をする、相手するには面白いだろうな……
「そうだ、来たついでだし僕と手合わせしてよ!白虎と投げナイフ渡してから一切やってないしさ!」
「マジで言ってる?仕事中なんだけど」
「いいわよー。私が許可するわ。雪が武器握るなんて珍しいもの見れるんだから」
紙パックのいちごミルクを飲もうとしていた琴葉ちゃんが許可を出した。いいのかよ……
「珈琲飲んでからでもいいなら受けて立つよ」
「じゃあ決まり!虎織も将鷹と一緒にやる?」
「私はやめとこうかなぁ。午前中に汗かくのやだし。何より頑張ってる将鷹を見る方が楽しいし」
「マジか……程々で頼むぞ雪」
「えー。全力で戦うからよろしくね!魔術とかも使っていいからさ!」
こうして雪との手合わせが決まってしまった・・・全力全開の月奈とか近衛よりはまだ勝負にはなるだろうけど搦手も多分効かない、純粋な剣技も上、更には見せた技は真似られる可能性すらもある。
正直身内で一番戦いたくないのは誰だと言われると雪だ……
決まってしまったものは仕方ない。こうは言ったものの結構楽しみなのは表情に出さないでおこう?




