悔後 幕陸拾参第
「取り逃したって・・・いや、今はアイツら追いかけないと・・・!天ちゃんありがとう!」
「あっ!ちょっ、ワタシもついてくよ!走りながら色々話さないとだから」
我輩は走り出しそれを追う形で軽やかな天ちゃんの足音が追ってくる。しかしどういうことなんだろうか
「取り逃したっていうのはねぇ、アイツ分体?っていうの?分身の方が解りやすいかな。そういうので本体じゃないらしいんだよね。燃やしはしたけど煙に巻かれたっていうのかな?」
燃やせたのなら何故?そもそもなんで分身的なやつって解ったんだろうか。気になったことは聞いておいた方がいい。日照様ならともかく天ちゃんならある程度ストレートに教えてくれる
「ちなみになんで分身って解ったんですか?」
「燃やしたら燃やしたって感覚あるっていうかな。ゲーム感覚でいうとダメージ表記ちょっと出たけどキル表記出ないみたいな感じ」
「なるほど。解りやすい例えありがとうございます」
ゲームで例えてくれるのはとても有難い。神様視点がどんな感じかは解らないけど確かにキルが出てないなら取り逃したって思うのも仕方ない
「アレの正体とか聞きたいかい?親友ー?」
「その言い方だと見当ついてるけどタダで教えるには惜しいってやつですか」
「そう、値段としてはワタシとゲーム半日!十二時間耐久だ!ゲームはなんでもいいよ。パズルでもシューティングでもレースでも」
「よし買った!って言いたけどそろそろ境界線です」
境界線から兵舎寄りの方に軍服を着た人が複数人座り込んで居た。間に合ったか?ここでなら境界線内だし安全だ。でも嫌な予感しかしない・・・
「生きてるか!?」
「あぁ、俺は大丈夫なんだが他の奴らが・・・雪城の兄さんが止めてはくれたんだけど狂ったみたいに突き進んじまって・・・俺も最初は敵が憎くて仕方なくて突っ込む気でいたんだけどふっと正気に戻てな・・・ここにいるヤツら全員俺と同じようになんかに突き動かされて正気に戻ってここで止まったんだ」
「じゃあ残った奴らは・・・」
「行っちまった・・・雪城の兄さんも止めるためについて行っちまった」
「解った!」
何とかなるかもしれない、途中で正気に戻ってくれてたらいいんだけど・・・忠定もついて行ってるってのが厄介だ。あいつに死なれたら困るし・・・
「天ちゃんはここで待ってて貰えますか?」
「いいや、ワタシも行く。神様とはいえ女の子なわけだしここに残されるのは普通に怖い」
「マジで言ってます?」
「マジも大マジ。何千年生きてるってもメンタルは身体に引っ張られるもんだし、何より親友が無茶しないか心配だからさ。君が死んじゃうとさ、少彦名命だけじゃなくて華姫の対策課の皆に責められる可能性あるじゃん?信仰揺らぎかねないし最悪神殺しでサクッとされちゃうんだぜぇ?」
後半は冗談交じりって感じだけど心配してくれてるらしい
「解りました」
「よろしい、じゃあ急ぐとしよう」
境界線を越えて近くの茂みに身を隠しながら移動する。銃声と硝煙の匂いがこちらにやってくる。それを皮切りに怒号と銃声が響く
「やばい・・・!」
音のする方へ走り出すと肉片と血飛沫が視界を邪魔する。血を拭い目を開くと血溜まりとバラバラになった人達がそこかしこに転がっている。生きてる人は・・・
見渡す限りの地獄絵図。一瞬でここまでなるものなのか・・・?現実的じゃなさすぎて実感が湧かない
「将鷹、こっちだ」
「忠定?」
吸い寄せられるように身体がそちらを向く。ふらりふらりと意識が朦朧とする感覚と共に足が動く
「ほら、言わんこっちゃない。貸し一つ」
誰かに肩を掴まれて引っ張られる。そして朦朧とした意識がスっと正常に戻るのを感じた。開いていたはずの目を開け辺りを見る。そこはさっき見たのと変わらない地獄絵図、でも今回は実感がある。硝煙と鉄のような臭いが鼻をつく。空は太陽が傾き空を東雲色に染めていた
「天ちゃん?」
「いやー危なかったね。ワタシが止めなきゃそのままそこの血の池の仲間入りだったよ」
「っ・・・もっと早くこっちに来れてたら・・・」
「自分を責めても変わらないよ。死んだ人間は生き返らない。それにここはあくまで再現された場所、気に病むことは無い、って言っても仕方ないよねぇ」
「すまん、俺も力づくで止めていればこうはならなかった」
忠定が後ろにいた。俯き現状に憤っている、そう見えた。後悔が止まらない、我輩でこうなのだから忠定はもっと悲しいし苦しいだろう。なのに、泣きもせず耐えている・・・
「一度兵舎に戻ろう」
「そう、だな」
「少し待ってくれ。手を合わせてから行くとしよう」
天ちゃんの言葉にハッとしてその場にもどり手を合わせる。どうか安らかに眠って欲しい、そんな身勝手な願いを頭の中で唱えて境界線へと急ぐ。
ここまで来れば多分大丈夫。兵舎への道を進み辿り着くと白髪のおじさんが手紙を持って立っていた。そしてそれを我輩に手渡しこういった
「西園寺からだ」
その言葉で背筋が凍りついた。手紙を我輩に渡すなんて普通ありえない、その疑念を否定したい、その一心で畳んである紙を広げる。
風咲殿へ
私の愚かな行いをどうか許して欲しい。上官を手にかけ、兵を煽動し死地へと送り込んだ恥ずべき行為だった。
自分でも何がどうなってそのような行為に及んだのかはてんで見当がつかず本当に申し訳ないと思う。
この責任は自らの命で償う他ない。厚かましい願いではあるが良き未来の為、どうか同胞を導いてくれ。
本当にすまない。西園寺 國広
「おっちゃん、西園寺さんは?」
おじさんは何も答えず兵舎の一角を指差した。そこは記憶が正しければ案内してもらった遺体安置所だ。
そこを目指して歩き出した。耳が塞がったような感覚と共に周りの音が消えていく。
扉を開くとそこに横たわる西園寺さんがいた。腹が裂かれ、頭に弾丸を受けた跡が残っている
「おい、なんで死んでるんだよ!おい!何とか言ってくれよ!?こんな、こんな事誰も望んじゃいないの解ってんだろ!?なぁ!」
話しかけても、叫んでも何も変わらないのは解ってる。だけど叫ばずには居られなかった。だって西園寺さんは何かに操られてそれで・・・
涙がボロボロと零れる。これが怒りなのか悲しみなのか自分には解らない。
心が折れそうになった。なんでこんな優しい人がこんな思いをしなきゃならないんだ。どうして西園寺さんが死ななきゃいけないんだ。全部全部戦争が悪い・・・そして西園寺さんに取り憑いてたやつが悪い。憎悪を胸に安置所の戸を閉め天照大御神に問う
「西園寺さんに憑いてた奴の正体教えてくれ」
「怖い顔しないで、そんな眼でワタシを見ないでくれ・・・一旦落ち着いてくれないかい?」
その言葉でハッとした。こんな態度で神様に向かうべきでは無い
「・・・すみません」
「いや、いいんだ」
月が顔を出し夜が更けていく。忠定が持ってきた乾パンを齧って腹を満たしてから夜風に吹かれ頭を冷やす。だが胸にある憎悪の炎は燻り続け、ただただ夜を眺め過ごす。しかしこんな時でも眠気はやってくる。星座の元我輩はその眠気に身を任せた




