第17幕 朝食
「彌守、人参とブロッコリーを俺の皿に乗せんな」
食卓を囲む中、近衛が静かにそう言う
「別にいいじゃん、近衛あんまり野菜食べないんだしさ」
「だからといってお前の分を俺の皿に乗せていいことにはならんだろうが・・・」
そう言いながら近衛は皿に入れられた野菜を少しオマケして彌守ちゃんの皿に返していく
「親子みたいだな」
思わずそんな感想が口に出てしまう。まぁ二人の関係を知らないなら絶対親子だと勘違いするしなんなら親子と言っても差し支えない関係性とも言えるかもしれない
「だねー」
「てかさ、今日の朝飯近衛らしくないよな」
思ったことのついで、とは言わないが今日の朝食のメニュー達を見てそう呟く。
普段の近衛は洋食、中華を中心にたまに和食を作る感じなのだが今日のメニューはふわふわのパンケーキ、ウィンナーにスクランブルエッグ、湯掻いたブロッコリーと人参というお高いファミレス顔負けの朝食メニューだった
「俺がパンケーキ作っちゃ悪いってのか?」
「そうは言わないがなんか珍しいなって」
「・・・彌守が駄々こねるから仕方なくだ」
「だってふぁみれす?の朝ご飯セット食べたくなったんだもん!それにタイミングよく近衛が朝ご飯何がいいか聞いてきたし!」
やっぱりファミレスメニューかぁ・・・
「近衛、そういうのは言ってくれればみんな起こして行くけど・・・」
「材料全部揃えてるこの家の台所が悪い。作れるなら普通に作るだろうが」
「そりゃ最高の褒め言葉だな!」
「で、味はそのファミレスってヤツとどっちが美味い?」
「どっちの良さもあるが近衛に軍配が上がるな」
味の好みを考えると断然近衛だな。まぁファミレスにはファミレスの雰囲気と良さがある。あと珈琲飲み放題だし
「普通に剣薙の方が美味しいわね。中華バカだと思ってたけどまさかこんなオシャレなのまでいけるなんてね」
琴葉ちゃんが冗談交じりにそう言う。中華バカは言い過ぎだろと思いながらも近衛が気にしてないなら別にいいか
「正直ここまで美味しいと反応に困るね」
「近衛の方が美味しいんだね!凄い!」
「ここまで満場一致で褒められると照れんじゃねェか・・・」
そんなこんなで朝食を楽しんでいると来客を知らせる澄んだ鈴の音が鳴る
「どちら様ー?」
竹林を抜けてこれてかつ鈴の音が重くないということは害を加えに来た者ではない。ということはだいたい身内である
「僕だよ」
玄関の方から聞こえてきたのは雪の声だった。朝から来るなんて珍しいな。居間の方へと足音が近づく。雪らしい軽快かつ静かな足音だ
「朝早くにごめんね。って、ご飯中かぁ。ほんとタイミング悪い時にきちゃったな・・・」
居間に入ってきた雪は紫の布に包まれた何かとアタッシュケースを持っていた。そしてバツが悪そうに雪は頬を人差し指で掻くように触る
「雪も朝ごはん一緒に食べる?」
虎織がそう言って隣を少し空けて空いた所を軽く叩く。幸いにもパンケーキは山積みという表現が適切だと思えるほどに積まれている。アリサの大食いを考慮してのこの量だ
「・・・じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
こうして雪を交えて朝食が再開される
「それで雪、何か用があってきてんだろ?何かあったのか」
「ほぅだった。こへつしふぁがったふぁらふぉっへひたよ」
パンケーキを頬張って喋る雪の言葉は非常に難解だった
「口ん中のを飲み込んでから喋ってくれ・・・何言ってるかさっぱりわからん」
「んっ・・・虎徹仕上がったから持ってきたよ。あともう一つ、言いたいことあったけどそれは食べてからね」
「おぉ!マジか!!その紫の布に虎徹が!?」
旧友を懐かしむってこういう事なんだろうな。嬉しさで頬が緩み自然と笑顔になる
「ただし、本当に観賞用だからね。使っちゃダメ」
「だよなぁ・・・」
「僕もさすがにそこまで技術力がある訳じゃないからね。昔の師匠とかならそこら辺出来たかもしれないけどもう失われた技術ってやつだし」
「メシの時に湿っぽそうな話すンじゃねェよ」
「おっと、悪い悪い」
そこからは最近あった面白い話とか変わった話をしながら山積みのパンケーキを食べていく。
そして食べ終わってから雪と向き合い、雪が布を解き見慣れた鞘と鍔の刀を取り出し我輩の前に置く。
それを受け取り自分の目線の高さまで刀を持ってきて鯉口を切る。綺麗に磨かれた金の鎺、ギラリと光る鈍色。手に馴染む柄巻、間違いなく虎徹だと言える。だが
「いつもより重さがだいぶ違う様に感じるけど」
「そりゃだってあれだけボロボロに折られてたら総重量は減るよ」
砕けたと言ってもいいほどに折られたもんなぁ
「その節は本当に申し訳ない・・・」
「琴葉ちゃん、そんなに申し訳なさそうにしないでくれ」
「でもぉ・・・」
「この話は終わり、我輩まで泣くから、な?」
「はい・・・」
しおらしくなってしまった琴葉ちゃんを気にせず我輩は雪の眼をみる
「これにて私の仕事は御仕舞」
「確かに受け取った」
そう言うと共に虎徹を鞘へと戻す
「よし、きっちり渡したし次のお話しようか」
「あの、雪、めっちゃ目が怖いんだけど?」
「それはそうでしょー?僕というものがありながらこれは何かな?」
雪が懐から出したのは東雲雑貨の領収書だった。内容は我輩名義で刃渡り十五センチのナイフ十本となっている。しかも取り寄せかつ外注品だ
「これには深いわけがあってな!?」
「将鷹の刀鍛冶は僕、だよね?」
「そうなんだけどな!?使い捨てにするナイフとかは雪のじゃ出来なくて!?」
「だから他の店に注文するのかな?酷いなぁ、僕将鷹がそんな事するとは思ってなかったなぁ」
目が怖い、超怖い!だって雪の刃物使い捨てたり投げたりするのもったいないし!
「だからね、僕が用意しておいたよ。数はきっちり十、刃渡りも要望通りで材質はちょっと変えてある、握りやすい様に手に馴染む感じで作ってるよ。それに将鷹の意図も組んで鎖も柄につくようにしてる」
そう言いながら雪がアタッシュケースを開く。そこには綺麗なナイフが十本収まっていた
「これは別に使い捨てにしてもいいからね。僕が作ったとはいえそういう用途で使うようにしてあるから」
「有難いんだけどお代は・・・?」
雪の作る刃物はそれなりにいいお値段で流通していることもあって同じ発注をすると三倍はかかる
「そのままの値段で大丈夫だよ。僕の刃物は流通乗せる過程で名前、つまりブランド料ってやつで高くなってるだけだから」
「いいのか?」
「いいの。その代わりこういうのの発注も僕に回してね」
「はい・・・」
どうやら刃物の外注品は許して貰えそうにない。まぁ雪の作る刃物の方が扱いやすくていいんだけど。如何せん友達のと考えるとぞんざいに扱えないのが難点ではあるか・・・まぁ、いいか・・・




