第2幕 この世界はこんなもん
「それじゃ、アリサちゃんは仕事の見学より先に私達魔術師、黒影、日ノ元についてどこまで知っているか教えてもらおうかしら。ここじゃ禍築が作業に集中しないでしょうから市長室にでも行きましょうか」
琴葉ちゃんは度の入っていない眼鏡をかけアリサの手を取り出入り口ではないもうひとつの扉の方へと向かい、扉の前で
「あと将鷹と虎織も同伴しなさい。黒影については私より詳しいでしょうし」と一言言ってから扉の向こうへと消えていった。
まぁ身内ですし呼ばれるのも当然か
「あいよ。」と返事をした後、我輩は席を立ちインスタント珈琲を2つのマグカップに注いで市長室に向かう。
虎織はお盆にお茶2つとお茶菓子を持って扉の前に立った。そして扉の前に立って我輩達は気づいた。
2人ともドアノブ回せないんじゃない?
「あっ、これ開けれないね・・・」
虎織が苦笑いをしながらお盆を片手で持とうとしたが残念ながら難しかったようだ
「れーんー。ドア開けてくれー!」
書類に目を通す素振りをしながら薬のカタログを読んでいる蓮に声をかけ開けてもらうことにした。
「全く仕方ないやつらだな。」
「ありがとね薬師寺君」
「お礼に今度パンでも差し入れするわー」
「どういたしまして。パンならあの若干高い食パン寄越してくれ」
なかなか高いパンを注文してくるじゃないか・・・いや、でも食パン1斤となると安いのか?
「失礼しま・・・なんじゃこりゃ・・・」
事務所の市長室に入ったはずなのだがソファーがあるのは当然としてもベッドが置いてあった。それとクローゼット、しかも結構大きめの
「わぁ・・・市長室にベッドとクローゼットがある・・・」
虎織が若干引いている。それもそうだ。応接室も兼ねていた市長室におおよそ私物と思われるベッドとクローゼットがあるのだから。
というか重要な来客でも市長室じゃなくて応接室に通してたのはそういう事か。
「引かないでよ!私だって好きでここにベッドとかクローゼット置いてるわけじゃないのよ!たまーに帰れないから仕方なく!仕方なくなの!」
アニメとか漫画ならばきっと今の琴葉ちゃんはぐるぐる目で表現されているだろう、という感じに狼狽えている。
まぁ市長の仕事上帰れないというか帰る気力も残らない時も有るだろうし仕方ないといえば仕方ないのだ。
「仕方ないのは分かるけど・・・市長室って深夜になると幽霊とか出るって聞くけど・・・」
虎織は少し心配そうに琴葉ちゃんに問いを投げる。華姫の怪談のひとつに先代鬼姫様の呪いというのがあるからそれの事だろう。
市民にその地位から引きずり降ろされた後に殺された先代鬼姫の怨念が市長室に残っているという噂話だ。
我輩達がこの仕事に就く前から居た職員の何人かが見た事があるらしい。
「大丈夫。私、霊感とか無いもの。それに先代の幽霊なら会って話がしたいわね」
「そっか、でも怨念ってなると話せるのかな?よく本とかで書かれる怨念だったり悪霊って話通じないよね」
「確かにそうね・・・それ聞くとなんか怖くてしばらくここで寝れないわ・・・」
「さて、立ち話はもういいだろ。アリサも待ってるし早く実力テストしちまおう。」
「それもそうね。アリサちゃん待たせて悪かったわね」
「いえいえ。問題ないですよ」
アリサはそう言いながら読んでいた小説をパタリと閉じ、懐にしまう。
「これ珈琲な。好きに飲んでいいから」
我輩はアリサの目の前に珈琲を置きながら使わないと分かってはいるがガムシロップとミルクも横に添える
「お兄ちゃんありがとう」
「どういたしまして」
我輩はソファーに座り持っていたマグカップを自分の前に置く。虎織も琴葉ちゃんにお茶を渡して我輩の横に座る。
「これから歴史とかそういうの質問していくから知ってる範囲で答えてちょうだい。分からないなら分からないでいいわ。あとで教えるから。そしてもし正解数が少なかったら罰ゲームではないけど私の趣味に付き合って貰うわ。」
琴葉ちゃんが手元の紙を見ながら少々早口で説明をする。そして「虎織達は口出し厳禁ね」と一言。
「「了解」」
見事に返事が被った。まぁたまにある事だし特に驚くことでは無い
「それじゃぁまずは1問目、日ノ元って今どんな状態?」
説明しろと言われたらなかなか難しい問題をいきなり出してくる辺り琴葉ちゃんらしいがこれくらいならアリサは答えられるだろう。
「日ノ元は日ノ元全土で見れば政治家及び統治者が居ないため昔、改名前の日ノ元、日本で作られた法律が機能しておらず、ほぼ無法地帯状態ですが60年ほど前現状日ノ元を実質的に統治している火野姫のお父さんが提案した、ある程度その土地から信頼されている人を市長という形でその土地の代表として、市長が土地の管理をするというのを一部地域で実施したところそれが各地に広まり現在に至りその土地に合った漢字1文字と市長が男性なら殿と女性なら姫とを組み合わせて会議の場等の呼称としています。海の向こうの国からは黒影が出るからという理由からあまり関わって来ない、下手に手が出せないというのが今の日ノ元です」
「うん、ほぼ正解。ちなみに政治家全員が仕事を投げて消えたのは58年前ね。それじゃ次の質問、黒影って何かしら?」
「黒影は未だに謎が多く発生原因は不明。昆虫や動物を模した物が多く大きさは1mから大きい物で3mで影のように黒くどこからともなく現れ人を襲う習性を持っています。物理攻撃も効きますが魔術による攻撃の方が効率的と言われています。土地によって黒影の特性が違い、華姫付近の黒影は耐久性が異様に高いです」
「では魔術師と魔術について説明できるかしら?」
「魔術は日ノ元でのみ使用できるとされているもので魔術式を組み上げて現実では有り得ない事象を起こせます。でも人によって向き不向きが有って組み上げる魔術式が同じでも人によって効果が変わったりとまだまだ未知の部分があります。魔術師は魔術を行使する人達をさす言葉です。男性より女性の方が魔力量や資質が高く魔力量が高い男性は魔力に順応できず短命という傾向にあるそうです。最近は黒影を狩る人達を魔術師と呼ぶのが普通になって来ています。」
「最後にここ華姫市の歴史を教えてくれるかしら」
「華姫市ができたのは54年前で元は播州姫路と呼ばれていました。先々代の和煎鷺草さんによって統治後華のある市にしたいという思いと旧地名の姫路から姫を取って華姫という名称になりました。土地に合う漢字は和煎家が鬼の血を引いているという事もあり鬼の統べる国として鬼の1文字が選ばれたそうです。鷺草さんは華姫をまとめてから26年後に死去、その跡を継いだのが娘である仄さんで14年前狂ったような法を敷き市民によってその地位を剥奪され部下の1人、久野宮竜吉さんによって首を刎ねられたと聞いています。そして9年間市長不在の状態を琴葉ちゃんと白鷺さんがまとめあげ5年前に琴葉ちゃんが正式に市長に就任し鬼姫となりました」
「少々端折ってるけどまぁいいでしょう。お疲れ様」琴葉ちゃんとアリサの問答はここで終わりらしい。
内容を軽くまとめて、足りない点を補うならば
・現在日ノ元には法律がないが各地域によって独自のルールが存在している
・各地域に市長という統治者がいる。戦国大名みたいな感じ
・その市長達を纏める火野姫という人物が居る
・海の向こうの国は黒影が存在する為日ノ元とは関わりたくないが肥前の出島で物資のやり取りをすることがある
・黒影という化け物が存在する。そして黒影は地脈の中心付近から現れるのが基本。
・華姫の黒影は数十秒間で致死量のダメージを与えなければ消えない。致死量は個体差がありたまに恐ろしく硬いやつもいる
・魔術師は魔術を行使する人達の名称で最近は黒影討伐をする人達の名称になりつつある。解せぬ。
・魔術師の延長線のようなもので己の魔力と術式を札に込めて使う人を符術士と呼ぶ
・魔術は自らの魔力と日ノ元の地脈の力を使って現実では有り得ない事、例えば火を操ったり風をおこしたり水を作り出して自由に操ったりできる
・華姫市は54年前にできあがり、琴葉ちゃんで3代目である
・先代は突然狂った法というか上納金制度をいきなり作り市民達の一揆によりその地位を奪われ側近に殺された
という感じだろうか。まぁ我輩事態全部が全部分かってるわけじゃないが・・・