第3幕 手合わせ
「なぁ蓮、その、車椅子にぐるぐる巻きにすることないんじゃないか・・・?」
病室から出る前に蓮が結城を車椅子に乗せてから抑制帯をぐるっと巻き身体の自由を奪っていた
「何言ってんだよ。それなりの重症患者だ、興奮して前のめりになられちゃ困る」
「なんだよそれ。この二人の組手程度で俺が野球観戦してる時みたいに前のめりになるってのかよ?」
「お前野球好きなんだな。まぁコイツらの組手はそこらのスポーツより面白いぜ?黒影対策課の奴ならな」
「ごちゃごちゃ言ってないで早く行こうよ」
月奈が楽しみを待ちきれない子供みたいに頬を緩ませ笑う。久しぶりの手合わせが楽しみなのは解るけどそんな戦闘狂地味た感じだっけ・・・?まぁ我輩も楽しみと言えば楽しみなんだけどさ。何処まで月奈に食いつけるか。華姫じゃ近衛を除外すれば間違いなく一番強いし、近衛と戦っても互角、そんな感じだろうか。近衛と剣術だけで戦うの楽しいし、魔術有りの月奈との手合わせも今なら楽しめるだろう
「他の相手の事考えてない?」
「カンガエテナイヨ」
こういうとこ怖いんだよなぁ。なんか思考を読まれてる感じがあるからちょっとやばさを感じる。でもまぁそれくらいは許容範囲かなぁ、友達だし思考の一つや二つ読まれることもあるだろうし。もう何年も一緒にいるしな、仕方ないことかもしれない
「ふーん、まぁ別にいいけど。やり合ってる時にそんなのだと死んじゃうよ?」
「あー全力でやる気?」
「もちろんそうだよ。じゃないと面白くないからね」
「何分耐えられるかなぁ」
ちょっと心配になってきた。ちょっと広い空き地について月奈と向き合うようにして待つ
「両者向き合ったな?宣言は俺が務めされてもらう。いいな」
「おう」
「いいよ」
「はじめ!!」
蓮の合図を聞き腰の刀に手をかけ鯉口を切りながら構え、抜刀の体勢へと入る。月奈は槍を中段で構えて足を一歩前に動かす。まだ月奈はギアを上げてこないだろうし少し心の余裕が持てるが油断は禁物、一歩だけ脚を前に出す。その瞬間視界に槍の穂先が映る。正確には映っていた穂先が急に目の前に来た、そう表現するべきかもしれない。一歩前に出た瞬間攻撃がくるなんて想定外だ、それに月奈との距離は変わっていないのが厄介だ
「真っ直ぐ飛ばしてくるなんて随分多芸なもんで!」
鎖が中に仕込まれた多節棍のような槍、それを居合で弾き飛ばし穂先は地面へと刺さる。
奇襲用の切り札だろうに初手からそれを切ってくるなんてらしくないじゃないか
「やっぱりこの程度じゃ攻撃通らないか」
「あぁ、この程度じゃまだな」
月奈が手首を動かすと地面に刺さった穂先が勢いよく鎖に引かれ一本の槍に戻る。
それを一回転させると石突で地面を叩く。そして月奈の眼と髪が金色へと変化する。ギアを一気に上げて来たか。ジリッと半歩分我輩は後ろへさがり八相に構えて月奈の動きを注視しながら風の音を聴く
「攻めてこない気なら私から行くしかないよねぇ!」
一瞬見失うと眼が追いつかない程の速さ。だけど風の音は聞こえる。意識を集中して風を捉え重い縦振りの一撃を防ぐ。
だが風の音はもうひとつ。袖から鎖を勢いよく出して月奈の腕に絡ませ我輩と月奈の間に一つ鎖が張られる。その鎖を掴みながらもうひとつの風を切る音の正体に絡ませる
「石突と穂先で分割して二刀流まがいで攻撃とはなかなか厄介だな!」
袖から絡めている鎖を出し切りながら白虎で防いだ穂先を押しのけ蹴りを入れるが石突で防がれた。でもここは予想通り、さっきの蹴りが入るなんて最初から思ってない。蹴りは間合いを開ける為のもの、蹴りの勢いを乗せまだ槍の間合いからは抜け出せていないが距離は空いた
「いくぞ!椿流・・・」
腰を低くして刀を左手に持ち右の袖で刃を隠す。それと同時に袖の魔術式から風切を取り出し白虎と入れ替える。我ながら早替えは上手くなったものだ。距離を一歩詰め、右手を振るいながら左の刀を突き出す
「酉の番、刃隠奇襲!」
「風切!?」
月奈はギョッとしながらも我輩の突きを槍の持ち手で受け流す。そして我輩は袖から白虎を滑らせ右手に持ち斜め下からの斬りあげを行う。だがこれは右手に石突を当てる事で上手く止められてしまった。結構痛い・・・
「いってぇ・・・」
「ちょっとびっくりしたけどまだまだだね」
「だよなぁ!」
風切を振るう瞬間逆手に持ち替え月奈の判断を鈍らせようと考えたけどあまり効果がなかったみたいだ。直ぐにこれも防がれる。互いに武器を交え一度距離をとる
「そろそろ本気出してもいいよねぇ?」
「まだ本気じゃなかったのかよ・・・!?」
「まだ甘口くらいだよ。てかまだ将鷹も全力じゃないよね?」
「捌くので手一杯だっての・・・」
これ以上はマジで殺し合いの範囲の技ばっかりだぞ・・・?よく考えたら月奈も殺しに来てる気はしなくも無いな。いや、流石に考えすぎか。そんな事考えてる暇はあんまり無いし今は目の前に集中しないと
「ここでは私がルール」
やばい。強制服従の魔術式・・・!範囲内なら全部の事象が月奈の思うままになってしまう・・・範囲内から抜け出すにはアレしか無いか・・・使いたくないなぁ・・・筋肉痛とかそういうレベルじゃないし。でも負けたくもないんだよな
「イグニッション!」
起動に必要な言葉を紡ぎ走り出し、身体が加速し視界に映るもの全てがボヤけ残像を残す。多元魔術式アザーズで記憶に刻まれた魔術式の一つを使い月奈であろうものを追い越し魔術式の範囲の終わりであろう円を抜ける
「っ・・・!」
脚がズキズキと痛む。まだこれに身体が馴れていないのと日頃この魔術式を馴染ませるためにしばしば使っているのが仇となり使えのはこの一回が限界だ。こんなに反動がきつかったか?脚が動かない程だったか・・・?いや、ありえない
「すごく速かったねぇ。でも、その円は囮なんだよねぇ。捕まえたし何してもらおうかな?」
「マジかよ・・・」
「あははははは!いいねその顔。将鷹らしくないけどまぁそれも味があるってやつかな?」
やばい、月奈が神様に近付き過ぎてる。金髪か金眼になるだけならまだ人の区分で活動しやすいらしいが両立となると神様にどんどん近付くらしい・・・この言動は明らかにやばい。どうにかしないと最悪興がノったって殺されかねない・・・でもどうやって?この魔術式からは抜け出せない状態だ。魔術式の綻びを探すしかないか・・・?幸いまだ脚が動かないだけ。何とかできる。途端に視界に映る魔術式が蒼色に喰われる
「禁厭か」
禁厭の使い方は解らない。どういう条件で発動したかさえも解らない。だけど今は好都合。脚は痛いが動かせる。なら次の攻撃で決める!
「椿我流」
風切を腰にある白虎と共用の鞘に納め鎖を袖から垂らし刀を構え一息で距離を詰める
「そんな一直線な攻撃で!」
「獅子式改っ!!」
鎖が神殺しと月奈の脚を絡め取り我輩の持つ刃が体勢を崩した月奈の喉元に刃を突きつける形で止まる。それに降参と言わんばかりに月奈が元の黒髪へと戻る。これで決着だ




