第44幕 告白
午前三時、スマホの着信音で目が覚める。番号は確認せずそのままボタンを押す。この時間に火野姫から預かっているスマホが鳴らすなんて一箇所しかない
「もしもし」
「こちら武蔵総合病院です。風咲将鷹様が目を覚ましましたので連絡させていただきました。それでは」
電話越しにそう早口で告げられすぐに切られた。忙しい中電話してくれたと考えると有難い話ね。私は用意されたホテルの部屋でパジャマを脱ぎながら考える。ここは普通にいつもの服かしら・・・?それとも鬼姫らしく着物?将鷹は和服の方が好きだろうけど・・・いや、でも洋服の方が私らしいわよね。白い袖口の広い服に肩紐のある黒のスカート、姿見に姿を写し確認する。身長もいつもと変わらない、笑顔も、大丈夫。あとはメイク、まぁ軽くでいいわ。飾らないほうが好きだもん。
メイクをサッと済ませて財布と鞄を持ってホテルの部屋を出る、そしてタクシーを手配する。本当なら薬師寺でも叩き起して行くべきなんだろうけど薬師寺も随分と疲れてるみたいだし、というのは建前。病院には将鷹と虎織しか居ないし私の想いを伝えるチャンスだから、そんな自分勝手な理由で私は一人で病院を目指す。エレベーターに乗り一階へと降りる。エレベーターから出たすぐに横に最上が立っていた
「鬼姫、警護も付けずに外出とは随分と気楽なものだな。昨日狩ったヤツらで最後とは限らないんだぞ」
私が横を通ろうとする前に彼はそういった。私は足を止めずに返す
「今の私は鬼姫ではなく綺姫琴葉、ただのどこにでもいる女よ」
「だったら尚更だろう。護衛を付けてこい。武蔵の夜は危ない、ろくな目に合わないぞ」
「忠告ありがとう。でも、一人じゃなきゃダメなのよ。琴葉が琴葉である為にはね」
「意思は硬いか。じゃあ止めるのは野暮だよなぁ・・・」
「えぇ、そうしてちょうだい」
すれ違った瞬間最上が仕事モードではなく素になったのが解った。この人も私と同じく自らが期待された役を演じているのかしら?
ホテルを出ると既にタクシーが待っていた。それに乗り込み、行き先を告げ街灯と車のライトとネオンが照らす街を走り抜けて貰う。病院までは意外と近かった。正直タクシー使うほどじゃなかったけど道が解らないから仕方ないわよね。汗もかきたくないし
「着きましたよ。お代は結構です。最上様より丁度受け取っておりますので」
タクシーの運転手はそう言って扉を開く
「そうですか。ありがとうございます、お仕事頑張ってください」
私はお礼を言ってタクシーから出る。後で最上にはお金
返さないと、そう思ったけどもしかして野暮かしら?
それにしても丁度ね・・・こうやって将鷹に会いに行くのはお見通しだったってわけね。エントランスで待ち伏せしてるくらいだったし。
病院の自動ドアを抜け足元の非常口の経路案内だけが灯りとなっている廊下を進む。エントランスは二階かしら?それにしてもこの真っ暗な病院ってめちゃくちゃ怖いわ・・・幽霊の一人や二人居そうな雰囲気があるわ。階段を登り先に見える灯りを頼りに進むと眠そうに資料を眺めため息をつく人が居た
「あの、風咲将鷹の身内なんですけど病室は・・・」
「あぁ、あの寝起きにコンビニ行った人の。あの人なら204号室ですよ」
資料から目線をこちらに寄越すこともなく彼女はめんどくさそうに私に病室を教えてくれる。204ってあるんだ。てっきり病院は四って数字絶対使わないと思ってたけどそうでも無いのね。というかこのナース、服ざっくり着すぎじゃない?胸元ガッツリ開けてるし、派手な下着見えてるんだけど・・・
いやまぁそこは個人の自由か。あんまりエントランスに長居するのも良くないだろうしさっさと将鷹の居る病室に向かうとしましょう
「佐藤さん、またこっちに来てるんですか。地下に戻ってください。貴方の身体はそっちにありますから。はぁ?バカ言ってないで地下に戻れって言ってんでしょ?祓うぞ」
後ろから聞こえる声はあまり気にしないで行こう。何か幽霊みたいなの憑いて来てたみたいだけど見てないし、気にしない・・・気にしたら負けだから気にしない・・・!!
幸い病室はすぐ近くだったから助かったわ・・・
「入るわよー」
三回ノックして病室のドアを開く。そこには深夜にも関わらずソファーで菓子パンと甘いカフェオレを嗜んでいる将鷹の姿があった。虎織は?と思ったら病室のベッドで寝てる・・・!
「おっ、琴葉ちゃん起きたんだな」
「起きたんだなじゃないわよ。全く、起きてすぐ倒れたって聴いた私の気持ちにもなりなさいよ」
「ごめんごめん。それで、琴葉ちゃんがこんな真夜中に護衛一人連れずにここに来たってなんかあったのか?」
「あぁ、それはね」
一瞬言葉が喉につっかえる。この想いを伝えたいと思う私と伝えていいものかと悩む私がせめぎ合った結果だ。そして言葉を伝えようかとした瞬間虎織が奥のベッドから起き上がりスタスタとこちらに歩いてくる。眠そうな表情をしていけどその眼はきっちりと起きている時の鋭い眼だ。虎織は将鷹と私におはようといってから私の横を通る時に小声で、でもしっかりとした声で言う
「琴葉ちゃんの言いたいように、伝えたいように伝えるんだよ。私は将鷹の選択を尊重するからさ。じゃあ後でねー」
少し声が震えていた気がしなくも無い。虎織が真剣勝負だって言うんなら私は全部を吐き出す他ない
「その、ね。私昔から実は将鷹のことが好きだったみたい」
本当は目を見て伝えるべきだったんだろうけど恥ずかしさや自信のなさから私は下を向いてしまっていた。身体だけじゃなくて耳まで熱いのがよく解る。きっと今私の顔は真っ赤だろう
「・・・随分と急だなぁ」
少々戸惑いが感じられる声音で将鷹は言う
「我輩が虎織と結婚を前提に付き合ってるのは解ってるよな?」
「うん。承知の上で告白してるの」
開き直った、吹っ切れた、どういう表現が正しいのか解らないけど胸の鼓動が恥ずかしさを押しのけ、私は気付けば将鷹の眼を見て言葉を紡いでいた。その眼はいつもの優しい眼だった
「貴方を振り向かせたい、例え虎織が居ようと貴方の傍に居たい、私は私と向き合ってそう思ったの。貴方達は私を鬼姫じゃなくて琴葉として見てくれるし何よりもその・・・これまでの何気ない思い出の積み重ねが貴方を好きにさせる、その想いをこのまま抱えて死ぬなんて出来ない。だからこうして貴方に・・・」
「ごめんな、琴葉ちゃん。我輩には虎織が居るんだ。好きで居てくれるのはすごく嬉しいし我輩も琴葉ちゃんの事がその・・・好き、だけどその気持ちには応えられない。どうか今のままの関係で居させてはくれないか?」
心苦しそうに彼はそう告げた。好きというのは本音だろう。別に好きが誰か一人だけに向けるべきという訳でもないし
「そっか、そうよね。ははっ、やっぱり虎織には勝てないや・・・」
涙が頬を伝うけど不思議と悲しくはなかった。こうして想いを伝えられたんだ。それにこれから私たちの関係が変わることも無い。ある種の絶対的地位を手に入れたとも取れる。でも私はまだ全力でぶつかってはいない
「なら、一夫多妻制、一妻多夫制、同性婚の法案通すから側室的な立ち位置にしてくれないかしら。正室の座は虎織に譲るしかないみたいだし」
「はいぃぃ!?」
将鷹は素っ頓狂な声をあげる。心底驚いたというのが表情からも見て取れる。こういう反応がいい所も好きなのよね。私に許された最後の切札、即ち地位と権力。市長の権力を使って市民達の同意を得れば華姫のルールは変えられる。私は一番にはこだわらないし特に問題はないはず
「いやいやいやいや!ちょっと落ち着こ!なっ!なっ!?」
「落ち着いてるわよ?私は至って真面目に言ってるわ。嫁にしてちょうだい」
「だーかーらーそれは出来ないんだって」
「何よ、華姫のこの程度のルール変更くらい市長の私の権力使えば簡単よ?私じゃ不満なのかしら?さっき好きって言ったわよねぇ?」
「そうだけどさ!それはちょっと市の運営的に如何なもんかと!?最悪先代みたいにだなぁ・・・!」
「あの悪法と一緒にしないでよ!こういう恋とかに関するのはみんな受け入れてくれるはずよ」
「そうなんだけど・・・わかった。正直な事話そう。二人目は正直キツい・・・」
苦い顔をして俯きいつもより気怠げな声になったので驚いた。気怠いというよりも怒りを抑え込んで喋っているという方が正しいかもしれない。しつこい私に怒ってしまったのだろうか?でもそれならしつこいとハッキリ言うはず
「どういうことかしら?」
「琴葉ちゃんは我輩の親の事どれくらい知ってたっけ」
「お母様が医療関係で各地を転々としていて、お父様が・・・」
しまった。この事は将鷹にとっての地雷だ。父親は花影・・・将鷹が最も憎悪する男・・・
「そう、我輩の父親は花影、重罪人だ。それに俺と母上を捨てて他の女にうつつを抜かすような男だ」
将鷹の一人称が我輩から俺に変わった。これはどうやら将鷹が怒りを抑え込んで余裕がない時にだけでる癖らしい。そして将鷹の口から出た言葉で私は納得した
「花影みたいな事をしたくない、そういうことね」
「あぁ、だから諦めてくれると助かる」
「そうね。それじゃあ仕方ないわ、貴方の事を尊重しましょう。気が変わることは無いとは思うけど気が変わったら教えてね。私がその時独身だったら、だけどね」
「ごめん、ちょっと感情的になり過ぎたかも。そんときはよろしくな」
あーあ、私の初恋はこれで終わりか。振られちゃった。でもスッキリした。きっちりとした理由で振られたんだもの。それに将鷹の過去と決意を知れただけでも十分かしら




