第17幕 悲しみと怒り
「お兄ちゃん、虎姉、晩御飯の時間だよー」
「ん、えっ・・・?もうそんな時間?」
アリサちゃんに肩を揺らされ目を覚ます。不思議といつもの寝起きのぼーっとする感覚はなくスッキリと意識が戻る。部屋には琴葉ちゃん、アリサちゃん、薬師寺君、鴻江大河、それに私の横に将鷹。朝の一悶着からお昼すっとばして夕方超えて寝てるのは今私たちが置かれている状況を考えると正直笑えない。琴葉ちゃんを放っておいて呑気に寝てるなんて駄目にも程がある
「あーごめん、我輩は握り飯だけでいいや・・・食欲無いから」
「んだよ将鷹。たかが1人殺したぐらいだろ?気にすんなって」
鴻江の軽口にイラッとした。将鷹の事を知ったふうに、ちょっと仲が良かった程度の何も分かってないこの男の発言が心底腹立たしかった。山を燃やす炎の様にその感情は勢いよく広がり私は跳ねように立ち上がり男の首を掴む。男はギョッとした表情を見せてから不敵に嗤う
「悪い悪い、そうキレんなって。でもさ、将鷹がキレるなら分かるけどなんで雪城がキレるんだよ?」
「好きな人を傷付けられて黙ってられるわけないでしょ」
「我輩の事は気にしなくていいから、手を離し「私は納得出来ない!」
将鷹の言葉を遮って自分でも驚くほど大きな声を上げる。納得出来ないという言葉が口に出てしまったけど本当はただムカついてるだけ、私と将鷹を繋いでいる魔術式を刻んだ指輪から普段なら感じない将鷹の胸の苦しさを感じた。それほどにまで将鷹はさっきの言葉で苦しんだんだ・・・
「喧嘩なら甲板でやるのでありますよ・・・」
私の大声が気になったのか提督がそう言って部屋に入って来た
「雪城殿、どうか部下の粗相を許してはもらえませんか?」
「すみません・・・どうしても私はコイツの事は許せません」
「大河、何をやったのでありますか?」
「将鷹に1人殺したくらいで気に病むなと言っただけです」
「そうでありますか」
バチンと乾いた音が部屋に響く。平手打ちの音だった
「人命の軽視は恥と知れ!一人殺したくらい?そんな言葉を吐くような者にこの艦に乗る資格などない!確かに我々は日ノ元に仇なす者達を殺してきた。国を護る為とはいえ人の命を奪ってきた。例え逆賊だとしてもその命一つ一つは平等、死した者たちへの敬意を忘れるな!我らの罪を忘れるな!」
静寂に響く提督の怒号。砲撃のように重い言葉をハッキリと聞き取りやすく真っ直ぐ鴻江に向けて放つ。私はその光景に気圧され掴んでいた手を離していた
「す、すみません・・・」
「気を悪くさせてしまって申し訳ないのであります。この者にはきっちり教育いたしますのでどうかご容赦を・・・」
「いや、いいんです。折り合いをつけられない我輩の非でもあるので」
提督の言葉に将鷹は作った笑顔で返す。痛々しく悲しい笑顔。スッキリしない、何かつっかえたままの表情だ。よくない、そう叫ぼうとした瞬間琴葉ちゃんが言葉を紡ぐ
「なにもよくないわよ・・・」
今にも消え入りそうな、でもハッキリとした怒りに満ちた声。将鷹の表情を見てかそれとも他の何かが原因か琴葉ちゃんは鴻江を睨む
「虎織、貴女はまだ怒ってるわよね、それに将鷹も少なからず悲しみ、怒ってる」
「では鬼姫様は何をこちらにお望みなのでありますか?」
「喧嘩、いえ、決闘という方がいいかしら?そこの鴻江大河と雪城虎織及び風咲将鷹のね」
「はぁ・・・それで気は晴れるのでありますか?」
「分からないわ。でも少しは気が晴れるんじゃないかしら」
「承知したのであります。しかし2対1とはあまり宜しくないのでこちらの艦から一人強者を用意させていただくのであります。この条件が呑めないならばこのお話は承諾致しかねます」
「いいわ。将鷹、虎織すぐ準備して」
「あっ、ちょっと!急すぎるよ!」
「綺姫、雪城の言う通り急すぎる。飯ぐらい食わせてやれ。てかお前ら飯食ってからじゃないと腹減ってパフォーマンス落ちるだろ?握り飯程度は腹に入れとけ」
薬師寺君の言葉に琴葉ちゃんは頷き提督に確認をとる
「提督、一時間後開始でもよろしいですか?」
「えぇ、構わないのでありますよ。では一時間後に甲板で」
こうして私の気持ちを知ってか知らずか私たちの決闘が決まった。部屋で将鷹とおにぎりを食べながら少し話をする
「ごめん、こんなことになっちゃって・・・将鷹としてはあんまりこういうの好きじゃないよね」
「まぁなぁ・・・でも暴れれば少しは気が楽になるかもしれないし。琴葉ちゃんもそういう意図でこういう状況にしたのかもしれないな」
呆れ気味だけどどこかワクワクしているのか少しだけ元気な気がする
「なんにしろ大河には悪いことしたな。後で謝らないと」
「えっ・・・!?そんなことする必要ないでしょ!元はアイツがあんなこと言ったからこうなったわけで・・・」
「んー傷付いたのは確かだけどアイツも提督に怒られてひっぱたかれた訳だしそれでいいとは思ったんだけどな。・・・やっぱ何発か殴んないと気が済まない気がしてきた」
将鷹はおどけて笑って見せてくれる。本調子に戻りつつあるのか作り笑顔なんかじゃなかった。そして私たちは少し早く甲板に出て夜の海を眺める。何も見えない程の黒、ライトに照らされた水面だけが綺麗に揺れる
「2人とも早いわね。ルールが決まったから伝えておくわ」
「おっ、ステゴロ?」
「素手でも別にいいわよ。一応木刀は許可もらったけど。で、ルール説明だけど片方が降参または気絶するまでが勝利条件、ただし早々の降参等は認めない。獲物の使用は木刀や非殺傷の物、フィールドは甲板の広いところね。伝えておく事はそれくらいよ」
「魔術は?」
ルールはまぁよくある感じ、将鷹が魔術の有無について問う
「相手が殺傷武器使ってきたら許可するわ」
「なら基本無しってことだな」
「そうね」
「ちょっと待って。その言い方、もしかして相手は実弾とか刃物使ってくる可能性あるって事?」
「そうよ。万が一があるかもしれないと提督が言っていたわ」
「これは一波乱ありそうな感じだね・・・」
そんな嫌な予感を持ったまま私たちは夜の潮風に当たりながら過ごす




