第5幕 いざ船旅へ
「よく来たのであります!お仲間は既に乗船しているのでありますよ」
綺麗な船を背に肩に白い軍服を掛けた女性、日ノ元海域航行船の提督こと刻坂綾寧さんが船のタラップというのだったかスロープのような設備の前で待っていてくれた。
金の刺繍の帽子と軍服は前と変わらないが今回は軍刀が腰に下げられている
「お待たせしてしまって申し訳ないです」
「いいのであります。久那から厄介なのに絡まれたという連絡を受けておりますので」
「そこまで手を回してくれるなんて」
「久那は昔から色んな根回しとかそういうのが得意でありましたからね」
「昔から……?ということは提と……ムグッ!」
言葉を発する前にアリサの手が我輩の口を塞ぐ。何事かとアリサを見ると小さく首を振ってから我輩の口から手を離す
「なんでありますか風咲殿?ん?言ってみるといいのですよ?」
顔は凄く朗らかな笑顔なのに明らかに怒ってらっしゃる!思ったことがつい口に出るというのは時に命取りとなる、それを実感する
「な、なんでもないです!いやぁそれにしても綺麗な船ですね!」
誤魔化しながら何とか話題を逸らしてみようと試みる。実際新品の船と見まごうほどに綺麗で超ド級戦艦という言葉が似合うほどに大きく、壮大だった。
その船は学生の頃資料で見た日ノ元がまだ国として成り立っていた時の軍艦に似ている気がする。その為か何処か懐かしさすら感じてしまう
「そうでしょう!なんたって今回がこの子の初めての航海でありますから!新品でありますよ!」
提督は目を輝かせ子供のように無邪気にはしゃぐ
「提督、この子の名前は?」
アリサが船の名前を聞くと提督は待っていましたとばかりにキリッとした表情を見せ、言う
「武蔵丸であります!」
武蔵と言うと昔存在した軍艦だったか。それに丸がつくことでなんだか相撲取りのような名前になっている気がしなくもない。それに大漁旗も掲げてそうだ、というか上を向いたら掲げてあった
「あのー提督、ひとつ質問なんですけど?」
「なんでありますか?」
「何故に大漁旗を掲げていらっしゃるので?」
「風咲殿は異な事を聞きますな!この船は有事の際は戦艦として運用しておりますが平時は漁船なのでありますよ!」
「な、なるほど・・・」
「さて、雑談は後にしてさっさと乗船するのであります。モタモタしていると厄介者達がやってきてしまうのでありますよ」
まぁそうだよな、普通にいつも戦艦として運用してたら大変だし何より資金が持たないよなと納得しながら虎織、琴葉ちゃん、アリサ、我輩の順で船へと乗り込み提督がタラップを登った所で軍服を着た屈強という言葉がよく似合う男達がタラップを回収していく。それを腕組みをしながら見守っていた提督が回収を見届けた所で声をあげる
「鬼姫様御一行の乗船確認ヨシ!野郎ども、出航であります!」
その号令でエンジンが唸りを上げ、汽笛が白煙を吹く。甲板を心地よい風が吹き抜け旗を揺らす
「さて、ではまずこれからの進路を説明するので提督執務室までご同行願います。あぁ、お仲間もそこでくつろいで居るので安心するのであります」
我輩達は頷き提督の後に続く。艦内へと続くと思われる扉を開いた所で提督は振り向き言う
「ここのラッタルは急になっているので気をつけるでありますよ。今朝も1人転がり落ちた所なのであります」
「あの、刻坂提督、ラッタルってなんですか?」
琴葉ちゃんが疑問を提督へと投げる。それは我輩も気になった。多分専門用語的な物かさっきのタラップみたいな外の言葉が元になった何かなのだろうというのは解るが
「あぁ、これは失敬。ラッタルというのは船内にある階段であります、職業柄どうしてもラッタルという方が馴染みがあります故ご容赦を」
「なるほど、こちらこそ勉強不足で申し訳ありません」
「いいのでありますよ。アリサもここに来たばかりの時は用語を覚えるのに苦労していたものです。懐かしいものであります」
扉の中へと入りそのラッタルという階段を降りる。確かにこれは急だ・・・60度くらいはあるんじゃないか・・・?提督達はスタスタと降りていくが我輩は恐る恐るラッタルを降りてから周囲を見渡す。天井には配管のパイプ、壁には電気箱、そこから出ているケーブルなどが出ていた。お世辞にも広いとは言えない通路で電気箱が特に邪魔だ。急いでいる時はここで身体をぶつけないように気をつけないとダメだな。
他には扉がいくつかあったりさらに下に続くラッタルがあったりと探索するなら楽しい場所だろう
「ここが提督執務室であります」
少し進んで突き当たりの部屋の扉が開かれる。そこには頭に包帯を巻いた蓮がソファの上で寝ていた。提督の言っていた転がり落ちたやつは十中八九蓮のことなのだろう
「薬師寺、起きなさい」
琴葉ちゃんが蓮に声をかけ起こそうとするも蓮は起きない。こうなれば確実に起きる手を使うべきだろう
「れーん。怪我したから見てくれ」
「あ?あぁ、ちょっと待ってろ・・・あたた・・・」
「怪我は冗談だ。おはよう蓮」
「んだよ・・・ってやっと来たのか」
「では、早速ではありますが航路の説明をするのであります。本艦は首都である武蔵を最終到達点とし現在首里方面へと舵を切っているのであります」
「真逆じゃないですか・・・?」
「そうでありますな。真逆であります、しかし直線ルートは待ち伏せされている可能性も無きにしも非ず、1度首里付近で補給を済ませ本艦を万全にしてから少し回り道をして武蔵へと向かう所存であります」
「さすがに最短最速は無理かぁ・・・」
「出来なくもないのでありますが嵐を木造船で突っ切るようなものであります。故に少し誘き寄せてからそれを避ける形で武蔵へと入港するのであります」
「提督の提案してくれた航路で進むのが今はベストね。刻坂提督、しばらくの間お世話になります」
「えぇ、任せるのであります。良き船旅になるよう心がけてるのでありますよ!」
こうして我輩達の武蔵への船旅は幕を開けた。首里に少し寄るのは楽しみだけど提督が出した航路を書いた地図を見てから胸が妙にザワつく・・・
大丈夫、そう思いたい。何故ならこの胸のザワつきは敵に強襲される前触れの感覚とはまた違う感覚だから・・・




