第8幕
今日も将鷹は来ない。それに虎織も。こんなの他の先生達が気付いてないなんて事はありえない。私は屋上をあとに職員室へと向かう。扉を勢い良く開き辺りを見回すがもぬけの殻、これは予想以上にやばい事になってるよね。生徒だけじゃなく先生達まで・・・
「ここで何をしているんですか?」
三田の声、振り返るとそこには三田と何か違和感のある将鷹が立っていた。違和感の正体はすぐにわかった。将鷹の影が薄くなっていて、顔に靄のようなものがかかって認識しづらくなっている。更にはいつもオールバックみたいに上げている前髪が下がって別人みたいだ
「おい、将鷹に何をした・・・?」
「質問しているのはこちらだと言うのに。しかし答えてあげましょう、少し感情の起伏をいじってあげただけですよ。私の言う通りに動いてくれる駒になる様にね。あぁ、あなたも今ここでそうしてあげましょう。あとはあなたと雪城虎織だけです」
三田が私に手を伸ばす。今は手元に武器もない、それに感情の起伏を弄るってやつの発動条件と効果範囲が分からない今私に出来るのは・・・
「逃げ、ですか」
読まれた・・・!?いや、考えてみれば当然か。それしか手が残されてないならそれが最善策になる訳だし。
三田は体勢を崩しながら私に掴みかかろうとする。体勢が崩れたとは言えそれは意図的に体勢を崩してそこから一気に距離を詰める技法のそれだ。避けきれない、三田の手が触れそうになった瞬間、世界から音が消えた。緊張や不安からくる様な身体的な物じゃない、魔術による外的要因による音の喪失。
瞬間、廊下の窓ガラスが音もなく砕け散る。飛んでくる破片は私を避け三田へと向かい、それを避けるため三田は私から距離をとる
「貴方を殺せば将鷹が帰ってきてくれる。そうですよね」
音の無い世界で唯一の声、悲しさと怒り、憎しみに燃える冷たい声。私の後ろからその声の主がゆらりゆらりと身体を揺らし手に持つ日本刀を廊下に押し当てながら引き摺り来る。声の主は虎織、だけど髪がいつもの綺麗な灰色ではなくくすんだ灰色、というより黒に近い色となっている。
お父さんが雪城家の人間の髪が黒に近づき始めたら逃げろと言っていたのを今になって思い出した。髪は人の魂を表す、それが色濃く出るのが雪城家の人間で黒に近くなるほど殺しに躊躇いが無くなる。お父さんはそう言っていた。即ち今の虎織はヤバいって事だ
「相手をしてあげなさい。風咲く」
言い切るより速く虎織は距離を詰めると目で追うことも許さない突きを放つ。風が弾けるような音が響き辺りが赤に染まる
「うそ・・・」
虎織が日本刀から手を離し後退り、その場に崩れ落ちる。飛び散った血は将鷹のモノで横腹に虎織の手にあった日本刀が突き刺さったままその場に立っている
「ごめんなさい・・・!ごめんなさい・・・!私、将鷹を傷つけたかった訳じゃない・・・!」
大粒の涙を流しながら虎織は悔い、現実を見たくないと言わんばかりに目を強く瞑り血に濡れた両手で顔を覆う
「やはり君はこうやって心を折った方が面白い。そう思わないか吉音月奈」
「さっぱりわかんないね。虎織、立って、逃げるよ」
虎織の腕を持ち引っ張るが虎織はそれを振りほどく
「もう、いい。私はもういいから・・・」
「良くない!将鷹を助ける為に今は逃げるんだよ!諦めてどうするの!?」
「ほっといてよ!私なんて生きてても仕方ない!大好きな友達を守るどころか傷つけて・・・!」
「喧嘩中悪いですがさようなら」
三田の声、終わった。そう思った瞬間だった。三田の腕を誰かが掴む
「黙って聞いてりゃなんだ?諦めんじゃねぇよ!」
将鷹の口が開き言葉を紡ぐ。いつもの将鷹からは考えられない粗暴な口ぶり、でも今の虎織を歩かせるにはいい要素だったと思う
「・・・絶対戻ってくるから」
「約束だ」
私と虎織は廊下を駆け抜け三田の視界からは消えたはず。そして靴を履き替えずそのまま学校の外へと走る
「虎織はこれから狐の神様の神社へ行って。多分あの神様なら助けてくれるから」
「月奈は?」
「土地神さまに相談しに行ってくる」
「わかった」
別行動は今すべきじゃないかもしれないけど今の私たちにできる最善策を打って行くしかない。きっと宇迦之御魂神なら将鷹のことを快く助けてくれるはず・・・
そして土地神さまから将鷹の魔力を返してもらって、お父さんから神殺しを借りて三田を殺せばきっと綺麗に決着が着いてくれるはずだ




