第4幕
雪城さんと話すことも無く屋上の柵に肘を乗せてグラウンドの方を眺める。そしてふとした疑問を雪城さんへと投げかける
「風咲君っていつもああいう風なの?」
「えっ、まぁ、うん。自分の事なら別に気にしないんだけど他人のことになるとこんな感じかな」
「へぇ・・・雪城さんも中々大変だねー。結構振り回されることもあるんじゃない」
「私は別に気にしてないから・・・それに将鷹の決闘自体は見るの好きだし」
「そっか。それにしても風咲君遅いね」
観客がグラウンドに集まりそれなりに時間が経っている。さらに言えば対戦相手は待たされる事にイライラとしている様にも見える
「そろそろ来る頃合だと思うよ」
雪城さんは双眼鏡を手にそう言った。すると木刀を三本携えた風咲君が歩いてきた。手に1本、ズボンのベルトに手拭いを使って2本、どういう発想をしたらそんな手拭いで木刀を吊るすなんて考えつくんだろ・・・
「はい、これ」
双眼鏡を覗きながら雪城さんは私に無線式のイヤホンを差し出す。つけろってことでいいのかな?
「随分と待たせてくれるじゃねぇかよ」
イヤホンからはグラウンドの喧騒と荒っぽい口調の声が聴こえる
「いやぁ、悪い悪い。先生に格技場開けてもらっててな」
どうやら風咲君付近の音を拾っているらしい
「ほーん。で、魔術も使えない風咲君は木刀三本だけでいいのか?」
「三本しか貸してくれなかったんだよ」
「可哀想になぁ?今降参するなら怪我しなくて済むぜ?」
「残念、負ける気はしないんだわ」
「そうかよ!」
決闘はなんの前触れもなく湖陽崎君の魔術式の発動でスタートした。不意打ちの様に放たれた火炎の球は真っ直ぐ風咲君に向かい避ける暇さえ与えず爆ぜる
「風咲君!?」
「大丈夫、将鷹はあんな攻撃程度じゃ倒れないから」
雪城さんの言葉通り爆炎と土煙の中ゆらりと人影が見える。あんなの直撃したら普通は死ぬし、死ななくても地面に伏せて致命傷になって居るだろう。しかし、彼はまだ立っていた。それも無傷でだ
「不意打ちとは卑怯なと言いたいけど不意打ち禁止なんて言ってねぇもんなっ!」
土煙から風咲君が姿を現し手拭いで結んだ木刀1本を引き抜く。どうやら手に持っていてた木刀を投げて火炎をそれに引き受けさせた、そう見るのがいいかな?
そして彼は姿勢を低くして走り出す。まるで縮地の様な距離の詰め方、様なというよりこれは縮地そのもの。走り出した相手が少し遠くに居たのにそこからいきなり目の前に現れたのだろう。ギョッとした相手は魔術式を発動しようとしたけど既に木刀の間合いで魔術式は一瞬の顕現の隙をつかれ打ち砕かれる
「なっ!魔術式を・・・!?お前!一体何を」
「さてねぇ。魔術師の方がそこら辺詳しいだろう?」
「チッ・・・!」
風咲君は顔をグイッと近付けてからそのまま距離を取る。確実に仕留められただろうにわざとその期を逃した
「なんで・・・?」
自然と疑問が口から零れた。それを聞いて雪城さんが口を開く
「無駄な痛みは必要ない、一撃目で確実に仕留め切れたぞって力量差を示して相手が降参するならそれでよし。そういう感じだよ」
「そういうのは今の相手に通じるものなのかな・・・」
「正直あの人は諦めないだろうって将鷹も思ってるよ。ただ、それでも一度は機会を与えるのが将鷹が自分で決めた学校に居る時のルールだからね」
「自分のルールに縛られてる訳だね」
「そういうこと」
今気づいたんだけど雪城さん風咲君の話題の時だけ人見知りっぽさ消えてない?
今は気にすることでもないけど
「そんなんで勝ったつもりか?今ので決めてりゃ良かったのになぁ」
「力量差はわかったろ?やめるなら今だぞ」
「誰がやめるかよ!舐めやがって!」
炎が直線的に走る。この人はなんで人を殺せる魔術を簡単に撃てるのだろうか。そんな疑問は考えるまでもなかった。人が死ぬというのを解っていないからだ。殺す覚悟も無いのに身に余る力を振るいその全能感だけを楽しむ、そういう人なんだ
「あっぶねぇ・・・」
風咲君は炎を避ける為に地面を転がり木刀を支点にして跳ねる様に立ち上がる。動きが相当魔術師慣れしているというか対人特化とも言える動きに少し驚いている。雪城さんに目を向けながら質問を投げかける
「ねぇ、風咲君って裏の仕事とか受け持つつもりなの」
「将鷹はそんな事出来ないよ。人は殺さないし殺せない、動きが対人慣れしてるのは私とよく手合わせしてるからだよ。そんな事よりもそろそろ終わるよ」
雪城さんの言葉で視線を風咲君へと戻すと顔の横で木刀を真っ直ぐ構えジリジリと詰め寄っていた。あの構え、確か示現流でよく見かける構え方・・・
「椿我流・・・」
「とろいんだよ!」
そう言いながら空に手を翳し火山の如く火炎を降らせる。本当に殺す気でやってる・・・周りで見ている人達は歓声を上げながら異様な熱気に包まれ、狂気をむき出しにして笑う。まるで奴隷達を闘わせていたコロッセオの観客を見ているみたいだ
「大丈夫、勝てる」
雪城さんは風に髪を靡かせながら言う。さっきまで白に近い灰色だった髪は少し黒さを増した様に見えるのは気の所為だろうか。それに髪を結んでいたリボンも何処かへ消えて長い髪を風に流しながらどこからか出てきたのか分からない日本刀が握られていた
「落椿」
風咲君は言葉と共に降り注ぐ火炎をまるで何処に落ちるか最初から分かっている様に避けていく。一瞬風咲君の眼の色が変わった気がした。魔術が使えないからきっと私の見間違えだろうけど・・・
木刀の届く範囲まで来た瞬間、風咲君は思いっきり木刀を振り下ろす。袈裟斬り、日本刀なら肩から綺麗にスパッと切れていただろうけど
「そんな木刀燃やし尽くしてやらぁ!」
火炎を両腕に纏い腕をクロスさせ湖陽崎君が防御に入る
「型式変化、鬼灯」
そう言った瞬間風咲君の手に握られていた木刀はスルリと手から投げ出され、空となった腕で腰の最後の木刀を引き抜きながら防御を掻い潜る形で逆袈裟斬りを通す。
木刀の鈍い打撃音の後痛みで怯んだ湖陽崎君へさらに追い討ちを加える。それはただの横薙ぎの一撃、でも相手を昏倒させるには十分な一撃だった。倒れた事を確認すると
「いっちょあがり!」
そう言ってこちらに視線を向け風咲君はブイサインを作る。この学校、それに風咲君含む生徒達は結構やばいのかもしれない。そう思わずにはいられなかった




