第17.5幕 彌守と柚
「なァ」
目つきの悪い剣薙が更に目つきを悪くして私に話しかけてきた。どうやったら人間ここまで目つきが悪くなるのかしら
「何かしら、そんなにベッドでじっとしてるのが嫌なのかしら」
「それも有るがもうちっと硬いベッドはねェのか?寝るには柔らか過ぎる」
「はぁ?あるわけないじゃないそんなの。私の管轄の部屋はふかふかの寝心地のいいベッドしか置かない主義よ」
「マジかよ」
「当たり前じゃない。基本的には私の患者は女の子だもの。ちなみにそのベッドは新品だから女の子の残り香とか無いわよ」
「お前は俺を何だと思ってンだよ」
「ロリコンの変態」
「お前なァ・・・助けて貰った恩が無きゃここでぶん殴ってるぞ」
「ロリコン暴力変態野郎」
「やめろ」
まぁ揶揄うのはここまでにしておくべきかしら。このままだと本当に殴られそうだし
「冗談よ。仕方ないから子守唄でも歌ってあげようかしら」
「お前の歌はいらん。そんなもんよりもせめて硬い枕だけでも」
「近衛、歌なら私が歌ってあげよっか?」
彌守ちゃんが近衛の横に立ってそう言った
「だから歌はいいんだっての・・・」
「いいじゃない。最近は年下ロリっ子に母の面影を見るヤツらも居るって聞くし」
「あのなァ・・・お前・・・はぁ・・・言っても無駄か」
「それじゃあ1曲、近衛の為に歌います」
随分と綺麗な歌声と流暢な英語で紡がれる歌。確かこれは日ノ元の方だと「いつか王子様が」って曲名ね
透き通ったガラスというよりも山を流れる真水かしら?
人工物なんかじゃなく自然的に透き通ってそれでいて伸び伸びとしている。それに聴いていると不思議と力が湧いてくるこの歌声、まさかとは思うけど共感体質の力のひとつ?
剣薙の方を見るとさっきまでの鋭い目付きは何処へやら可愛い子供みたいに眠っている。まぁ可愛くはないけれどそういう表現が似合うほどに安心して寝息をたてて眠っている
「おやすみ、近衛」
彌守ちゃんは優しくそれこそ聖母のような優しい笑顔で剣薙の髪を撫でる。そして
「歌ったらお腹減っちゃった・・・確か近衛の荷物に非常食あったよねぇ」
さっきまでの聖母は何処へやら年相応の少女らしさを取り戻していた
「あったあった!確か最後の1個だったっけ」
見るからに赤い、ヤバそうなパッケージの軍用食
「んー?なんかいつものやつとは違うけどまぁいっか!柚お姉さん、お水くださーい」
「彌守ちゃん、それ、大丈夫?」
「大丈夫ーいつも食べてるから。それに賞味期限もほら大丈夫!」
ドヤ顔で賞味期限の書いてある所を指差して私に見せる。可愛いけどこれ止めた方がいいわよね
でも・・・この子が辛さに悶える所も見てみたい。そういう下心というか加虐心が私の喉まで出かけた言葉を詰まらせる。そう、いつも食べてるんだからアレがこの子達の普通、だから止めるのもおかしな話しよね。
「これで足りるかしら彌守ちゃん」
「ありがとーう!」
可愛いこの子がどういう反応をするのか見物ね。辛かったらラッシーでも用意すればいいし大丈夫よ
仕上がった品物は赤というより赤黒く明らかに辛そうな見た目の麻婆豆腐だった
「それじゃあいただきます!」
そんなのお構い無しに彌守ちゃんはスプーンでその赤黒い物体を柔らかそうな唇へと運んでいく
「んん・・・!ゲホッ・・・!辛い!なにこれ!?」
彌守ちゃんは椅子から転げ落ち苦悶の表情を浮かべながらバタバタと足を動かしながら床をゴロゴロとのたうち回る。見てると加虐心が擽られてゾクゾクする表情を浮かべる彌守ちゃん。嗚呼、最っ高。
ってうっとりしてる場合じゃないわ。ちょっと意地悪が過ぎたかしらと思いながら冷蔵庫にある牛乳を・・・
「ない・・・」
牛乳がない。それどころか甘い飲み物がない。あるのはお茶と缶ビール。とりあえずお茶を飲ませて・・・
「柚お姉さんありがとう・・・少しだけマシに・・・やっぱそうな事なかった!辛い!超辛いよコレ!なんで近衛こんな辛いの平気な顔して食べてるの!?兵器だよこんなの!」
私は携帯を取り出して弟に電話を掛ける
「姉貴どうした?」
「今すぐチョコドリンクかヨーグルトラッシー買ってきなさい。猶予は1分よ」
「そんないきな」
蓮が言い切る前に通話を切る。売店は開いてるはずだからすぐくるはずね
「遅い!もう2分は経ってるわよ・・・!どこで油売ってるの」
文句を言ったと同時に全力で廊下を走る音が聞こえてきた。ほんとおっそい
「か、買ってきたぞ・・・」
息を切らした蓮の手から袋を奪い取り中味を確認する。ヨーグルトに板チョコ。それにメロンパン
「遅い、でも上出来よ。彌守ちゃん、これ飲んで。あとこれ食べていいわよ」
ヨーグルトとメロンパンを手渡すと彌守ちゃんは目を輝かせる
「なにこれ!ありがとう!」
「いいのよ」
「姉貴、これレシート」
「お父に請求してちょうだい」
「マジかよ・・・」
嫌そうな顔をしながら蓮は剣薙のベッドを見に行くと驚いたという様な表情で戻ってきた
「おいおいどんな魔法使ったんだよ・・・眉間のシワ一切ねぇじゃん」
「注目する所そこ・・・?」
「そこ以外ないだろ。ってか患者が居るからラボ戻るわ」
「そう。アンタがそう言うって事は結構ヤバいのかしら」
「まぁ、な」
何か言い淀んでいたけど今はいいわ。板チョコの銀紙を剥がして一欠片私はチョコレートを口へと運んだ




