第3幕 雪のように
「どうした禍築」
蓮のラボの電話で禍築との会話を始める。懐かしいダイヤル式の黒電話だ。そして禍築の声で返答がくる
「風咲先輩用に翻訳機作っときましたよ。そのまま病院にいて貰えたら東雲先輩が持っていきますんで」
電話越しに雪の声が響く
「僕を使いっ走りにする気?先輩だよ僕。それにさっきまで華姫全土の監視させてたくせに即使いっ走りとか酷くない!?」
「合流してもらってる方が都合がいいんですよ。そのついでにコレ届けて欲しいってだけです。しかも東雲先輩めっちゃ余裕そうに煎餅食べながらやってたじゃないですか」
「禍築、スピーカーにしてくれ」
「うっす」
「雪、聞こえるかー?」
「あー!将鷹、禍築君が!」
「聞こえてたからそう大声出さなくて大丈夫だ。そんな退屈な仕事放り出してこっち来てくれ」
「むぅ・・・禍築君の肩もつんだ・・・というか将鷹は僕になんかないわけ?」
なんかないか・・・?珍しく怒気のこもった雪の声にビビりながら考えるが見当がつかな・・・あっ・・・
「そのー雪様、虎徹を折ってしまい貴方様の手を煩わせ・・・ってあれ?そういえば虎徹は?」
「宇迦様が届けてくれて僕の手元にあるよ。根元から折れてるなら多少短くして再利用出来たけどこれは流石に無理かな」
「そこを何とか出来ないか・・・?」
無理を承知で頼んでみる。ここで断れれてしまったら諦めるしかない
「はぁ・・・いいよ。やったげる。ただし強度はさらに落ちるよ。練習で振るのがいい所、実践で使おうものならすぐに折れる。そういうので良ければ繋ぐよ」
悩む必要なんて無いはずだ。でも
「あと絶対に繋いだ虎徹は使わないって約束できないって言うなら僕は絶対に引き受けないしこの虎徹は僕が預かる」
声だけで雪の本気さが分かる。雪は脅しでもなんでもないどうしようもない現実を我輩へと突きつける
「頼めるか」
「わかったよ」
電話越しに何か決意を固めるかのように息を吸う音がした。そして
「この仕事、刀工東雲雪が責任を持って承ります」
いつも以上にかしこまった雪の声が響いた。そう、あの虎徹は雪にとっても思い出深い一振、折れた時点で我輩か雪のどちらかの部屋に置物として飾ることしか出来ない様になる、そんなのは最初から分かっていた。それを承知の上で我輩は戦場で虎徹と共に戦ってきた
「ごめんな」
自然とこの言葉が出た
「いいよ。僕ももうそろそろだろうなって何となく分かってたから。それに虎徹は最後まで将鷹と一緒に戦えて嬉しかったと思うよ」
優しい声だった
「あのー2人の世界に入ってる中すっごい申し訳ないんですけど東雲先輩、早く届けて来てください」
空気の読めない、いや、今は空気を読んだと言うべき禍築の声が響きそれに雪が噛み付く
「全く・・・僕達にはしんみりする時間が必要だっていうのに」
「知りませんよそんなこと。てかどっちにしろ風咲先輩の所行く予定だったんでしょ」
「雪ー早く来てくれーじゃないと語学力の高い虎織が苦労するぞー」
「もう!将鷹までー!」
いつもの雪に戻ったと言うべきか。虎徹の事は多分ずっと引きずるだろう。でも引きずりながらでも前へ進まないといけない、ここ数ヶ月でそれを嫌という程に実感して来た
「前向かないとな」
電話を切ってから気持ちを切り替える為にぽつりと呟いてしまう
「たまには下向いてもいいんだよ。そんな時は私が前を向いてしっかり手を引いてあげるから」
声をかけてくれたのは虎織だった
「下を向くのは悪いことじゃないよ。誰だって下向いて歩いてる事あるんだしさ」
「でも・・・」
「下を見なきゃ見えない物もあるんだよ」
「それはなんか闇堕ちしてそう」
「闇堕ちすると大概強くなるよね」
「確かに」
「2人ともなに厨二臭い話してんだよ。アリサの診察終わったから結果言うぞ」
蓮がキャスター付きの椅子をクルクル回転させながらこちらに来てそう言った。器用に変な事をしてくるんだよな蓮は・・・
「薬師寺君それで来るのやめよ、ふふっ、笑っちゃうじゃん」
「笑わせに行ってんだよ」
「ほら、将鷹も笑え、笑いは健康の秘訣だぞ」
蓮はさらに椅子を回転させながら元の場所へと戻っていく。わざわざ回らなくてもいいのにと何となく笑えてくる
「さて、と将鷹が少し笑った事だし結果から言うと異常はない。体温もさっき計ったら平熱だったしおおよそ慣れない能力の行使による倦怠感だろ。将鷹も高校1年の時はよくなってたろ?」
「あーやっぱりアレか・・・」
「まぁ一応解熱剤と諸々薬は出しておくが多分アレは効かないだろうな」
「アレか・・・」
蓮お手製のあの馬鹿みたいに不味い魔力回復薬。思い出すだけで舌がヒリヒリするな・・・
「事件が終わるまではこっちで経過観察含めての療養って感じで大丈夫か?」
「そうだな。蓮が居れば問題ないだろ。でも・・・」
「なんだよ心配事か?」
「病院食だとアリサお腹空くんじゃないか・・・?」
「・・・それを失念してたな。飯はまぁ何とかするわ。あと俺だけじゃちょっと心もとないから桜花さんにもここに居てもらうか。交渉とかはこっちでするから安心しとけ」
「じゃあアリサの事頼むぞ」
「任せろ」
トントン。と窓を誰かが叩く。一瞬東雲色の綺麗な髪が見えたから雪なのだろうが何故窓からなのだろうか
「東雲、開いてるぞ」
「よっと。お邪魔します」
ガラリと窓を開け雪が飛び込んで来る
「雪、なんで窓から入ってきたの?」
虎織が何かを疑うように雪に問う。正真正銘東雲雪なのだろうが虎織には何かが引っかかったらしい
「いやぁこれ持って正面から入るのはちょっと気が引けてね」
雪が指さしたのは背負っている縦長の白木の箱だった
「将鷹、代わりにはならないけどコレ、前依頼してくれてたやつ」
依頼と言えば・・・数ヶ月前に気応鉄に触れた日のアレか
「名前は決まってないから好きに決めていいよ。それとこれは禍築君からの」
白木の箱と共に渡されたのは片耳に付けるイヤホンの様な形をした機械だった。試しに着けてみると違和感は特にない、それに周りの音もきっちりと聞こえる
「I'm speaking in English now, can you hear me?」
「今英語で喋ってるけど翻訳されてる?」
虎織の英語と電子音の日本語訳が聞こえた。これはかなりいいんじゃないか?これで相手の言っている英語がわかる
「大丈夫、問題ない」
「流石機械弄りが専門なだけあるね」
「翻訳機に気を取られてないで木箱開けて見てよ。僕の自信作で君のこれからの仲間だよ」
「そうだな」
正直虎徹の事を考えるとあまり開けるのは気が進まない。だが風切と短刀しか今は手元に無い為これに頼らざるを得ない
「じゃあ開けるか・・・」
箱から姿を現したのは鞘に納まった一振の刀
「抜いてみて」
雪の言葉に従い鞘から刀を引き抜く。引き抜いた刀身は息を飲むほど白く、まるで雪の様だった




