第31幕 琴葉の真価
「虎徹を折ったからにはちょっとばかし手荒でもいいよな」
なんて特に思ってない事を言いながら風切を大上段で構えて変則的に動く琴葉ちゃんを眼で追う。そろそろ遠視の魔術式のリミッター解除も限界そうだしできる限り早めに対処したい所だ
「先に将鷹が白鎖で地面に叩きつけたんだからおあいこじゃない?」
虎織が笑いながら言う。そして琴葉ちゃんが我輩に掴みかかろうとしてくる
「確かに、なっ!」
風切を空へ放り琴葉ちゃんの腕を掴み背負い投げの要領で投げ飛ばす。
ちょうど投げ飛ばした時に風切が落ちてくる。白木の鞘を取り出し落ちてくる風切がチンと音を立て鞘へと納まる。今思ったんだが斬らないのなら風切をわざわざ抜刀する必要なかったな・・・
鞘に納めて鞘の紐で括ればただの打撃武器になる訳だし
「琴葉ちゃん。今のままじゃみんな傷つけちゃうよ。早く戻ってきてよ」
虎織は呼びかける。琴葉ちゃんは頭を押さえながら立ち上がり頭を横に振る。琴葉ちゃん本人の意識が表に出ようとしているのだろうか
「もう少し手加減しなさいよ・・・痛いんだから・・・」
「琴葉ちゃん!?もしかして戻ってこれたのか?」
「まだ無理そう・・・ね。今は押さえてるけどもう限界・・・」
そういうと共にまた我輩に掴みかかろとしてくる。
投げ飛ばすか?いや、多分なにか対策してきているはずだ
「将鷹!伏せて!」
綺麗な黒塗りの鞘がこちらに向かって飛んでくる。我輩は伏せて当たらない様にと思ったがそんな必要は無かった。何故ならその鞘は琴葉ちゃんに受け止められてしまったのだから
「うぅぅ・・・」
唸ると共に虎織の投げた鞘は琴葉ちゃんが握っている所からボロボロと崩れて何も無かった様に消えた。老朽化して崩れて消えたという表現が1番近く思える
「なんだそれ・・・!ちょっとズルくないか!?」
「この能力であの硬度の虎徹を叩き折ったんじゃない?」
なるほど、納得だ。流石に魔力を込めた虎徹があの一撃で折れるのは違和感が有ったがこれなら納得がいく
「解体?それとも崩壊か?」
「なんかどっちでもなさそうな気がするんだけど・・・」
「ああいうの見ると不用意に近づくのはやめといた方がいいな」
「だね・・・でもどうやって琴葉ちゃんを止めるの?」
捕まえて琴葉ちゃんの精神力で自力でねじ伏せて貰うのが1番いいんだろうけど流石にそれまで暴れられても困るな
「風の鎖の用意頼む」
「じゃあ時間稼ぎお願い」
「了解」
虎織が魔術式を展開して魔術式の配列を変えたりして能力や強度を調節をしていく。本能的に厄介だと思ったのか琴葉ちゃんが虎織目掛けて走り出す
「遮れ」
地面に手を置き散乱している瓦礫を引き寄せ、集め壁を作る。
そんなものは気にしないと言うかの様に琴葉ちゃんの走る速度は一切落ちはしない。
数秒しない内にドンとぶつかる音が聞こえるがヒビが入っただけで突き抜けたりはしてこない。
だが瓦礫の壁は徐々に粉へと変わっていく。コンクリートに入っていた鉄骨が見え始めその鉄骨が錆を纏い脆くひしゃげていく。
老朽化・・・?まるで物の命そのものを徐々に奪っている、そういう風に見える
「もう1枚!」
また瓦礫を集めさっきの壁よりも分厚い物を作り出す。
そう簡単には突破出来ないからいい感じには時間稼ぎできるだろう。
そう思っていた我輩は実に愚かで浅ましかった。約1秒、瞬きの間に壁は砂へと変わり鉄骨はサビひしゃげ崩れた
「流石に慢心しすぎたか・・・!」
琴葉ちゃんが吠えると砂が固まり生き物のように動き始める。あまつさえそれに花やら樹木が生える始末。あぁ、何となく掴めた。鬼というかそういうのは神様の領分だろうに
「龍の形なんて随分と男心を分かってるじゃないか」
砂と樹木はねじれ、絡み、龍の形を成している。昔は本で読んだ龍殺しの英雄に憧れたっけか
「将鷹!鎖準備出来たよ!」
ナイスタイミング虎織!この龍を一瞬で屠れたとしてもその一瞬で琴葉ちゃんは我輩か虎織を倒しに来るだろうからな
「そんじゃ琴葉ちゃんを頼んだ!」
風が吹き抜けると共に琴葉ちゃんの動きが止まる。風に寿命も命も何も無い。我輩の予測と推測の域を出ず決定的ではないが八割琴葉ちゃんの鬼としての能力は寿命または生命の剥奪と再分配。ネクロマンサーよりたちが悪い能力だ
「さて、龍退治と行こうかね」
風切と鞘を結ぶ紐を解き刀身を風に晒す。
龍はまだ身体を造っている最中だ。しばらく待つべきかと思ったが気にせず一太刀浴びせていく
「椿流、風刃回天!」
刃を一度龍の身体へと通す。砂やら草があるが簡単に斬り裂ける。そこに魔力を込め斬れ味をさらに鋭くしてから引き抜く。そのままの勢いでもう一度同じ様に斬り裂く。
5m程の龍の身体を2往復斬り裂くのに3秒。自分の脚を魔術式で強化して風の如く走れる様にして遠視の魔術式のリミッターを外したからこそ再現出来る化け物地味た業だ。四分割になった龍はのたうち回ることもせずただ身体を造り、繋げる
何もしないのが不気味過ぎる・・・
「将鷹!後ろ!」
焦る虎織の声が聴こえる。振り向いた時には既に地面から生えた棘が生えた木々を絡めた尻尾が目の前に迫っている
「ちっ・・・!」
舌打ちした所で変わりはしない。虎織は魔術式の制御で手一杯、我輩も反応が遅れて防御が間に合いそうにない
この一撃、喰らいたくは無いな。痛そうだし
刹那、袖の魔術式から白鎖が飛び出し尻尾の動きを止める。我輩は袖の魔術式を起動させたり白鎖を取り出した覚えは無い
「ヘビにキツネにネコにオオカミ。動物にも人間にも神様にも好かれとーなぁ」
聞き覚えのある声が辺りに響いた。龍は静かに頭を下げる様にしていた・・・




