第18幕 嫌悪と覚悟
ワラワラと湧き出す黒い砂の鼠達。椿流の干支を元にした技の中で最も残酷で醜い、人に使うのははばかられる程に凶悪な獣
「後悔するといい」
黒い獣達は目の前に倒れている男を囲んで牙を立てる
「離せ!っ!クソっ!この・・・!」
男はジタバタとしながら鼠達を振り払おうとするが振り払えるはずもない。コイツらは食らいついたら離さない最悪な奴らなんだからな。見ているだけでも痛々しいが目を逸らす訳には行かない
「結べ」
我輩の言葉を聞いた鼠の一部は黒い砂へ戻り拘束具の形となり男をがっちりと地面に固定する。そしてまだ鼠の形を残している奴らは黒影となっている男の腕に群がり噛み付く。
男は声にならない叫び声をあげながらもがく。身体はもう動かないというのに動こうとする
「動かない方がいいぞ?そいつらはそれでも加減してくれてるってのに変な所に牙がはいったら危ないぞ」
気づけば男はあまりの痛みに泡を吹き白目を剥いた。肩の肉は抉れ血が水溜まりの様に広がり地面に溶けていく。男の肩と腕を繋いでいるのは骨のみ。それが剥き出しとなっている。鼠達は繋ぎ目を探して肩に向かって来る黒影となった皮膚と肉を必死に食らって吹き出す血によって赤黒く染まっている
「やらなきゃな・・・」
自らに声をかけ白木の鞘に刀を納め男の露出した骨へと思いっきり刀を振り下ろす。最悪な感触を手に覚えながらもう一度骨を狙い打ち込む。骨は砕け腕と胴体が分離した人間が出来上がった
「あぁ、そうだ。もう一本落としておかないと・・・こいつには痛い目見てもらわないと・・・」
怒りなんて既に収まっている。でも、もうこいつに銃を握らせる訳にはいかない。敵味方の概念が薄いヤツには損益の計算なんて出来ない。そうなると一般市民を虐殺するかもしれない。
刀を天から地へ叩きつける。今回は肉の感触も有る。不気味で気持ち悪い。早鐘を打つ心臓の鼓動がうるさい・・・
もう一度刀を振り下ろし、そして刀を鞘から引き抜き腕を斬る
「虎織、こいつも手当て頼む・・・」
「お疲れ様」
虎織が我輩の手をぎゅっと強く握る。少し落ち着いたのか心臓の鼓動は静かになっていく
「もうひと仕事してくるよ」
「うん。こっちは任せて」
刀を握り直し大きく深呼吸を1つ
「やるぞ虎徹」
己に発破をかける。影朧が出てきた事で魔力が激減した状態で窮鼠拷秒を使い続けているからか一瞬視界が歪んだ。そして強烈な眠気。まだここで倒れる訳にはいかない、その一心で歩を進める
「将鷹!無理しちゃダメだよ・・・!」
後ろから虎織の声が聞こえた。我輩はそれに手を振って答える。虎織も我輩が限界に近いって多分分かっているんだろうな。
何故だろうか、虎織のさっきの言葉を聞いてから少しだけ、ほんの少しだけ色々とマシになった気がする
「お疲れ様。よくやってくれた」
男から落とした黒影化した腕の肉を今も食らっている鼠達に一言労いの言葉をかける。すると赤黒く染まった鼠達は一斉に黒い砂へと戻る
「さぁ、殺しあおうか・・・」
黒影の腕は斬り落としたもう一本の腕を呑み込み、人型へと姿を変え、人差し指を此方に向ける
バンっと向けられた人差し指から銃弾が放たれる。どうやら銃を取り込んでその機構を理解した様だ。
これでは黒影ではなく黒影の劣化品って感じだ。黒影は本能のまま暴れるから厄介なのであってそこに思考など入れば行動が鈍るだろう
「引き裂け」
爪を立て、大気を引き裂く様に振るう。目視出来ない風の刃が目の前の弾丸を潰し余波で黒影の胴体を軽く切る。まぁ直ぐに切り口は塞がっているが・・・
どう倒すかは後でいい。今は走って斬れ、厄介な部位から斬り落として行くしかない。
身を低くし目の前へ倒れる様に走り出す。力はそんなに必要ない。走りながら刀を鞘に納めて振り抜く準備をする。歩数にして四歩、それで切っ先が届く
「椿我流、一閃、重ね」
走りながら鞘から刀を引き抜き黒影の横を通り過ぎながら横薙ぎに一閃
勢いを殺さぬまま脚を無理矢理黒影の方へと向け地面を蹴り腕へと縦一閃
片腕しか落とせなかった為もう一方の指を銃弾を撃つように此方に向ける。この距離で撃たれたら確実に当たる・・・なら当たる前に吹き飛ばして倒すしかないか
「椿流、亥の番。撥ね猪」
黒影に向かって全力でタックルを仕掛け体勢を崩す。勢いよくぶち当たった為に此方もそれなりに痛い。これは元々鎧を着てやるのを前提に作られた技な訳だし生身でやるもんじゃない。
でも、これで弾丸を撃ち込まれなくて済むと考えると安いものだ。
刀を八相に構えてからの体勢が崩れ倒れかけている黒影を袈裟斬りで斬り倒す
普通の黒影ならここらで霧散してくれるんだけどコイツはまだまだやる気らしい。
まだ消えないのは厄介だし奥の手を使うか・・・ぶっつけ本番できるかどうかはわからない。魔力は不思議とさっきよりは増えている気がするしきっと大丈夫
「剥がせ!」
力強く声を上げアスファルトを剥がす
「作れ!」
露出した地面から黒い砂、砂鉄が集まり針のように形を成していく
「燃やせ!」
手のひらに神経を集中させ狐火を作り砂鉄を熱する。
そして指先を黒影に向け、最後の言葉を発し魔術式を起動させる。
砂鉄の針は青い炎を纏いながら黒影へ向かって飛び、突き刺さっていく
「青灼、鉄針」
格好つけて即興で考えた技名を呟く。その言葉と共に黒影は全身から青い炎が吹き出し灰となった。その炎の中赤い粉が見えた気がした。ただの炎色反応みたいなものかもしれないけどもしかしたら人が好戦的になるあの薬なのかもしれない。まぁこれは我輩ではどうにも出来ない事だ
そんな事を考えているとドスリと何かが勢い良くぶつかる
「大丈夫!?意識はしっかりしてるよね・・・?」
どうやら勢い余って虎織がぶつかったらしい
「大丈夫大丈夫。さっきのは妖術だから意識はハッキリしてるよ」
「良かった・・・」
ほっとしたと虎織は胸にあてていた手を下ろした。
ふと虎織が元いた場所に目をやるときっちりと手当された2人が転がっている。こっちも一安心ってやつだな
「ちょっとだけクラっと来るかもしれないけど我慢してね?」
虎織はそう言うと我輩の背中に手を伸ばし何かを取るような仕草をする。その瞬間視界が歪んだ。だがそれは一瞬で今は普通に見えている。そして虎織の手に目をやると見覚えのある御札が・・・
なんだったか・・・一瞬考えて思い出した。菊姫命が我輩と虎織に貼った魔力共有の御札だった
なるほど・・・だから魔力が少し回復したように思えたのか
「将鷹、あの二人をヴァンさんの所に連れていくの手伝って貰える?あっ、3人か・・・あの鎖でぐるぐる巻にした人もだね」
「そうだな。行こうか。っとその前にアイツ大丈夫かな?」
我輩は白髪の男の現状を見るために包帯に巻かれた男を抱えて表通りへと向かう




