プロローグ
この物語は現代の日本とは多少異なっております。そのため実在する集団、企業、国家、地域、人物等とはほとんど関係ありません
現実との差異をお楽しみ頂けると幸いです
では物語を始めましょう
携帯電話から目覚まし用の音楽がけたたましく鳴り響く。
我輩は布団にくるまりながら携帯を手探りで探しだし目覚ましを止め、時刻を確認する。時刻は朝7時ぴったり。
布団から出たくない・・・今日の仕事サボろうかな・・・後ろ向きな思考が脳を過るが身体を無理矢理起こし「ふぁぁぁ・・・」と欠伸をしながら身体を伸ばし我輩のいつも通りの朝が始まる。
まずは襖を明け朝日を浴び、さっきまで寝ていた折りたたみ式のベッドを2つ折りにし邪魔にならない所に置く。
たまに思うのだが畳に折りたたみ式ベッド置いているのはこの世界で我輩だけではないだろうか?
そんなくだらない事を考えながら寝巻きから普段着に着替え洗面所に向かう。
「あっ、おはよう。今日も時間通りだね。」
灰色の綺麗な長髪で琥珀眼の可愛げのある女性がタオルで顔を拭きながら振り向いて挨拶をくれる。
「おはよう虎織」
挨拶されたら挨拶を返す。それが礼儀だと、爺様から耳にタコが出来る程言い聞かされたものだ。
この綺麗な灰色の髪を靡かせる女性は雪城虎織。我輩の家の同居人で仕事仲間だ。
彼女とは同居はしているものの付き合っていたり結婚している訳では無い。
彼女とは小学生の頃から常に同じクラスでいつも一緒に居た。喧嘩したりして口を聞いていなかった時期もあったが気付けば仲直りしているし、今はお互いの苦手分野はお互いカバーし合う。
そんな感じの関係だ。
2人揃っているのが当然となっており大人になった今でもこうして2人一緒に居る。
恋愛感情がないと言えば嘘になる。我輩は彼女の事が好きだ。
しかし、告白してしまえばこのいつもの関係では無くなってしまうのではないかと思ってしまい告白まで踏み出せない。まぁなんというか、我輩はヘタレである。名は風咲将鷹。なんて、かの文豪の文章みたいにしても仕方ない。ヘタレな事実は変わらないしきっとこの生活が変わることもない。きっとこれは片想いなのだろうから。
「さて、早く顔洗わないとご飯冷めちゃうよ」
虎織はそんなことを言いながらスキップで洗面所を去っていく。
「床抜けるかもだからスキップはやめた方がいいかもなー」
「むぅ。私そんなに太ってないもん。」
おっと、これは失言だった。
我ながら無神経な事を言ってしまったと言うより言葉足らずだった。
だがしかし怒った顔も可愛いと思えてしまうのはもう多分末期だろうな。
いや、自覚症状あるだけマシか。
「これは失礼。虎織は太ってないぞ。洗面所付近は結構ガタきてるからどんだけ虎織が軽くてもスキップで床抜けるかもしれないからな。一応近いうち業者さん呼ぶから、修理とかしたらスキップでも縮地でも何でもしてくれ。」
冗談っぽく聴こえたかもしれないがこの家も築30年以上の木造。
特に洗面所は湿気が酷いためか木が傷んで来ているようだ。昨日の夜ミシッとヤバそうな音が聴こえた為いつ床が抜けてもおかしくはないだろう。
「スキップはともかく縮地はできないよ。あれ結構難しいし」
真顔で突っ込まれた。そもそも縮地がどんな走法なのかも知らないし走法なのかすらも知らないのが現状である。後で調べておくとしよう。
「そうなのか。まぁとりあえず気をつけてな。」
「りょーかい。さて、ご飯早く食べよ!」
朗らかな笑みを浮べながら彼女は廊下を歩く。慎重に、ゆかが抜けぬように。そんなに慎重に歩かなくても・・・
洗面所で顔を洗い居間へと向かう。メキメキと明らかにもう限界と言わんばかりの木々の悲鳴が聞こえ我輩も慎重に歩くことにした。次の休みには業者さん来てくれればいいが・・・
朝食を済ませ仕事用の鞄を持ち虎織と共に職場へと向かう為、路面電車に乗り車掌の聞き取りにくい声を聞きながら我輩は微睡む。職場までは路面電車で片道10分程度、微睡むにはちょうどいい時間だ。
まぁたまにガッツリ寝てしまう時もあるが幸いにも職場の最寄り駅が終点付近なので急げばなんとかなる。
現在の仕事について5年間まだ遅刻していないのが現状だ。
今まで何回か未遂はあったが何とか間に合っている。しかし、そのうち気の緩みで遅刻とかしてしまいそうだな。
そんなことを考えながらコクリ、コクリと頭を揺らす虎織の横で微睡む。
うとうとしていると最寄り駅の駅名がアナウンスされた。
そろそろ頭を起こさないと全力で走るはめになる。
電車から降りて大きな欠伸をひとつ。その後体を伸ばし左右に曲げる。
「さぁて、今日も仕事するか!」
この言葉は仕事場に着いてから言うべきなのだろうが我輩は路面電車の独特な空気から外の新鮮な空気に変わった瞬間から仕事するぞという気分になる。
「そういえば今日はアリサちゃんが見学に来るんだっけ?」
虎織がふと思い出したように振り返り我輩に問いを投げる。
「そういえばそうだったな。まさか就業体験でうちに来るとはな・・・」
アリサは我輩の従妹であり高校の就業体験で我輩達の職場に来るようだ。
事務職の見学だけならいいが我輩の身内ってことで現場まで連れていきそうだ・・・
あんまり安全じゃないから出来れば現場には来て欲しくないが・・・
「将鷹、そんなに難しい顔しないの。アリサちゃんなら大丈夫だよ。それに現場に来ても私達が守ればいいしね!」
どうやらお見通しのようだ。虎織の言う通り何かあれば我輩達がどうにかすればいい話だし、2人ならなんとかできるだろう。
「そうだな。まぁそうならないのが1番だけどな」
本当にこれに関しては我らが上司、鬼姫様の気分と時の運と言うやつだ。
「おっはー。今日も仲良いねぇ」
仕事場へ向かう道中後ろから聞き慣れた男の声が聞こえてきた
「蓮か。おはよう」
薬師寺蓮。我輩の友達にして苗字が語るように薬剤師であり我輩達の仕事仲間でもある。蓮は一般的に見てイケメンというやつなのだろう、高校生の時などひっきりなしにラブレターを貰っていたものだ。
「おはよう。薬師寺君」
少し間を空けて蓮に虎織が挨拶をする。虎織は人の顔を見て挨拶するタイプだからこういう間があるらしい。
振り返って挨拶すればいいじゃないかと言った事があるが虎織曰く、振り返って挨拶するのはよっぽど仲がいい人だけとの事だ。
「今日は学生の子が来るんだってな。しかも女の子。」
蓮は心底楽しそうに笑いながらこう言った。
「我輩の身内だ。手ぇ出すなよ」
蓮がそんなことをしないのはよく分かっている。まぁ、友達だからこその冗談というやつだ。
「出さないよ!そもそもお前の身内なの知ってるし、それに手ぇ出したら物理的にも社会的にも抹殺されるしな・・・」
「違いない」
我輩達は笑いながらカツカツと歩を進める。
「このこと禍築君知ってたっけ?」
虎織が仕事仲間の1人の名前を出して少し不安そうな顔をして首を傾げた。
辻井禍築。我輩達の一つ下の後輩なのだが可愛い子とかを見たらすぐにナンパするチャラ男というやつだ。
アリサはあいつの好みっぽいしアリサが来る前に釘をさしておくのがいいかな
「知らないだろうし我輩が釘を刺しておくさ」
「じゃぁ任せるね」
この時既に手遅れということを我輩はまだ知らない。なんてことはないとは思うが一応走るとしよう。
「先に行っとくぞー」
靴のつま先をカツカツと鳴らし走る準備をする。準備というかルーティンというやつなのだろうな。これをしないと走るテンポがズレる感じがしてならない。
「あっ、そんなに急がなくても・・・」
虎織の言葉を背に仕事場への一直線の道を走り抜け和風の外観に似つかわしくない洋風の建物の開いてるいる窓目掛けて跳びそのまま窓に手をかけ、中に入り我輩は「おはよー」と一声。
「うわぁぁ!風咲先輩いきなりどうしたんですかぁ!?窓から入ってくるしここ2階ですよ!」
茶髪を後ろでまとめた男、禍築が心底驚いたように我輩を見る。
「そんなにびっくりするなよ。たかだか2階だろ。」
一般人ならまだしも我輩達は魔術師という魔術を扱うことを生業とした人種なのだ。
虎織や他の魔術師達もこれくらいは難なくこなすだろう。
「いやいやいやいや!換気のために開けてた窓から先輩が凄い勢いで入ってきたら誰だって驚きますよ!それにまだ出社時間ギリギリでもないですし!心臓止まりかけましたよマジで・・・」
汗を流し、これでも文句は言い足りないぞと言うような顔をしながら言葉を紡ぐ
「そりゃ悪かった。申し訳ないな。」
「それはそうと窓から入って来るって事はなんか急ぎの用ですか?」
「あぁ、そうだ、今日就業体験で来る子なんだが」
「アリサ・ノーラ・アンダーソンちゃんですよね。凄く可愛くて大食いだというのは聞いてますよ」
名前フルネームで覚えてる辺りこいつすげぇわ。と関心しつつも
「我輩の身内だからナンパとかセクハラしたら怒るからな」
こう言っておけば問題無いだろ
「マジっすか・・・うわぁ・・・マジか」
心底嫌そうな声を出しながら禍築は俯く。
「そこまで嫌そうな声出すなよ・・・」
「いや、めっちゃ可愛いって聞いてたんで期待してたんすよ・・・それが先輩の身内で・・・性格面難ありな気がしてやばいっすわ・・・」
こいつ・・・我輩をなんだと思ってるんだ・・・いやまぁ高校時代ブチ切れて校内引きずり回したのが原因なんだろうけど
「アリサは性格かなり良いからな!悪かったらここで介錯人無しで切腹してもいいぞ!」
「いや、まぁ先輩から見れば誰だって性格いいでしょ・・・」
「お前は我輩をなんだと思ってるんだよ・・・」
「狂犬とか悪魔的な外道?それか人外とか」
こいつからの評価はどうやら最悪らしい。知ってた事とはいえ少し傷つくというものだ
「人外は無いだろ人外は」
「そうですね。人外が可哀想な気がしてきました」
「朝からうるさいわねぇ・・・そんなに元気ならトースト焼いて珈琲淹れてちょうだい」
眠たげな少女の静かな声が室内に響く。声のする方へ向くと真紅のような長髪にて幼い風貌の我らが上司、この華姫市の市長にして小さき姫、鬼姫こと綺姫琴葉がパジャマ姿で立っていた。
「おはよう琴葉ちゃん」
上司と言っても同年齢で昔馴染みというのもあって敬語は使っていないというか使うなと命令されている。
「おはようございます琴葉様。」
いつもこれくらいきっちりしているなら禍築も部署内の評価はもっと高かっただろうなと思いながらインスタントの珈琲を淹れ、琴葉ちゃんの前へと運ぶ
「2人ともおはよう。それと珈琲ありがとう」
琴葉ちゃんは差し出した珈琲にガムシロップをダバダバという効果音が似合いそうな感じで入れていく。そんなに入れなくてもいいだろうとは思うがまぁ個人の自由か。
「今日の運勢はーっと」
琴葉ちゃんは新聞を広げ占いの見出しを眺めながら甘ったるくなったであろう珈琲を口に含み「10位か・・・微妙ね」と少し顔を歪めながら呟いた。
その姿は琴葉ちゃんの見た目も相まって子供のようだった
「将鷹。私の事ガキだとか思ったでしょ」
「すまん。ぶっちゃけ子供にしか見えん」
軽口をたたきながらトーストを琴葉ちゃんの目の前に出しイチゴジャムを横に置く
「失礼極まりないわね。まぁいいわ、このトーストに免じて許してあげるわ」
トーストというかイチゴジャムでしょ。と思ったが言わぬが吉。テレビでニュースを見ながら大人しく始業時間を待つとしよう
「おはようございます!」
虎織が事務所の扉を思いっきり開けながら元気よく入ってきた。
「おはよーございます」と少々遅れて蓮も入室。
「おはよう。虎織は今日も元気ね。今日の勤務メンバーは全員揃ったし今日の就業体験の説明するから適当に聞いてちょうだい」
適当でいいのかそれは・・・結構重要な話だとは思うんだけど
「知っての通り高校生が1人仕事の見学に来るわ。基本は書類仕事をしてもらうけど、もしも黒影が出たら現場に連れて行って貰うわ。将鷹と虎織ならある程度は問題ないでしょうし必要なら増援も用意するから連れて行ってあげなさい」
この日ノ元という国には化け物が存在する。
人々を襲い、時に木々や作物を食い荒らし、影のように湧き出る怪異、妖の類。
影のような黒い姿の異形、その見た目から先人達はそれらを黒影と呼んだ。
昔は天災、鬼の手先と呼ばれ畏れられてこそいたが出現頻度は少なかったそうだ。
しかし現代、年々出現数は増えていった。
我輩達魔術師はその黒影を打ち倒し、この土地に住まう人々の安全を確保するのを主な目的としている。
琴葉ちゃんが連れて行けと言うならアリサを連れていく他ない。まぁ特に何も出なければいいのだが。今日が平和でありますように・・・
「今日、最悪の運勢はしし座のあなた。上司にコキ使われるわ思い通りに行かないわで踏んだり蹴ったり。そんなあなたの運気を回復するアイテムは!麦茶!今日も頑張っていきましょう!」
ニュースを流していたテレビから最悪の言葉が聞こえた。
我輩と虎織はしし座。運勢最悪な2人である。マジで平和な1日であってくれ・・・