第7話 姫騎士ですわ
「メニューを開いて、装備、装備を変更する……。ところで姫騎士ってなんですの?」
トウカがメニューを操作すると、服がマスターから受け取った姫騎士の鎧に変化した。
白いドレスを鋼で装飾したようなデザインだが、胸元が開いているのを見て少し不安になる。
「……ちゃんと身体を守れるのでしょうか」
「ゲームだよゲーム。素肌だろうが鎧と同じ耐久力になってんの。あとマスターの趣味」
「肌で攻撃を受けても大丈夫ということですのね。それも不思議な感覚ですわ……」
つんつんと開いた胸元を指でつつくが、柔らかい感触が返ってくるだけだ。
マスターは目のやり場に困り、アンジュに手で合図する。彼女はそれを軽く鼻で笑ってから、トウカに向かってにやりと笑った。
「じゃ、行くか。ドラゴン狩り」
「……はい!」
元いた部屋の扉を開け、黒騎士と姫騎士が楽しそうに叫ぶ。
「バサラ! ランヴァル! デュークドラゴン狩り、トウカも連れてくぞ!」
「よろしくお願いします!」
侍男……バサラはそれを聞いておおー!と侍というよりは山賊のような雄叫びを上げる。それから姫騎士衣装のトウカを見て、さらに声を大きくした。
「それ、マスターが作った装備か? まさか役に立つ日が来るとはな」
「どうです? 似合っていますか?」
「おう! もちろんだぜ! ランヴァル、お前もなんか言ってやれよ……ランヴァル?」
バサラがソファの方を見ると、本を読んでいた青年ランヴァルはわなわなと震えていた。
「ひ……ひひ、ひ……姫騎士だぁぁぁ!? ほ、本物ですか!?」
「本物じゃなくてゲームだ。さっさとしてくれ」
マスターが呆れ顔で準備を促す。
バサラはメニューを操作しながら、トウカの横で腕を組んでいる小柄な黒騎士の方を見た。
「お前は絶対着なかったしなあ」
「ったりめーだろ。あたしに似合うかよ」
「いやいや、それが案外そういう需要は転がってるもんだ。お前も好きでそういうアバターにしたんだろ? 目つきの悪いちっこいひんにゅグハァ!?」
アンジュの蹴りがバサラの顔面にクリーンヒットし、派手なダメージエフェクトが出る。
「今からPvPやりてぇんなら付き合うぞ?」
「デュークドラゴンまで持たなくなるからやめとくわ……」
全員が戦闘用の装備に変更し終えたので、5人は目的地に向かってギルドを出た。
「ドラゴンの場所へは歩いていけますの?」
「ああ。途中でファストトラベル使うけどな」
「飛行船乗り場から一気にデュークドラゴンのいる洞窟まで行けるんですよ」
「飛行船! すごいですわ! 楽しみです!」
バサラとランヴァルに囲まれて歩くトウカは、既に見事な『姫』の姿だった。
「それにしても……」
トウカは静かな街をきょろきょろと見渡す。
「やっぱり、他の方はいませんのね……」
これには、少し先を歩いていたマスターが答えた。
「今も残ってるプレイヤーなら、ほとんど街にはいないよ。僕らはギルドに集まるようにしてるから別だけど、ソロで活動するならずっと山奥や洞窟の中でも問題ないからね。街にはときどき回復薬を買いに来るくらいさ」
「ずっと山奥に……まるで本当の冒険者ですわね」
しばらく歩いて飛行船乗り場が見えたころ、トウカは元々『ゲームの楽しみ方を学ぶ』ことを目的にしていたことを思い出した。
(ふふ、すっかり忘れていましたわ)
何故忘れていたのかは考えるまでもない。
(まだ冒険を始めたばかりですのに。私、もう楽しいのですね)
この世界は、トウカの知らない面白いもので満ちている。
カメラに映る姫騎士の足取りは、まるでクリスマスを待つ子供のように軽やかだった。