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第15話 統傑院氷雨さんですわ

「ごきげんよう。園城寺さん」

「ごきげんよう……アンジュさん……」


 挨拶にゆっくりと返事をした燈火のまぶたは半開きだった。


「アンジュさん?……どなたのこと?……園城寺さん?」


(アンジュさんはきっと私の知らないスキルも使ってくるはず……)


「園城寺さん?」


(あら? アンジュさん……背が伸びたような……)


「園城寺燈火さん!」


 ハッとして、首を横に振る。

 周りを見ると、目立つが上品な印象のある白のブレザーに身を包んだ少女たちが歩く廊下だった。なんだか花のような良い香りがする。


(いけませんいけません。ここはAAOではありませんわ)


 ここは燈火の通う学高校だ。今は現実世界の朝、登校して教室へ向かう途中である。

 アンジュと勝負を約束してから興奮してAAOにログインし続けた結果、今日の燈火は寝不足なのだ。

 慌ててぺこりと頭を下げる。


「し、失礼いたしました!」

「そのような寝ぼけた顔で歩くとは、わが校の生徒としていかがなものかしら?」


 顔を上げ、女生徒の凛とした立ち姿を見た燈火の表情が柔らかくなった。


氷雨(ひさめ)さん!」

「他の誰に見えていたの?」


 女生徒、統傑院氷雨(とうけついんひさめ)はため息をついた。彼女の動きに合わせてトウカのものとはまた違う、夜の藍を含んだような長い黒髪が揺れる。

 彼女と燈火は中学からの付き合いがある関係だ。学校だけでなく、親の仕事がらみの場でも何度も顔を合わせている。

 燈火の父が代表を務める園城寺と同じく、氷雨が生まれた統傑院もまた世界に名を轟かせる一族なのだ。


「アナタがそうフラフラしていると、アナタのお父様と仲良くさせて頂いている統傑院家としても不安なのよ」

「お気遣いいただきありがとうございます。氷雨さんも、生徒会のお仕事はお変わりありませんか?」

「お、お気遣いどうも! でも大丈夫よ。アナタに心配されるほど私は頼りなくないわ」

「そうですね。氷雨さんでしたらきっとご立派にお仕事されてるはずですわ」


 氷雨はぴくりと眉を動かした。


「ええそうね! アナタの方こそ、今夜も仲間と何かするのかしら?」

「えへへ……自動回復のスキルを強化できるドリンクの素材を……」

「自動回復?」

「はっ! いえ、なんでもありませんわ! 最近飲み物を自作するのが趣味でして……」


 自分の家の会社が作ったゲームの宣伝をするために遊んでいたらハマって寝不足になってしまったとは言えない。まして燈火は名前を出さずに活動しており、現実でも両親以外はこのことを知らないのだ。


「ふぅん……ま、いいわ。学園生活に支障が出ない程度に頑張りなさい。それでは、ごきげんよう」

「ごきげんよう、氷雨さん」


 それぞれの教室へと向かった。

 しばらくして、燈火は先ほどの会話の違和感に気付く。


――今夜も仲間と何かするのかしら?


「『仲間と』……? 私、ギルドの皆さんのことも話してしまいましたか……?」


 寝不足の頭では、上手く思い出せなかった。




「アンジュさん、ですって? あの黒騎士のこと好きすぎるでしょ!」

「お気遣いありがとう、ですって? そういうつもりで言ったんじゃないわよ!」

「飲み物を自作する趣味、ですって? いやなによその誤魔化し方!」

「あのお嬢様、ホントにニブくてムカつくわ!」


  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()帰り道で、氷雨は周囲に誰もいないことを確認してから悪態を吐いた。


「でも、良いことを聞いたわ。自動回復スキルのドリンク、か……」


 大冒険を楽しむ姫騎士の姿を思い出し、苛立ちと笑みが混ざった複雑な表情を浮かべて呟いた。


「今夜のAAOでは会えそうね。『トウカ』さん」



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