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強欲のシェヘラ姫

作者: 深崎那琴

昔々、あるところにシェヘラというお姫様がいました。

光り輝くような目映い黄金の髪、染み一つすらない真っ白な肌、澄んだ泉のように煌めく緑の瞳が大層麗しいと評判のお姫様です。


ですが、シェヘラ姫の本当の姿は違います。

艶もなくあちこちで絡まるくすんだ黄土色の髪、色は白くても吹き出物に溢れた肌、唯一の綺麗な緑の瞳は贅肉に隠され、体型は丸々と肥えた豚のよう。

お世辞にも美しいとは言えない、はっきり言うととても醜いお姫様でした。


シェヘラ姫の性格もまた、ひどいものです。

ある日のこと、シェヘラ姫の前で一人の召し使いが粗相をしてしまいました。


「も、申し訳ございません!」


「怪我はない? 大丈夫?」


顔を青くして謝る召し使いにシェヘラ姫は優しく声をかけます。


「なんてお優しい姫様でしょう。姫様、ありがとうございます!」


いたく感激した召し使いがシェヘラ姫へお礼を言いました。

ところが、シェヘラ姫は急に怒り出したではありませんか。


「お礼が足りないわ。私が心配してあげたのに、感謝の言葉だけ返すなんて信じられない!」


あまりにも見返りを求め過ぎる強欲なシェヘラ姫の姿に、粗相をした召し使いも周囲で目撃した人も、しばらく開いた口が塞がりませんでした。


シェヘラ姫は大国を治める王の娘として生まれましたが、兄弟はいません。

父である王は長らく子宝に恵まれず、晩年に生まれた一人娘を目に入れても痛くないほど可愛がりました。

王に甘やかされるまま、シェヘラ姫は好き勝手の我が儘放題、よく言えば自由奔放に育ってしまったのです。



そんなシェヘラ姫には、大層美しくて優しい婚約者がいます。

月の光を閉じ込めたような銀色の髪、海のように深い青い色の瞳、整った顔に浮かぶ穏やかな微笑みはまるで聖人のよう。

見目麗しく物腰も丁寧な婚約者は、大国と同盟を結ぶ小国のアシルという王子様でした。


アシル王子は見た目も性格も最悪なシェヘラ姫との婚約が嫌で嫌で仕方ありません。

けれども、圧倒的な軍事力を持つ大国には逆らえないので、渋々とシェヘラ姫のお相手をしていました。

アシル王子は本来なら結婚する一年前まで、自国で過ごすはずでした。

ところが、婚約後の初顔合わせでアシル王子に一目惚れしたシェヘラ姫はそれを許しません。


「あなたは私の婚約者なのよ! 私から離れるなんて許さないわ!」


シェヘラ姫の我が儘により、アシル王子は自国へ帰ることが出来なくなったのです。

そして、そのまま大国で暮らしていくことになりました。

アシル王子がお城で暮らすようになったことが嬉しくて、シェヘラ姫はいつもアシル王子の側にいようとします。


「アシルは私の側にいないといけないの!」


何かするにも、必ずアシル王子が側にいることを求めました。



シェヘラ姫の強欲ぶりは、日毎にどんどんひどくなっていきます。

湯水のように豪華なドレスや煌びやかなアクセサリーを大量に作らせては、厚化粧をして着飾ります。


「ねぇ、可愛い? 似合ってる?」


「……ええ、もちろんですよ」


「じゃあ、本当に可愛いならキスしてよ」


その都度、アシル王子に褒めさせてキスをねだりました。


「姫、この前のドレスはどうされましたか?」


「さぁ、知らないわ。クローゼットのどこかにあるんじゃないかしら?」


しかも、一度でも身に着けた物には見向きもしないという有り様です。


「姫の作られるドレスは、税金なのですよ。少し控えてはいかがですか?」


「せっかく可愛い私を見て貰いたくて、がんばって着飾ってるのにひどい!」


アシル王子は窘めますが、シェヘラ姫に聞く耳などありません。



かつて、シェヘラ姫を矯正しようとした人もいました。

今は亡き、シェヘラ姫の母でもある王妃です。


「陛下、シェヘラの我が儘が過ぎますわ。このままですと、手も付けられなくなりますわよ」


「シェヘラ、あなたは王族です。人に何かを施しても見返りを求めてはいけません」


王の甘やかしぶりに危惧を抱き、夫である王と娘であるシェヘラ姫に口酸っぱく注意していました。


「妃よ、少しは口を慎め」


「お母様は私が嫌いでこんな意地悪を言うのね」


しかし、王とシェヘラ姫は鬱陶しく思うようになり、だんだんと王妃を遠ざけます。

そして、あくる日に王妃は亡くなりました。

王妃は王に殺されたと、まことしやかに囁かれています。



時は流れ、結婚したシェヘラ姫とアシル王子。

その頃には、豊かだったはずの大国はすっかり見せ掛けだけになっていました。

年老いた王が急死し、アシル王子は王に、シェヘラ姫は王妃になります。

アシル王が王として最初にした仕事は、シェヘラ王妃の無駄遣いを止めさせることでした。

シェヘラ王妃の無駄遣いがなくなれば、その分他に予算が回せます。


「どうして新しいドレスやアクセサリーを作っちゃいけないの!? 着る度に可愛いって言ってくれたじゃない!」


シェヘラ王妃は怒って、どすどすとアシル王に詰め寄ります。


「ドレスならまだたくさんあるじゃないですか。予算がないので、新たなドレスは作れませんよ」


ため息を吐いたアシル王は、面倒くさそうにシェヘラ王妃をあしらいました。


ドレスやアクセサリーを新しくすることが出来なくなったシェヘラ王妃の欲求は、食に向かいました。


「明日はエスリア地鶏の丸焼きとサーザスの刺身を一匹分丸ごと食べたいわ。ティータイムのお菓子は、私よりも大きなマカロンタワーにしてちょうだい」


シェヘラ王妃はさらに食べるようになり、元々太かった体に合わせて作られたドレスが今にもはち切れそうです。


「これ以上太ってどうするのですか」


「ちょっと太っただけなのに、すっごく太ってるみたいに言わないでよ!」


アシル王が注意すると、シェヘラ王妃が反論します。

どこまでも平行線な言い合いは、馬鹿馬鹿しくなったアシル王が注意をやめたことで終わりを告げました。



近頃では顔を合わせる度に、アシル王とシェヘラ王妃の言い争いが始まるようになりました。

それとほぼ時を同じくして、お城でとある噂が流れるようになったのです。

アシル王が黒髪黒目の身元不明な少女を囲っている。

シェヘラ王妃は最初に聞いた時、思いっきり笑い飛ばしました。


「私がいるのよ。そんなことあるわけないじゃない」


ですが、シェヘラ王妃のその余裕も、アシル王と少女が過ごす現場を目撃するまででした。


「私という存在がありながら……」


苛立ちのあまり、シェヘラ王妃の持つ扇子が音を立てて壊れます。

少女を慈しむアシル王の愛しいと言わんばかりの横顔など、シェヘラ王妃は見たことがありません。

アシル王に抱きしめられ頬を染める少女のはにかみなど、シェヘラ王妃には売女の嘲りにしか見えません。


「私からアシルを奪おうだなんて、身の程知らずにも程があるわ。思い知らせてやりましょう」


シェヘラ王妃は少女に嫌がらせを始めました。



まずは手始めに少女をお茶会に招待して、熱々のお茶をかけようとします。


「あら、ごめんあそば……ぎゃああ!」


「王妃様、大丈夫ですか!?」


しかし、手元が狂って失敗し、自分にかけてしまいました。


次こそはと決意を新たに、少女を再びお茶会に誘います。

今度は不味いお菓子を少女に食べさせるためです。


「美味しいお菓子はいかが? ほら、これなんかとっても美味し……ごほっごほっ……」


「王妃様、大丈夫ですか!? そんなに慌てて食べたら、のど詰まらせちゃいますよ!」


しかし、うっかり間違えて自分が不味いお菓子を食べてしまいました。


悔しかったシェヘラ王妃は、少女にガツンと言ってやるために晩餐会を開きます。


「アシルは私の旦那なのよ」


「はい、王妃様。もちろん存じ上げてます」


しかし、少女はシェヘラ王妃の嫌味に気付かずに明るく笑いました。

少しも堪える様子はありません。


痺れを切らしたシェヘラ王妃は、直接的な手段に出ることにしました。

偶然を装って少女を階段から突き落とすことにしたのです。


「ああ、頭が痛いわ」


「いたた……。それより、王妃様大丈夫ですか!? 頭が痛いなら部屋で休んだ方がいいですよ!」


しかし、突き落とされたはずの少女は上手に受け身を取り、大した怪我もありません。

軽い擦り傷がいくつか出来た程度ですが、自分を突き落としたシェヘラ王妃の心配をしています。

シェヘラ王妃は少女に対して圧倒的な敗北を感じました。

けれど、そんなことでシェヘラ王妃はあきらめません。



そしてある日、シェヘラ王妃の少女に対する嫌がらせが発覚しました。


「これはどういうことですか?」


「私は悪くない! あいつが悪いのよ! アシルに色目を使うから!」


アシル王に問い詰められても、シェヘラ王妃は自分が悪いとは頑として認めません。

それどころか、少女に責任転嫁をしています。


「彼女は一切色目を使っていませんよ。使う必要などありませんから」


「嘘よ! あいつ、私が何してもいつも笑ってて、どこまで私を馬鹿にするつもりなの!?」


シェヘラ王妃のあまりの言い分に、アシル王は大きくため息を吐きました。


「落ち人ですよ、彼女は。だからこそ、丁重にもてなしていただけです」


「落ち人って、あの落ち人? あいつがこの世界に革新をもたらす落ち人だというの?」


落ち人とは、違う世界からやってくる人のことで、この世界に革新をもたらす特別な存在だと言われています。

見つけたら危害を加えず、帰る時まで丁重にもてなす。

それがこの世界の決まりごとです。

シェヘラ王妃の顔から、さぁっと血の気が引きました。

自分のしでかしたことの重大さに、ようやく気が付いたのです。


「しょ、しょうがないでしょ! あいつが落ち人なんて知らなかったんだし、知ってたらこんなことしなかったわ! そもそも私に教えてくれない方が悪いのよ!」


「彼女について知ろうともしなかった人が、今更何を言いますか。知る機会は幾度もありました。それを活用しなかったのは、あなたですよ」


淡々と話すアシル王の一言一言が、シェヘラ王妃を追い詰めます。


「あなたは昔から何一つ変わらないのですね。与えられた権利を行使するばかりで、やるべき義務を果たそうともしない。あなたが着ているドレスのお金は、あなたが毎日大量に食べている食材は、全部国民のために使われるはずの税金から支払われているのですよ」


「税金が私のために使われるのは当然だわ。だって、私は王妃よ。贅沢して当たり前じゃない」


未だに自分のことしか考えないシェヘラ王妃の姿に、アシル王はとうとうシェヘラ王妃を見限りました。


「分かりました。では、僕はあなたと離縁します」


「はぁ? そんなこと私が許すとでも思ってるの?」


アシル王の発言を聞いたシェヘラ王妃は眉を潜めます。


「いえ、もうあなたの意見など関係ありません。この国の王は僕です。王として、あなたのような王妃はいらない」


「ねぇ、離縁なんて嘘だよね? やだ、私はアシルと離れたくない! 私はアシルが好きなのに、どうしてそんなひどいこと言うの!?」


金切り声を上げるシェヘラ王妃がアシル王にすがり付きました。


「この城から出て行って下さい。あなたは国民の暮らしを知るべきです」


「嫌よ! 私はアシルの側にいるの! 悪いところは全部直すから離縁しないで! お願いだから! ねぇ、アシルお願い!」


シェヘラ王妃を城の外へ連れて行くよう、アシル王が兵に命じます。

いくらシェヘラ王妃が言い募っても、シェヘラ王妃の腕を掴む兵達の歩みが止まることはありません。

こうして、国を傾けたシェヘラ王妃は城から追い出されました。



それからの話をしましょう。

城を追い出されたシェヘラ元王妃は、貧民街の片隅の薄汚い路地で野垂れ死にました。

自分の考えを省みることもなく、最後の最期まで何が悪かったのかを理解しませんでした。


シェヘラ王妃を追い出したアシル王はというと、たゆまぬ努力の元に国を建て直しました。

その傍らには、優しく気立てのよい娘が寄り添います。

二人は子宝にも恵まれて、いつまでも幸せに暮らしました。


めでたしめでたし。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み手にとって限りなく面白みが無い作品、悪いとか良いでもなく何もない、面白いとかしんどいとか楽しいとか悲しいとか何もない、不愉快も情緒もない、無味無臭。 不愉快に思う人はいるかもしれないけ…
[一言] …ん?シェヘラさんが酷いって言うより躾の失敗と言う気がしてならんですな。多分これ王が一番の原因だよね… と言うよりもアシルさんのが最悪ですねぇ、立場上王となってますがシェヘラさんが妻だからこ…
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