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麻雀ラブコメの短編

麻雀ラブコメ【徹夜麻雀】

作者: ナヤカ

門善(もんぜん)……あとは……任せ……たぜ」


 萬代(まんだい)三太(さんた)が、力尽きて麻雀卓に沈んだのは深夜三時半を過ぎた時だった。


 気がつけば、三人での麻雀、いわゆる三麻(サンマ)を始めてから二時間以上も経過していた。


 ふと三太の横を覗けば、懐かしき四麻(ヨンマ)をしていた頃に豪運を発揮していた天輪(てんりん)うるはがスヤスヤと寝ている。


 こいつは、ここまでに起きていた地獄を知らないのだ……。羨ましい奴め……。


 恨みがましく彼女を眺めていると、三太がいる席でも天輪がいる席でもない……つまりは俺の隣で、パチンと乾いた音がした。


 それは扇子をオシャレに閉じた音。


 そして俺には、この地獄が終わりを告げた音にも聞こえたのだが――。


「二人とも寝ちゃったけれど……スマホアプリなら、CPUも入れて出来るわね?」


 扇子で口元を隠しながら、反対の手でスマホを持つ黒髪の少女蓮川(はすかわ)小夜乃(さよの)が、鋭い視線を俺へとよこした。


「お前……まだやるつもりなのか」


 愕然として聞けば「当たり前じゃない」と即答された。


「門善くんが私に入れるまで、よ」

「誤解を生む言い方はやめろ」

「誤解? 今起きてるのはあなたと私だけよ? 一体どんな誤解が生まれるというの?」


 小首を傾げる蓮川。その、あまりのわざとらしさに俺は肩を落とすしかない。


 どうしてこんなことになってしまったのか。


 今日集まったのは、今度の試験に向けた勉強会だったはずだ。


 それが「息抜きに麻雀をやろう」という話になり、楽しくなって続けていたら、いつの間にか彼女の麻雀魂に火をつけてしまっていた。


 原因は主に俺。

 高校生にしてプロ団体(・・・・)に所属している彼女が勝利を重ねるのは分かっていたことだ。

 天輪が神がかった配牌で役満アガリをすることも……萬代がイカサマと巧みな技術でアガルことも全て予想できていた。


 なのに。


 全くアガレていない俺だけが……蓮川をムキにさせたのだ。


「なぜ、俺を目の敵にする?」


「私に振り込んでいないのは門善くんだけだもの」


「俺に振り込ませないと気がすまないのか」


「だって……振り込まないってことは、私の手牌が視えてるってことでしょ? それは私のプライドが許さない」


「許さないって……点数では二万、三万余裕で差がついてたぞ」


「でも、その点数は門善くんから奪ったものじゃない」


「流局で俺が支払ったこともあったはずだ」


「あれは振り込まれたうちに入らない」


「頼むから寝させてくれ……」


「嫌よ。私に入れてくれるまで、絶対に寝かさないから」


 さすがは雀士とでも言うのか、蓮川はイタズラっぽく笑ってみせる。


 本当に……どうしてこんなことになってしまったのか。


 それは三麻を始めた時でも、息抜きに麻雀を始めてしまった時でもない。

 きっと、蓮川が俺たちの部に入ったとき……いや、もしかしたら俺がこの部に入ってしまったときまで遡らなければいけない後悔なのかもしれない。


 だが、こんなこと誰が予想できただろうか。


 まさか、女の子と二人きりで徹夜麻雀、通称徹マンをやることになるなんて……誰が予想できたというのか!


「さぁ……はやく」


 俺は急かされ……そして諦めて、スマホを手に取った。


「やってやる……もうヤケクソだ」

「ふふっ」


 無理やり気合いを入れて。それに蓮川は笑う。


 眠いからといって……たとえ相手がプロだからといって……手加減するつもりはない。


 もちろんゲームの特質性で勝つことはできなくとも、彼女の言うとおり俺が振り込んで負けたりはしない。


 それは幾千、いや幾万と俺が麻雀をしてきた中で磨きあげた一つの感覚ですらあった。


 そして蓮川もさすがプロと言うべきか、どんな状況に置かれても最速でアガルための一手を打ってくる。


 そうやってもくもくと続けていた麻雀の中、俺はふと気になったことがあった。


「――俺から提案するのもおかしな話だが」


「なに?」


「お前……俺に振り込ませたいのなら黙聴(ダマテン)したらいいんじゃないのか?」


 黙聴とはリーチをせず黙ったままゲームを進めることである。UNOで言うところの手札を見せず、「ウノ!」を宣告することなくゲームを進めるみたいもの。まぁ、それで例えるとルール違反だが麻雀ではれっきとした戦術だ。


 俺みたくガチガチに防御して戦う雀士にとっては相手がリーチするか否かはとても重要になってくる。そのため、黙聴をされると振り込んでしまう確率は高い。


「嫌よ。リーチしないと苦悩に顔を歪ませる姿が見れないじゃない」


「お前、案外性格悪いな……」


「あと、虫の息からロンせずに見逃したときの愉悦感も好き。その瞬間だけ、私がその人を救った神様だと錯覚できる」


「最低じゃねぇか!」


 クスリと蓮川は笑った。楽しみ方がもう常人のそれじゃない。


「嘘よ」


「いや、嘘かよ」


「私は、私の勝ちスジをちゃんと示しておきたいだけ。じゃないと迷ってしまいそうだから」


「あぁ……なるほどな」


 俺はそう呟くとスマホの画面へと視線を戻した。


「矛盾……してるわね」


 そうして麻雀に集中していると、蓮川がぽつり。


「矛盾?」


「えぇ。前に門善くん言ってたでしょう? 「プロならこんな部活するな」って。……あなたの言う通り、プロとして生きていくなら、たぶんこんな所でこんなことしているのはおかしなことなのよね」


 それはつまり、迷っているということなのだろうか。


「他にやりたいことは?」


「……特に」


「別に良いんじゃないか。俺たちはまだ高校生で、周りから急かされはするが慌てて将来を決める必要もない」


 その時、画面内で蓮川がリーチをした。まだ始まって序盤。


「焦って……リーチをする必要もないんじゃないか」


「手牌が良かっただけよ。焦ってるわけじゃないわ」


「くそっ、手牌が良かったことなんて無いんだが」


 毒づいてから、俺はいつも通りの勝ちを捨てて負けないスタイルへと移行する。序盤でリーチをされて情報が少ないとしても、捨てて安全な牌とそうでない牌というのは大抵決まっている。


 さらにいえば、最初に捨てた牌からでも推測というのは可能であり、それを突き詰めていくことによって振り込まない確率は上げられた。


「また降りるのね」


 俺が捨てた牌で、蓮川は言う。


「逃げてるわけじゃない。俺には視えてしまっているだけだ」


「視えている?」


「何を捨てれば安全なのか、どうすれば相手が上がらないように阻止できるのか……それが視えてしまっているだけ」


 もしかしたら性格もあるのかもしれない。まだ麻雀を知らなかったころ、トランプで七並べをしても俺は大抵誰かを止めてた気がする。


「そうなのね……」


「プロってのは、そういった状況でも勝ちスジを拾うんだろうな? だが、俺にはそんな技量はない」


「鳴けばいいじゃない。それが見えてて、門前くんはどうして鳴かないの? もっと、副露(フーロ)を使えば門前くんアガれそうなのに」


 副露とは鳴くことであり、相手が捨てた牌で役をつくっていくことだ。それをすることでアガリに近づくことができる。

 ただ、欠点もあって副露をすることでつくれる役が減ったり、相手がアガった時の得点を上げることに繋がったりもする。


 なにより、自分の手牌が相手にそれとなくバレてしまう。

 だから、鳴くにはタイミングや読みが必要となる。


 そんな鳴きを俺は絶対にしなかった。


「視えてしまってるからだ」


 その理由を述べる。


「どういうこと?」


「俺には捨てるべき牌がだいたい分かってしまう。だから、躊躇いもなく牌を捨てる。そこに一切の感情はない。捨てるべきだから捨てるんだ。そんな俺が、捨てられた牌を拾うなんて許されると思うか?」


 自嘲気味に言ってやる。

 蓮川は一瞬呆然としていたが、吹き出したように笑った。


「なによそれっ。罪悪感で鳴いてないの?」


「別にそれだけじゃない。誰の力も借りずに自分の力だけで勝ちをもぎ取る……それに酔ってるだけでもあるな」


「残念な人ね。私が見る限り、あなたも相当に打てるのに」


「残念なのはお互い様だろ? 変なことに(こだわ)って、プライドだのポリシーだのに惑わされて、結局俺たちは振り込んで負けてる」


「まだ振り込んでないけど。私もあなたも」


 小首を傾げた蓮川に俺は首を振った。


「プレイヤーの話じゃない。今この瞬間を麻雀に振り込んでるって話だ」


「……そういうこと」


 諦めて寝てしまえば、明日は健康な一日を送れるだろう。

 麻雀なんてやめてしまえば、きっともっと高校生らしい日々を送れるのだろう。


 なのに、俺たちはこの卓から逃れることはできず、引きこもってシコシコと牌とにらめっこしている。


 もはや滑稽の何物でもない。


「それでも辞めないのはなぜかしら」


「愚問だな。楽しいからだろ」


「それはそうね」


 そう言って笑ったのを最後に蓮川は黙り混んだ。

 もはや喋る気力もないため、ただ脳死寸前で麻雀を打つ。


 これが徹マンの悪いところ。


 それでも俺たちは、この呪いのような悪夢から抜け出すことはできず、ただ淡々と打ち続ける。


 負けた次の瞬間には、次戦を押していた。

 勝っても喜びに浸ることなく、次戦を押していた。


 そうして何戦目かも分からなくなっている頃、窓から朝日がさす。


 その時の試合、俺はとても久々にリーチをしていた。


 リーチをすると捨てる牌を選べない。どんなに振り込みそうな危険牌であっても、それでアガルことができないのなら捨てるしかない。


 そうして捨てた牌が……追っかけリーチをしてきた蓮川に刺さってしまう。


 俺は、ようやく(・・・・)彼女に振りこんでしまった。


 そして、その解放感からか急に眠気が襲ってきて俺は卓上に沈む。意識が遠退き、そのまま心地よい眠りの中に潜っていく。



「――門善くんに振り込ませる方法……やっぱりリーチをさせるしかないのね」


 まどろみの中で、彼女がそう呟いたのを聞いた。


 何故だか俺には、それが別の意味であるようにも思えた。


 たぶん、それはきっと。


「これから覚悟しておいてね」


 耳元で、そう蓮川に囁かれたからだろう。


 だが、徹マンの影響で、睡魔により俺の意識は強制的に引き剥がされる。

 その睡魔の仕事はあまりにも雑で、その時の記憶もろとも引き剥がされてしまった。


 なんとか覚えていようと思い抵抗を試みるのだが、やはりそれは無理で、俺は簡単に意識と記憶を手放したのだ。 

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