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星空(うちゅう)から来た〝先生〟  作者: 鞠宮 果泉(まりみや かせん)
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第三話 邂逅

 物が仕上がったのは、彼此(かれこれ)九時半を当に回った頃だった。

 施設には自動のセキュリティサービスが導入されているが、それでも広い空間に深夜まで留まるというのは無条件に不気味感を誘う。

 乱暴に筆記具を鞄に詰め込むと大慌てで玄関口から飛び出し、駆け足で石畳の道を進んだ。

 文化図書館の面した大通りは閑散として無人だった。田舎町だから当たり前なのだが、こうも人の気配が薄いと、おぼつかないような言い知れぬ不安感に総毛立つ思いがする。

 窓灯りと街灯のみが照らす心もとない闇への恐怖心を打ち消さんとする意気で、力強く路面を踏み叩く。

 走りながら、ふと夜空を見上げる。気象台の発表した通り、澄み渡るような満天を星々が埋め尽くしていた。

 秋は天高く肥ゆると言うが、その表現に相応しい秋の高々と突き抜けるような広大な天幕。

 一見、背景色全面は墨汁で塗り固められたように果てしない暗黒でありながら、煌々(こうこう)と点在する光の欠片に照らされ、仄かにも蒼のトーンに滲み輝いていた。

 清涼な夜風に浸されながら望む星空は、少年の心にほんの少し感動を与えはしたが刺激的な興奮には至らせない。

 つい二時間半程前に、解像度の高い映像の中で躍動感溢れる様子を観賞した後ではさほど大したことがないという印象に収まっている。

 生との触れ合いがもたらす感受性をほぼ喪失した文明圏における人類ならではの哀しき産物だった。


(でも、本当に流星なんか見られるのかな)


 むしろ、半信半疑な考えさえ脳内の片隅に置きつつ、下宿に続く通りの途中にある広場に差し掛かった時である。

 宝石箱の如く整然と貼り付いていた光の粒の大海内に、矢の如くすっと横切る一条の輝きが浮上した。

 もしやという予感に、やや引き締まる心地で光条の見えた辺りを凝視していると、瞬く間に大量の光の矢が湧き出でて天空に溢れ返ったのだ。

 放射状に高速で降り注ぐ光輝の大群は、ある一角を起点にして発生しているようだった。

 腕時計の針はまだ十時に達していない。しかし、時計機能の一つである進行方位表示機能は「南」と伝えている。恐らく源となるのが鳳凰座の位置なのだ。

 どうやら、予定より開始が早まったらしい。


「りゅ、流星ってこれかあ!」


 やっと少年の口から純粋な驚嘆の声が漏れた。紛れもない、今夜世間で話題の主役となる天体ショーを、自分は直にリアルタイムで観賞しているのだ。


「流星だ! 流星群だ! 流星が始まったんだ!!」


 自分の他に人影が皆無なのを良い事に、喉の奥から喉の奥から叫び声を上げる。高揚した勢いで、小走り程度だった二脚は無意識の内に速度を増していた。星の流れ落ちる動きに合わせ、全力疾走したくなるような衝動に駆られたのだ。普段の運動不足による消耗の心配など度外視にあった。


「こんない近い距離だったんだ……」


 駆け足に連動して、光の雨が散落するようである。まさに、「実りの星雨」と形容するに最上の情景であった。

 無音だがリズミカルな感じが調子が楽しい。幻想的な輝きに彩られた天から送り込まれるシャワーに、先ほどまで抱いていた憂いも全て洗い流されていくようだった。

 無我夢中になっていたエクトルは、規則的な流れ落ちる光輝の大群の中に一筋、中空付近で異なる運動をしているものが出現したことにすぐには気付けなかった。視界に違和感を捉えて以降の数秒間は、疲れのせいで錯覚しているのだろうと結論づけた。流星は直線的に一定方向に進むはずなのに、曲線的に漂う動きをしているものが混ざっているらしい。科学的に有り得ないはずだが、よもやこのような現象もたまに引き起こるのだろうか。

 しかし次の瞬間、彼の結論はより明瞭な展開によって打ち消された。

 奇妙な光の筋は、折れ曲がる程度の動きに留まらなかった。そのまま水平な位置で巨大な輪を描くように三百六十度旋回したかと思うと、下降し続ける流星群の隙間を縫うように四方八方へジグザグに飛行し始めた。その様子はどこか、曲芸飛行のパフォーマンスを連想させた。

 驚愕で呆気に取られつつもエクトルは悟る。間違いなくあの一筋は流星の一部ではなく、意志を持った飛行物体だ。宇宙由来の生物か人為的に操作されたものかどちらかだろう。


「え、え、え」


 段階的に分析を展開する思考とは逆に、実際の態度は冷静ではいられず、ひたすら戸惑いの声が零れるばかりだ。曲芸飛行の競技でも今空中を舞う発光体ほど高速移動をするものは見たことがないし、生命体にしては動作に機械的な堅さが感じられる。

 おまけに発光体は、飛び回りつつ、徐々に膨張して拡大しているように見えた。長さも急激に伸びているようだ。

 すると、ふいに視界が、眩暈(めまい)がするほど(さん)然とぼやけ始めた。反射的に手の甲を(かざ)して周囲を確認すると、広場が日の出前のように煌々と白んでいる。快晴の星空の真下とはいえやはり深夜の田舎街だ、人家の小さい窓から漏れる灯りや街灯のみを人工照明として頼りにしている。幾ら星明かりとほぼ同じ程度の謎の発光体だけで、急激に眩しくなるとは思えない。

 エクトルは気づいた。


(違う。発光体は大きくなっているんじゃない。自分のいる方角に向けて猛スピードで接近しているんだ)


 目を疑ったが、夢でも幻覚でも妄想でもない、れっきとしたリアルな光景らしい。

 身を縮こませている間にも、光線から巨大な光の渦と化した飛行体は真上付近で激しくとぐろを巻きつつ、かま首をもたげるようにして先端をおよそ半径十メートル以内の距離まで突き出してきた。

 さながら、金色の大蛇が獲物の小動物を丸呑みにせんと大口を開けて迫り来る状況だ。


(……え? 僕、呑み込まれる!?)


 もはやろくに(まぶた)も開くことが困難な状態でぼんやりとそう思った。随分後に回想する頃になって、逆方向に逃げるという選択肢を思いつけば良かったと振り返るが、当時は怪現象に視覚が奪われる一方だった。脳は非常事態の急接近を理解しているのに、肉体は脱力したように弛緩していて追い付かない。半眼で光の大波を呆然と仰ぎ眺めていた。

 ところが、自身と衝突するかに思えた刹那、広大に長伸していた発光体は、大きな球体へと形を変えて静かに停止した。少年よりは数十センチはあろうかという高さで、小柄な身体の前に立ちはだかるような構図となる。

 恐る恐る翳していた手を下ろすと、光の球体は停止するとともに、風船の如く盛大に膨れ上がろうとしていた。


(う、うわっ!!)


 エクトルは目を強く(つむ)って息を呑み、両腕を交差し再び眼を防護する姿勢を取る。膨れ上がった球体はドームとなり、勢い良く彼の全身も覆い尽くした。しかしそれも束の間のことで、次の瞬間には萎むように消失したのである。しばし空中に光の粒が散乱し、数秒後には雪の結晶のように儚く闇に溶け込んでいった。

 再び、田舎町特有の静寂な薄暗さが戻った。エクトルは、異常現象が治まったらしいと感知して、そろそろと合わせた腕を解く。


(何だったんだろう、今のは……。歩きながら、夢を見ていただけなんだろうか……)


 だが、今度は別の意味で唖然と息を呑むこととなった。瞬前まで光の球体があった箇所に、見慣れない人影が立っている。

 実に長身だった。およそ百九十センチはあると見ていいだろう。エクトルより三十センチ以上は上回る。肩幅は大きく、均整が取れて頑健な体躯をしているようだ。

 前方と後方が長く覆われた闇夜のように黒いコートを羽織っている。どちらかと言えばマントかローブに近い形状と言えるのかもしれない。厳密にはインバネスコートに類似しているのかもしれないが、インバネスコートにしては羽織の部分が足首に届かんばかりに長い。足元に黒光りする長い履き物が覗いているが、恐らくブーツだ。まるで旅装束のような出で立ちである。

 頭には帽子を被っている。楕円形の黒い被り物――ベレー帽に似た形状をしていた。右側の縁には、やや大ぶりで薄く白みの混ざった透明感ある青色の羽の形をした飾りが挿してあった。背筋を伸ばしたように、上を向いてそそり立っている。

 ベレー帽には紐がついてるらしく、細めの顎下で結ばれていた。帽子の下からは、貴金属のような光輝を帯びた子鹿色の長髪が腰の辺りまで優美な絹糸のように溢れ出ている。ウェーブがかかっているらしく、ところどころで滑らかな曲線を描いていた。

街灯の薄明かりの下でも、はっきりと認識できるほどに鮮やかな髪色だった。黒という全く混じり気のない暗い色と綺麗なコントラストを演出している。

 全体に纏う色彩は比較的質素ながら、衣服の生地の質感からして身なりの良さが窺える。高貴な出自を彷彿とさせるような髪もどことなく特別性を強調しているように見えた。衰退を辿る地味な田舎町では、はなはだ不釣り合いにも見えたが。

 だが、何よりも目を引いたのは風雅なまでの美貌だった。

 現在、人物は少年に対しては横顔を向けている状態である。寸分もの狂いを感じさせない黄金比と言うべき端正さで、筋の通った高い鼻梁(びりょう)はどこか上位神の姿を(かたど)った彫像を思わせた。

 切れの長い片目を縁取る長い睫毛(まつげ)は、しなやかな刷毛(はけ)のように細やかで、肌理(きめ)の良い頬の辺りにはっきりと濃い影を添えている。

 体格からして男性だろう。しかし、上記の中性的な特徴がエクトルのような少年の気も惹きつけるほどの雰囲気を漂わせている。髪と同色であるやや細めの眉毛は、端の方で二股に僅かに枝分かれしているような独特の形状だが、優美な(かお)立ちと相乗して男前さを引き立てる装飾として調和しているようだった。

 美丈夫は、エクトルに気づいてか気づかずか、初めて姿を現した時からどこか遠くを見遣るが如く頭を巡らせている。花の模様を縫いつけた白い手袋を嵌めた右手には、小型形態探査機のようなアイテムが握られており、所在なさげにしていることは明らかだった。

 エクトルには声をかける術がない。その発想も勇気もまるで失念していた。未確認発光体の出現にも驚かされたのに、追い打ちをかけるように幻想から生まれたような人間が出現したのだ。道端で初対面の者と擦れ違ったというより、何か自分の手には及ばない事象に関する予兆にも思える。

 あまりに長く茫然と見つめている少年の視線に、いい加減感づいたのだろうか。無言で佇んでいた美丈夫は、やおら顔をこちらに向けた。

 自然と少年を見下ろす体勢となる。そして、柔和な微笑を湛えつつ、薄らと潤いに彩られた唇を開いた。


「こんばんは。夜遅くにすまない。」


 声に威圧感はない。有無を言わせぬ支配下に置く調子というよりは、ありとあらゆる生命を(ゆる)し包容するかのような威厳が、まろやかな重低音に乗って染み通ってくる。いや、声というよりは稀少の上質な低音楽器に近い響きなのかもれない。心地良い重層を形成しながらサウンドしているようだ。 

この時、初めて真正面から自分と美丈夫の目と目が合った形となったが、その瞬間には息を呑んでしまうような双(ぼう)が己を捕えていた。

 神話世界の静(ひつ)な森に秘められた深泉(しんせん)を思わせる青澄色(サファイアブルー)が、玲瓏(れいろう)たる鏡面となって小さな少年の姿を収めていたのだ。

生物の瞳とは思えない、究極の職人に細工された宝石を目の当たりにしているような実感が体内を走る。

 服装全体については、変哲のない闇夜のごとき一面の漆黒なのだ。そこに、たった一色鮮やかな色が投じられただけで晃々たる華麗な全容に魅せてしまうとは恐るべき魔力だ。

 しかし、物知らずの初心な少年には、この現象に限定して感慨深く圧倒されている(ひま)は与えられなかった。

慇懃(いんぎん)ながら親身ある挨拶と共に、さっと黒い帽子が外される。

 無駄のない、洗練された優雅な動作だった。帽子を脱ぐという極普通かつ単純な日常の行為に過ぎないのに、眼前の美丈夫の手によるそれは、まるで高貴な皇子の立ち振る舞いに等しい風情を伴っていた。

 解き放たれた子鹿色の長髪が、豊かなうねりを伴って溢れ出る。長く伸ばされた前髪の内、左側は耳にかける形で全て後ろに撫でつけており、右側にのみ緩やかなウェーブを散りばめて額の上方広げるようにハーフアップにされていた。

幾多もの星明かりが瞬く空の(もと)で改めて見ると、神々しいと形容しても差し支えのないほどに流麗な髪だった。まるで、一筋一筋全てが本物の(シルク)で織り込まれているかのように精緻で滑らかな曲線を描いている。色素の薄い貴金属に似た髪色がまた白皙の麗貌と相まって一層の典雅さを高めているのだ。

 これほど清明な色みならば、彼が自分の前に現れたと認識した瞬間より判然としていたことのはずなのに、帽子を外したことによって強調されたのだろう、数百、否、数千倍の威力を発揮してエクトルの視界を刺激してきた。

 降り注ぐ光を溜めて輝き続けている光景は、高名な画家が生んだ巨大なカンバスの中の宗教画のようだった。ともすれば、実家でよく遊んでいたRPGでも飽きるほど眺めていたに違いない完成された美形像(キャラクター)を連想させもする――しかし、空想を越えた現実の来訪は、理想的な絵空事を演出する遊戯を使い尽くした青少年の心さえも、正真正銘に揺さぶったのだ。

 信じられないほど夢幻的で美麗な人物を前に、エクトルの緊張は全身が振動していると感じるほど心臓に早鐘(はやがね)を打たせていた。こんなに底の抜けそうな強い緊張感は、見習い登録時の面接以来だ。しかし同時に、未知の神秘に遭遇したのだというSFが実現化した光景に、悶えるほどの好奇心が滾り立ってもいた。 緊張しているのは確かに事実だが、面接時にはあった逃げ出したくなる息苦しさはない。いや、長時間浸りたいという中毒的欲求による陶酔感に久しいか。

 美丈夫が柔和に相好を崩して次の言葉を発したのは、実際には第一声で名乗りを上げてからほんの数秒後という頃だった。


「宇宙空間を旅行しているのだが、ここが星間移動用の空港の所在地で間違いないのだろうか?」

「……星間移動用の空港?」


 不覚にも、相手の発した言葉が質問だと理解するには、少年に約数秒の時間を要した。まるで、千年に一度の天上人でも仰ぐが如く、相手の容姿と物腰にすっかり呑まれてしまっていたのだ。礼を失するまでに注視していたことに気づいて我に返るや、とりあえずはたどたどしくも鸚鵡(おうむ)返しに内容を確認する。

 本来であれば、そもそも何故、光の塊が消えた跡に、道案内を求める人間が現れたのかという当然の疑問を真っ先に思いつくべきだったのかもしれない。しかし、(たび)重なる奇跡に対し悠長に分析する余裕は湧かず、エクトルは一瞬考え込んだ後、律儀に応答した。


「えーっと……(そう)祖父より昔の時代には施設として存在したらしいですけど……」


 どこか釈明するような口調になってしまったのは、自身にとっては実感のない代物だったからだ。口で言った通り、今や在住する惑星国家の大都市部にしか設置されていない。見習い先のこの地域にしろ、エクトルの実家がある地域にしろ、産業に乏しい田舎町だ。エクトルが生れた時には父母の実家共々既に曾祖父はおらず、父方の祖父から「父親から空港取り壊しの当時を知った」という昔話を簡単に聞かされた程度だ。後は自身で調べて、辞書的な知識を仕入れているに過ぎない。

 個人学習で得た情報によると、惑星間空港が廃止になったのは、曾祖父の時代において隣の惑星国家の政治体制が悲惨な形態となり戦争区域と化したため、力のない小都市に容易に立ち入りがないよう空港をないものとしたということだ。政府からの通達による指令で決定したらしい。それが確か歴史的事実であるはずだ。


「そうかね。道理でおかしいと思ったよ。素朴で美しいが、誰の目で見ても明らかな市街地の広場だ」


 落胆を含むはずの声音も、優雅な鷹揚(おうよう)さをもって響く。どこまでも大人として出来上がっていることを窺わせるようだ。


「マップデータを頼りに着地したのだが、どうやら情報が古かったらしい」

「古い? 高度な乗り物が開発されているらしい国から来たようなあなたでも、古い地図情報しか手元にないことがあるんですか?」


 エクトルが触れた“高度な乗り物”とは、美丈夫の飛行手段を指していた。大部分の視覚を典雅な容姿に占拠されたため、当初はさほど気に掛けていなかったのだが、彼が出現した時点より、身体の(かたわ)らには一台、端が小山の如く緩やかに隆起した楕円形と思しき無輪単機が控えているのだ。街灯の明かりが照らす方向からは微妙に逸れていたため、おぼろげにしか輪郭は掴めない。

 それにしても初めて会った人間である。おまけに、普通なら、恐らく自分のような人間なら絶対に一生かかっても近づけなさそうな、(おごそ)かで貴公子然とした大人の男性なのだ。随分特殊な相手だろうと考えられる割に、不思議と息が詰まるような緊張感は湧いて来ず、自然と口を継いで会話をしていた。


「ふむ。恐らく、ここの地域の情報に関しては、五百年前に一度発信されて以来更新されていないらしくてね」


 事情を伺いつつ、エクトルは偶然の重なりのようなものを感じていた。桁こそ大いに異なるものの、そう言えば今回の流星が初めて観測されたのも五百万年前、つまりは五百を含んで溯る時代であったのと。


「……じゃあ、五百年間も放置されていたんですか? そんなとてつもなく古びたデータを当てにしてながら、あなたは一体、どういう方法で僕の惑星(この地)まで辿り着けたんです?」


 ようやく根本的な問いを口にすることができた。(さび)付いたマップデータしか存在していない上に、着陸用のポートも見つからなかったのであれば、そもそもこの土地を目指してやって来れたのは(いた)く不審だ。

 まさか、本当に流れ星に乗ってやってきたのだろうか? 神話のように。そんなことが可能なのだろうか? いや、惑星間移動が発達した文明圏の出身者ならば容易い。彼は恐らく、自分(エクトル)の生まれ育った地域にはない高度な輸送技術の根づいたところからの来訪者らしいと見て取れた。

 第一、その線を考えるのが最も適切だろう。あの天空を疾駆(しっく)する際の鋭く交錯する動きは人工的なものとしか思えない。


「恥ずかしい話だが……ほとんど、成り行き任せという奴さ。資料が足りなくても構わない、ほんの少しでも使えるものがあえば依り代とする……。地域によっては難しいところも多々あった」


 少年のやや不(しつけ)と思える問いにも、美丈夫は真摯(しんし)に回答した。エクトルは羞恥(しゅうち)に似た感覚が込み上げ申し訳ない気持ちになる。銀河系は数多(あまた)と存在する。一つの惑星の中でも、情報の充分な大都市部と不充分な地域が存在するではないか。宇宙空間全体で見れば、エクトルの住む惑星も情報の不足する辺境という位置づけなのだろう。


「ごめんなさい……下調べが足りないと言っているつもりはなかったんです。そうだ、どんな乗り物なのか、詳しく見せてもらっても良いですか?」

「見え辛いかな? 構わないよ。私の出身国では有り触れた道具だが……」


 謝罪直後、都合良く話題の切り替えを促した非礼にも気に障った態度を見せず、美丈夫は少年の好奇心に真摯に応じた。エクトルの言葉から、街灯の照光から逸れて不鮮明になっていたことを察知した彼は、相手の視界に入り易くなるよう機体を手前まで引き寄せる。

車輪が無いにも関わらず、軽く手を添えただけで滑らかに動いた。飛ばない時は、空気抵抗によって地面から数ミリ浮揚させる状態にしておける仕組みなのかもしれない。

 長躯(ちょうく)の男を乗せるため当然だが、エクトルが遠目の観測で感じたより間近にある実物は悠に長大であった。恐らく縦にすれば美丈夫の二倍ほどの丈に及ぶだろう。矮躯(わいく)の少年の視点からすれば、大型野生動物を眼前にするような迫力だ。

 側面からだと単純な楕円に見えたフォルムは、上から確認すると先端部に向かうに連れて細く縮まったラインを形成している。尖り切るように鋭角ではなく、あくまで柔らかなラインだ。涙型と表すより、卵型と表せるだろうか。色は濁りのないシャープな白銀。機体の上半部全体はスモークガラスの屋根となっていた。

中を覗くと、シンプルながら豪奢(ごうしゃ)な雰囲気の座席が収まっていた。手前の壁には操縦機能を揃えていると思しき盤面が取り付けられている。どういうわけか付近にレバーやペダルらしき形状の装置が見当たらないが、ひょっとするとパネルのスイッチのみで捜査が可能なタイプか、自動操縦型なのかもしれないとエクトルは推測した。

 他に、照明の(もと)にはっきりと晒されて視認できたのは、機体側面中央部の両側に透明の翼の形ものが付着していることだった。薄いガラスのようでもあり、プラスチックのようでもある。工具を扱う者として素材の勉強を始めたばかりのエクトルには(うかが)い知れない。きっと美丈夫の出身地で採れる物質で加工されたのだろう。翼の大きさは見積もって機体全体の半分程度といったところか。機体が卵型であることを考慮すると、まるでメルヘンなモチーフに見られるような翼を持った卵と言える。


「素敵な……乗り物ですね」


 自身の未熟な語()力では工夫ある賛辞を捻り出せぬとエクトルは、単純な褒め言葉を送るに留めた。


「ありがとう。私の文化圏における個人旅行者向けの長距離移動用飛行機なんだ。アヴィキュラという」


 美丈夫はただ素直に、少年の賛嘆を受け取る。彼の居住地域では、個人所有が可能な宇宙機が普及しているらしい。


「アヴィキュラ……美しい響きですね」


 相手の母国語によるものだろう。恐らく深遠な意味があるのかもしれない。

 そうして新知識に接した感動に浸るも束の間。少年が二回目の褒め言葉を言い終わらぬ内に、瞬前まで自分と美丈夫の間を陣取るように鎮座していたはずの機体は、跡形もなく消え失せていた。きょろきょろと四方に視線を滑らせて探し始めたエクトルに対し、美丈夫の目が微苦笑に細まる。


「すまない、あまり長く置いおくわけにはいかぬだろうしね。邪魔になると思って、一旦縮めることにしたのさ。見ない技術かな? 使わない時は、小さくして収納しておくんだ」


 少年の呆気に取られた反応から素早く察したのか、簡潔な説明が添えられる。同時に美丈夫は右の拳を胸下の位置まで掲げた。開いた手の中には、水晶を小鳥の形にしたミニドールのようなものが転がっているばかりだった。そして、掌の上から一度宙に低く放り投げて掴む仕種をした後、羽織っているマントの中にひっこめてしまった。

 一連の動作を追い掛けていた際に気づいたのだが、黒い羽織物の合せ目には、まるで邪眼を模したようなブローチがついている。形状からして右目らしい。漆黒に金色の縁取りと瞳の部分という造りが強い印象を放っている。凛と佇むような神聖な雰囲気を帯びながら、圧倒するような迫力を孕んだ構図であった。


「あ、コートのブローチ、人の目みたいですね」 


 突飛な切り出しだと承知しつつ、次の話題に振った。


「そうだろう。邪眼というやつだ。厄除けの御守り代わりのようなものだよ」


 聞いたことがある。旧文明発祥惑星に起源を発する地域広範囲の民間伝承の一種で、視線が向けられた相手に呪いの効果が発動する魔法だ。魔眼とも呼ばれている。確か、これに対抗する措置として作られるようになったのがこの邪眼を象った護符だったと思う。多分、美丈夫は旅の護符としてそれを身につけているのだろう。

 美丈夫の纏う装飾物には他にも面白い点があった。翼の模様は飛行機の側面のみではなかった。街灯を頼りに目を凝らせば、コートの両肩部分にも翼の柄があしらわれている。やや暗みがかかった青い色で描かれているため見え辛かったものらしい。前方の上肩部から下裾付近まで鳥が大きく翼を広げるように、優雅に(ひだ)模様を伸ばしていた。


「飛行機にも翼、コートにも翼、お帽子にも羽飾りがありますし……ひょっとして、羽って、御出身地の国章だったりしますか?」

「……そうだね、鳥に関わる模様は確かに我がクニの大切な象徴だ。だが、ファッションに使っている分には唯の私の趣味だよ」


 尋ねてから数秒の間を挟んで、美丈夫は答えた。直前まで割とテンポの良い切り返しをしていたのが、答えるまでに一瞬思案する如く口を結んだのが何となく気に掛かったが、とりあえず思い浮かぶ限りの他愛ない質問を続けることにした。


「コートの翼の柄には具体的に色がありますね? 何の鳥ですか?」

「ああ、青(さぎ)だ。私の好きな鳥さ」

「アオサギ、ですか……」


 翼にはよく見ると、青一色のようでいて所々に白が混入している。

 青鷺は、生物図鑑の写真や絵、旧文明惑星の自然を伝えるドキュメンタリー映像を通じて周知していた。

 しかし、エクトルの暮らす惑星に鷺の棲息は確認されておらず、生物史では絶滅までしたと言われている存在である。彼の目では、あまり実感が湧かなかった。

 だが、それとこれと目の前の壮麗さは関係ない。美男子を包む黒い大幅のマントに華を添える藍色に染め抜かれた青鷺の柄模様。純粋に美しい、見事な芸術的構成だった。

穴が開く程に見つめてしまう自分が、酷く失礼で浅ましい気がした。それでも、吸引されるが如くに釘付けにならずにはいられない。

 エクトルは、己の低身矮躯を悠に超えるであろう壮観な美男を、改めて眺め仰いだ。

 雅美という言葉を用いても大袈裟ではないだろう。悠然とした物腰に気品ある着こなしと佇まい。どのような制度に基づく惑星国家から訪れたかはまだかわらないが、高貴な出自であることは間違いない。

 泰然とした相貌(そうぼう)には若々しい張りがあり、しかし若者と見定めるには老成した風格をも漂わせていた。

 若葉のような瑞々(みずみず)しさと、幾年(いくとせ)を掛けて削り磨き上げられた岩壁(がんぺき)のような荘厳さが同居する風情には、常人には(かも)し出せない凄艶(せいえん)ささえ香り立つ。


「どうしたのかな、少年君。私の話に、何か不備な点があったかな?」

「と、ととととんでもございません!  た、為になるお話でした……」


 (とが)めるというより、心配げな気遣わしい声音に、目が()めたように現実へ意識が引き摺り戻された。失敬と理解していながら何時しか忘我の境地に陥るとは情けない。

 素っ頓狂に取り乱した少年の無様さにも、美丈夫は眉根一つ動かさなかった。

 むしろ、優しげに口元を緩めつつ、腰を落として屈み込む体勢になる。そして、取り繕う手段を模索しようと気不味げに委縮している少年の手をしとやかに握った。

 瞬間、衝撃のあまりエクトルは体内で爆弾が炸裂するように心臓が跳ね返る錯覚がした。しかし美丈夫は、少年が緊張で二の句が継げず赤面しているのには構わず、温和な眼差しで言葉を紡いだ。


「茫洋たる星海を潜り抜けて到達した場所で、迷える私に対し、最初に安堵感をもたらしてくれたのは君だ。君との出会いによって、この惑星()における旅が、実りあるものへと近づいたことにまずは感謝させていただきたい」


 穏便な追い打ちだった。思わず、爪先から足元がぐらつかされるように軽くたたらを踏む。無論、ショックに打ちのめされたからではない、短い自分の人生において前代未聞の感激に襲われたからである。

 対面した大人の中で、かつて出会い頭から無償の信頼を寄せてくれた者があるだろうか。職場で唯一良好の仲の先輩や滞在先のお節介な大家の女性にして、初期の内に些細(ささい)な点から評価を見出すという大判振舞いはなかった。

 幾らか長い交流の間に切磋琢磨の姿勢を呈することで、ようやく評価に値する。そういうものだと思っていた。

 この貴人と違わぬ美丈夫は初対面にして、たかだが一介の見習い少年に過ぎぬエクトルに、疑いようも無く真心の込められたような丁重な誠意を送ったのだ。

 少年の顔を真っ直ぐに覗き込む双瞳のサファイアは、(しゃく)然とした温かさに漲り爛々(らんらん)としていた。

 小さな手を抱く大きな掌は、優美な形でありがら、体格を裏打ちするように頑強さを伝えて来る。

 男神が実在の世に具現したとしたならば、彼こそそうであると証明せんとして異議は唱えられまい。陶然とそう思い込む程に、今やエクトルの中で奇跡の現象はれっきとした真実と化しつつあった。

 優雅と慈愛、そして精悍(せいかん)さを併せ持つ。完璧な理想像として追及された旧文明発祥惑星由来の古代神もかくやという有り方だ。

 折り目正しい黒衣の下には、どれほど精緻(せいち)に彫り込まれた重厚な肢体があるのだろう。反射的にどこか欲望めいた想像がもたげる程に、少年の意識は恍惚として揺らめいていた。


「おや、また私は君に不味いことを言ってしまったのだろうか?」


 相も変わらず、見惚れるあまりに呆然とし続けるエクトルに、再び訝しむ声がかけられた。慌てて我に返るや、突っかえ突っかえに台詞を引き降ろした。


「ほ、本当に、度重なる御無礼……見苦しい態度ばかりで申し訳ございません!貴方ような人が、思い煩わせるなんてこと、断じてあり得ないですよ……」

「……そうか。良かった。ならば君も、どうかそんなに畏まらないでくれたまえ。私は旅人、君は旅人を出迎えてくれた者だ。お互い対等に、向き合いたいと思うからね」


 不器用な挙動を前にしつつ、依然美丈夫の(まなじり)はたおやかに下がり微笑した。

 立派な人物に対し見栄を張りたいという意地が無意識にあったのだろう。(うやうや)しく出ようとする姿勢が空回りして、逆に相手に対し要らぬ配慮を効かせる負担を強いてしまった。

冷静に事情を考えれば、見知らぬ土地で不安な思いを募らせているのは美丈夫の方なのに。いや、恐らく自然と気配りをせずにいられぬという持ち前の人格に依るのかもしれないが。


(救われてしまうのはどうあっても、凡(よう)な僕の方なのだろう)


 何気ない一声が耳朶(じだ)を打っただけで、彼は少年に崇高な福音を聞いた心地をもたらす。大仰なようだが、神格を帯びた尊い者に謁見している感覚に等しかった。


(貴人にして紳士なんだ。この人は本物の)


 清廉にして、高潔。紳士男性として、必須の要素が凝集されたと見ても過言ではないだろう。

 エクトルは、平伏すような思いで、只管(ひたすら)感銘に打ち震えていた。


「そうだ。申し遅れたね。私の名は、ベヌン・エーテルヌスという。初めに自己紹介も失念するとは恥ずかしい真似をした」


 三度(みたび)、感慨に耽り込んでいたエクトルは、弾かれたように紳士を見返した。そう言えば、自分は美紳士の名前も未だ聞いていない。


「ベヌン・エーテル……ナスさん??」


 ファーストネームの発音はすぐに理解できたが、ミドルネームの部分に関しては馴染みのない語感だった。非礼とわかりながらも、言い辛く噛んでしまう。


「これは申し訳ない。君の言語圏では、発音し辛い名だったようだね。シンプルに、ベヌンで構わないよ」


 紳士は心底詫びるような苦笑を浮かべて、気さくに言った。

 エクトルは、己の失態と相手の親切に、のぼせあがったように顔中を赤らめる。


「えっと……ではベヌンさん、よ、よろしくお願いいたします!」


 恥ずかしさを押し殺すように、不自然な早さでお辞儀をした。


「君の名前も教えてくれないか?」


 一方紳士は、平静に少年を促す。


「は、はいっ! ぼ、僕の名前はエクトル…エクトル・グロウリーと言います」


 無理矢理気合いを入れて面を上げながら、力一杯言い放った。


「ではよろしく、エクトル君。ところで急で申し訳ないのだが、この近所に一軒でも宿泊施設はないだろうか? 古いデータではこれ以上、探しようがないしね」


 興奮していたエクトルの頭が、一気に冷静な思考へと移った。せっかく紳士の旅を実りあるものに近付けたと誉れをいただいた第一の人間なのに、肝心な物事には触れず仕舞である。いとも容易く翻弄される初心(ウブ)な精神を即急に直さねばならない。


(良いのだろうか、この紳士は。こんな辺境の田舎都市を滞在先に選んでしまって。この辺、上等な紳士が泊まれるような宿屋なんか一つもないぞ)


 急いで大都市部に移動することを勧めたかったが、深夜の小都市で空中鉄道のダイヤの数には期待できない。いや、第一自前の飛行機があるのだから、それで今向かえば良いのではないか。

 しばらく思案したところで、不意に彼は根本的な疑問点があると思い至り、先ほどまでの狼狽はどこへやらという風に、口角を苦笑に歪めつつ紳士に問いを投げた。


「だいたいベヌンさん、何故こんな人の少ない場所を選ぼうと思うんです? 星間移動用空港なら、大都市圏なら確実にありますし」

「いや、良いんだよ。この地域で調べたいことがあって訪れたんだ。二週間ほど滞在させてもらうつもりでいるのだが……」


 杞憂だった。鮮やかなまでの即答で、明解な意図が紡がれる。

(こんなところに値打ちがあるの? まともな文化施設ぐらいならあるけど……)


 釈然とせず異論を漏らしたげなエクトルの顔色に気づいた様子はなく、尚もベヌン氏は自身の思いを語り続けた。


「しかしどうにも、通常のネットワークでは観光の情報が入手しづらい地域のようでね。すまない、君の故郷を軽蔑しているわけではないのだ」

「構いませんよ。どうぞお好きなように。ここは僕の故郷(パトリ)ではありません。ただの上京先(つとめさき)ですから。愛着もへったくれもない」


 エクトルは両手を広げて肩を竦めながら、突如吐き捨てるかのような口調になって勝手を促した。

 自己紹介の内に予め申し添えておかなかったのだから仕方ないのだが、「故郷」と推定された際、無性に苛立ちが湧くのを感じたのである。

 同時に、脳内を懸念が(よぎ)った。当然だが自分と紳士と向かい合っている場所は、忌まわしき腐敗した上司共の巣食う工房が立つ地域内に含まれるのだ。そう、エクトルの嫌悪する現実の象徴だった。その魔窟近辺に清冽な紳士を連れ込むというのである。急速に冷めていく心地になる。

一方のベヌン氏は、エクトルの呈した十代前半の少年らしからぬどこか厭世(えんせい)的で投げやりな物言いに、眉を(ひそ)めるような仕種をしたが、ほんの一瞬のことだった。


「そうかね。それでは、宿泊施設があれば教えてもらえると助かるのだが」 

(おっとそうだった。僕自身の疾しさに浸ってどうすんだよ)


 己の浅はかさをなじりつつ、気持ちを立て直す。工房より出来る限り遠ざけた場所を選べば済む話ではないか。

 もう時間が時間である。止むを得ない状況だ。

 いつしか咄嗟(とっさ)に、エクトルの口は動いていた。


「せ、狭い所だけど、僕の下宿先でよろしければ……」


 直後、何故申し出たんだろうと自身に首を傾げる。エレガントな美丈夫に、自分の住んでいる庶民的な下宿を案内するのは気が引けるものはあった。

 だが、紳士の方も素早かった。


「なるほど。これは有り難い。君は下宿生なんだね。心遣いをありがとう。ぜひ、ご招待にあやかるとしよう。世話になるよ、エクトル君」


 礼を言いつつ、彼は丁寧にも浅い角度でお辞儀をしてみせた。

 エクトルも慌てて頭を下げる。

 再び少年の胸内(きょうない)は、じんわりと熱いものに包まれた。

 紳士が喜んでくれたのなら充分だ。加えて、自分にも〝心遣い〟などと言うものができるのかと、はたまた感涙に値する気分が込み上げて来た。

 ――この人は、寛大でもある。彼を連れて来た銀河の海よりも、深く大らかな慈悲を抱え持つ偉大な雰囲気に覆われていたるようだ。

 何はともあれ現実問題、雨風を(しの)ぎ寝食を(まかな)える空間の提供が先決だ。遠路はるばる訪れたやんごとない風の美丈夫を、絶対に片田舎の夜道に彷徨(さまよ)わすわけにはいかない。


「いえ、そんな。こちらこそ恐れ入ります。では、かなり遅いですから早速参りましょう。僕について来て下さい」


 こうしてひとまず紳士のことを、現在身を寄せている下宿に案内することになった。少年は目的の方向へ身を(ひるが)して歩き始める。

 その折、ふとまた紳士について思いを巡らせた。

 彼は自らを旅人と称したが、実質、銀河から神のように舞い降りてきたようなものだろう。いや、降臨という表現が相応しそうだ。

 ――ひょっとしたら、彼こそが五百万年後の流星群の日に再来した“不死鳥の神人(フェニキアナ)”本人、あるいは子孫なのかもしれない。


(なんてね、単なる偶然に決まってるよね。ロマンチックに繋げるのも大概にしなきゃ)


 異文化の者という特徴から神秘的な雰囲気が増すのかもしれない。だが、確実に人の実感的な温もりを魅力として備えている。人間と接していることに間違いない。

 一笑に付すべき誇大妄想だと、エクトルは内心を自制した。



 




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