不敬なにそれ?
「今日もおはよう!魔石様!」
朝から魔石様に手を合わせて拝む。私のルーチンになっている。この魔石は石の中に、魔素を吸い込んで排出する魔術式が組み込まれていたのだが見つかったのはなんと、元バウンテラス公爵家の庭先だということだった。
元公爵達、魔石の事を聞いても…知りませ~んとか言ってるとか…ムカつくなぁ!
そう言えば元バウンテラス公爵家と言えば、今はお知り合いの子爵家に身を寄せているらしい。
どこまで行っても自立しようとしないんだね…コンビニでバイトでもしろっつーの…あ、この世界にコンビニは無いか。
さて…フォーデ様にこの巨大魔石を渡しなさい!と脅され…もとい催促されているのでそろそろ引き渡そうかな~と時価四千万円を目の前にして、少し…どころか大分心が揺れたけど渋々、レデスヨジゲンポッケに魔石を入れてフォーデ様の所に向かうことにした。
「リッテガ~殿下の執務室に行くわ」
メイドのカリナと一緒に廊下に出て隣の間に声をかけるとリッテガと…今日は真のヒーローギャッデと共に18才コンビが揃って出てきた。この2人が今日の護衛当番みたいだ。
「今、殿下はナジャガル皇国にて先方の魔術師団の方と会議中でしたが…?」
「あ、うん。フォーデ様に会いに行くの…あの大きな魔石をよこ……寄贈して下さいと言われているので…」
18才近衛のアイドル君達は揃って破顔した。
「魔石としても価値の高いものですよね?」
うむそうだよ、リッテガ。
「フォーデ様が催促するのも分かりますよ~僕も欲しいです」
正直だな、ギャッデよ。
こらこら君達?一応王太子妃の前でござるよ?まあ私が異世界人で元は庶民の高校生だと教えているので、最近彼らは同い年じゃんすげぇみたいな友達感覚で接してくる。まあ良いけどさ?しかし私にだって威厳とか品格があってだね~
「この魔石さ、ちょっと削っても分かんないんじゃね?」
「早くそれ言ってよ!」
つい、リッテガの軽口にのってしまった…アイドル達はギャハハ…と笑っている。気安い…威厳ゼロ、品格ゼロだ…
「ゴホンゲフン…」
カリアに咳払いされて皆が黙った。そしてカリアに睨まれながら静々と廊下を進む…
訪れたエイシュリット殿下の執務室には事務官のクリフカさんしかいなかった。
「フォーデ様は地方役人棟に行ってますよ」
とクリフカさんが仰ったので、待たせてもらおうかと執務室の隣の來客室に行こうとした時に、廊下から女性の鋭い悲鳴が聞こえてきた。
「何かあったのでしょうか?」
カリアが不安そうにギャッデを見たので、ギャッデが
「私が少し見てきます」
と言って執務室を出て行った。そしてギャッデが出た後、すぐに扉が開いたので顔を上げた。フォーデ様が戻ってきたのかと思ったのだ。
そこには嫌な魔質の持ち主が立っていた。メイド服に侍従の制服を着た…男女4名…
私の前にリッテガが立ち塞がった。私は入って来たメイドが、扉に消音魔法の魔法陣が描かれた魔紙を張り付けるのを見て、執務室内を横歩きをしながらクリフカさんとカリアの間に立つと魔物理防御障壁を張った。
「…っ!」
「障壁…!」
入って来た男女は小声でそう呟いてから、私の張った障壁の外側から此方を睨んでいる。そして金髪のメイドがズイッと一歩前に出てきて叫んだ。
「お前の持っている魔石を私に寄越しなさい!」
この頭に響くキンキンするこの声は!?髪は金色だけど…瞳の色はブリザードブルー色の瞳!
「ケイトリーサ様…」
私の呟きにケイトリーサ様は金色の髪を掻き毟った。
「それはわたくしのもの…バウンテラス公爵家のものよ!」
いやぁ…バウンテラス公爵家ってもう無いよ?知っているよね?爵位剥奪されちゃったよ?
何を思ったのか、ケイトリーサ様は怖い形相で私の方へ走り込んで来て……
腕を伸ばして私に掴み掛ろうとしたのか…思いっきり障壁に手の先が当たって、グギャッと変な音をさせていた。多分突き指か骨折だ…まるでコントだ。
「いやあああ!」
「お嬢様っ!」
メイド姿の賊がケイトリーサ様の手を取って何故だか私を睨んだ。
「おのれぇ!よくもお嬢様ぉ!」
いや…あのさ?自分で突っ込んできて突き指してるだけだし?私、障壁の中だし何もしてないし……そっちが何もしないならこちらからは何も出来ないし…ん?そうだ…そうだよ!何故気が付かなった!
「そうだよ!」
私が急に大声を出したのでリッテガとカリア、クリフカさんがギョッとしたように私を見た。
「急に執務室に押し入られたからびっくりして忘れていたけど、私の障壁の中に居ればあいつら入って来れないんだし、別にこのままにしてても問題ないんじゃない?」
「ああ!」
「そうでした!」
「おおっ!」
カリア達の笑顔に頷いてみせてから、私は突き指元令嬢達を見てニヤリと笑ってみせた。
「障壁の外で手をこまねいて見てるがいい……くわーっ!一回こんな格好良い台詞言ってみたかったのよねー!さあさあ、お茶にしましょうか?どっこいせー!」
私はレデスヨジゲンポッケの中からレイゾウハコを取り出して中からレモンタルトを取り出した。
「今日の茶葉はこれにする?」
「何をしているの!」
「いいですね~」
「このわたくしを無視するのですか!?」
クリフカさんに至ってはもうすでにご自分の机に戻って仕事を再開している、すごい。
私達は障壁の外で叫ぶ、ブルベ毒蜘蛛骨折女と唇を噛み締めている元バウンテラス公爵の方々?を華麗に無視しながらお茶の準備を始めた。
カリアがナイフでレモンタルトを切り分けて、皿に乗せた。私がクリフカさんの机に持って行ったお皿を置いた。笑顔のクリフカさんに会釈されたその時、突然扉が開いた。
「……ん?あ、来ておられたのですか?アイ…なっなんだぁ!?」
あっと言う間だった…今頃戻って来たらしいフォーデ様は、戸口付近に居たバウンテラス公爵家の者に入室して来た途端、捕まってしまった…
何てくそタイミングの悪い、銀のアイドルなんだ!
「え?ちょ…何だ?おいっ貴様ら何者だ!」
銀のアイドルは剣を突き付けられている。形勢逆転である。思わず舌打ちをしてしまった。
「因みにフォーデ様は剣技の方は?」
銀のアイドルが答える前にリッテガが勝手に答えてくれた。
「ご自身の打った矢がご自身に刺さるほどの腕前です」
ようは運動神経ゼロ…反射神経ゼロ…おまけに体力ゼロ…だということだね。
「まだ人質になったのがギャッデだったらよかったのにな…」
「ア…アイリエッタ妃!…同感ですが…」
クリフカさんが小声で同意してくれる。それを聞き逃すフォーデ様じゃなかった!
「クリ…お前っ!言うに事を欠いてなんて言い草だ!来月の給与は二割減らすぞ!」
「ちょっおい!それパワハラ上司だから!」
私が銀のアイドルに声を張り上げた時に、執務室の扉が激しく開かれた。そして弾丸みたいな勢いで誰かが飛び込んで来ると、扉の前に立っていたフォーデ様と剣を突き付けていた男に突撃し、2人が前のめりに転んだ。
「リッテガッ!」
飛び込んできたのは皆のヒーロー、ギャッデだった!そのギャッデの姿を視界に入れた瞬間、リッテガが私の障壁の中から飛び出し、侍従姿のもう1人の男に飛び蹴りを浴びせた。
「ぎゃあ!」
「きゃああ!」
「ひぃぃ!」
皆の悲鳴と怒号で開け放たれた扉から、何事かと走って来た衛兵2人が更に室内に飛び込んで来て、バウンテラス公爵家の手の者を取り押さえようと大乱闘になった。
賊は無事捕縛された。指が痛い…と泣き叫ぶケイトリーサ様も捕縛魔法で捕まっていた。
ただタイミングが悪い男、フォーデ様は突きつけられていた剣先が転んだ拍子に頭のてっぺんを掠め、頭皮が裂け出血し…しかもバウンテラス公爵家の手の者のおじさん達の下敷きになって押し潰されて…気絶していた。
目が覚めて治療を施されて、頭から包帯を巻いている銀の元?アイドルはとんでもなく怒っていた。
「俺が人質になっているの分かってて何で飛び蹴りなんだ!巻き込まれて転ぶかも?とか思わないのか!」
いやいや、リッテガの飛び蹴りの前にギャッデからの攻撃?で前のめりに転んでましたけど?普通のそこそこ運動神経のある人なら圧し潰される前に自力で何とか出来ない?
自分が自力で何とか出来ないくせに、偉そうに上から目線で銀のアイドルにそう言うと
「でしたら、頭部に大きな禿げを作ってみますか?」
そう言って私を睨みつける銀のアイドル、不敬なんだけどそれを言うのも気の毒過ぎて…只々
「お疲れさまでした……」
と言ったら、余計に睨まれた。
そして息を切らしてナジャガル皇国から戻って来たエイシュリット殿下は最初は皆の怪我の心配していたが、大事ないことが分かると段々と銀のアイドルの禿げ弄りをしてきた。
「傷跡が治った後は…その、毛根が元に戻るものなのかな?」
イシュよ、どうして私に聞くんだ?一応、私が治療術が使えるからか?それならはっきり言ってやろうかぁ?
「禿げは病気じゃありません」
執務室に居た殿方達の悲しみの魔力で執務室内はツンドラ気候になった。
そして捕まったケイトリーサ様とその手下達は、あっさりと魔石を狙っていたと罪を認めた。
元々怪しげな商人から買った、とても高価な魔石だそうで(時価一億円でご購入)地中に埋めると魔獣を呼び寄せて意のままに操れるとか言われていたらしい。そうして買って埋めてみたものの、魔獣を呼ぶことがなく…そうこうしている間に爵位剥奪と領地没収にあってしまい、魔石を回収し損ねたそうだ。
でも、どうして今頃魔獣が集まって来たの?という疑問はすぐに原因が分かった。
魔力量が足りなくて術が発動しなかっただけなのだ。
その魔石の埋められた公爵家の屋敷はそのまま新しく魔術師団の団長さんが住居として使うことになったそうだ。
魔術師団の団長さんは魔力値の高い見込みのある子供達を国中から集めて、所謂全寮制の寮で面倒見ようとしていたのだそうで、広くて大きな屋敷を寮生に使ってもらおうとしたそうだ。
そして魔力値の高い子供達が庭に自分達の魔力を籠めた薬草畑を作ったり、魔術の練習を庭でしたりして土壌に魔力を沁み込ませていき…魔力が足りなくて発動しなかった魔石が今になって発動したという訳だった。
しかし何故、魔石の存在に皆が気が付かなかったかと言えば今、寮生として住み込んでいる子供達は視える目を持っていない、言わば…攻撃魔法しか使えない魔術師の卵ばかりだそうだ。
そう言えば視える目を持っている治療術師って珍しいって言ってたっけ?前に魔術師団のお兄さんに生々しいこと言われたな…と思い出していた。
「アイリエッタ妃とエイシュリット殿下の御子なら治療魔法の使える子供が生まれる確率が高いですよね?アイリエッタ妃は是非っ沢山御子を産んで下さい!数さえいれば中には…フフフ…」
生々しいうえにキモイわっ!それってマタハラじゃないかなぁ!?
さてそんな魔石事件があった数週間後…
私はナジャガル皇国とカステカート王国に遊びに行っていた。
葵様や未来様…そして那姫様に私と同じ転生人のヒルデ様…皆お優しくて色々と生活の知恵や旦那の操り方など、面白おかしく教えて下さった。
葵様達と話していると、あっちの世界のおばーちゃんを思い出して胸が苦しくなるし嬉しくもなる。
今日のナジャガル皇国訪問はエイシュリットも一緒に来ていて、イシュは今頃ナッシュルアン様達に囲まれているはずだ。むさくるしい…あっちは加齢臭が凄そうだ。
あの元王子様達は前はアイドル、今はツカレトルな…洒落にはならない年齢のおじーちゃま達に見えるけど、普段はのほほんとしていて、剣を持ったらシャキーンとするらしい。ほんまかいな?
そうして次はカステカート王国に入国した。
ここで噂の玲ちゃんの伯父様と伯母様に会った。ご高齢凸凹夫婦だった。なんとこの玲ちゃんの伯母様がユタカンテ商会の会長様だそうで、数々のヒット商品はこの方が生み出されたそうだ。
兎に角、お会い出来た興奮を伝えねばと、寒い冬のお友達の温水便座を発明してくれたことと、猫の形のポッケがめちゃ可愛いのと、ドラム式洗濯乾燥機はマジ神です!とサムズアップをしたらニコニコしながらサムズアップを返してくれた。
カデ様は可愛いおばあちゃまだった。玲ちゃんが一緒にカステカート王国について来てくれたんだけど、待ち構えていた従姉妹とか従兄弟にレージ!レージ!と絡みつかれて大変そうだった。
「デッケルハイン家って皆、暑苦しいんだよ…」
そうかぁ?仲良さそうで羨ましいけどね~しかも皆、美男美女だね。チンチクリーンには羨ましいくらい高身長だね。おっと玲ちゃんはそうでもないか?
そう言えば玲ちゃんのおねーさまは?と聞くと玲ちゃんは心底嬉しそうな顔で答えてくれた。
「丁度向こうがお盆休みの時期らしいんで、あっちのばーちゃん家に里帰りしてまして、いや助かったマジで」
へぇ~里帰りね!あっちはお盆休みか~8月か…。
と、すっかり油断していた玲ちゃんだったのだが、なんと変に気を利かせた伯父さんのヴェルヘイム様がお盆里帰り中の玲ちゃんの姉その1とその2を呼び出してしまったらしい。
次の日
カステカート王国で皇后陛下様方とお茶をしていたら、玲ちゃんの慌てた声が廊下で響いているのが聞こえた。
「あら?レイジどうしたのかしら?」
と私と皇后陛下と王女殿下数名が見守る中…バーンと扉が開いて…
玲ちゃんそっくりで妙齢の…ジーンズにTシャツを着た方と、黒いワンピースドレスを着たおねーさまが立っていた。誰がどう見ても玲ちゃんのお姉様2人です。
「あら?レーナ、休暇中ではなかった?」
王女殿下にレーナと呼ばれた黒いワンピースドレスにストレートロングの髪のおねーさまは淑女の礼をした後、私の前に走り込んで来た。横に立っていたジーンズ姿のおねーさまも駆け寄って来た。
ひええぇ?何ですか?
『失礼、あなたがアイリちゃん?』
「は?はい…」
『予想以上に可愛いわ!お人形じゃない!ちょっと待って?この子を玲司の嫁にどうなの?』
『それが、旦那いるんだってぇ』
『ええぇ?マジで!?そいつ誰だよ…見に行くか』
『ちょっちょ…ちょっとーーーー!』
慌てた制止しようとして玲ちゃんが部屋に入って来た時に、おねーさま2人は日本語でぶっそうな言葉を叫びながら駆け出しており、戸口に居た玲ちゃんは姉2人に部屋の隅に弾き飛ばされていた。
「……」
「……いてぇ」
弾き飛ばされていた玲ちゃんは静かに起き上がると、皇后陛下様方に騎士の礼をした。
「姉達がお騒がせして申し訳ありません」
王女殿下はクスクスと可愛らしい笑い声をあげた。
「レーナとミーナは相変わらずね」
玲ちゃんは更に頭を下げている。辛い…何だか姉弟のヒエラルキーをまざまざと見せられているようで…ひたすら辛いっ!
その日の夜
宿泊先のカステカート王国の貴賓室の寝室でエイシュリットの怪我の治療をしてあげていた。
怪我の原因は当然あの姉2人だった。
「急に来て『カチコミダー!』とか言われてものすごい火炎魔法とか水魔法ぶつけてくるんだもんなぁ…イテテ…必死に逃げてたらレイジとゲイトヘイムとマイトヘイムが助けてくれて…死ぬかと思った。あのお2人がレイジの姉だってな。どこの世界も姉って生き物は怖いな…」
「うん…そうだね」
カステカートの騎士団の鍛錬場でゲイトヘイム=デッケルハイン大尉と打ち合い稽古をしていたイシュの所へ、凄い突風と一緒にイシュ曰く、暗黒魔法の使い手みたいな女性2人が現れ…凄まじい攻撃魔法を仕掛けてきたとか。間に入ってゲイトヘイム(兄)大尉と同じくマイトヘイム(弟)少尉が果敢にもイシュの前に立ち塞がってくれたので事なきを得たとか。
だってマイト君13才だもんね。天使みたいに可愛いもんね。とても危険な目には遭わせられないよ。
ひとしきり攻撃しまくった後、玲ちゃんのおねーさま達はイシュに向かって日本語で
『逃げ回るなんてへなちょこだね!』
『キラキラしてるだけでさーうちの玲司の方がいけてるんじゃない?』
と、その場に居た玲ちゃんを顔面蒼白させるような不敬発言を連発した後
『いや~久々いい汗かいたわ!飲みに行くか!』
『こっちのいい店知ってんのよ、そこ行く?』
『いーねぇいーね~!』
と言ってガハハッと笑いながら消えて行ったんだって…後で玲ちゃんに詳細を聞いて恐ろしすぎて声も出なかったわ。
「姉上達…異界語で何かを言われていたけど…多分悪口だな。目に嘲りの色が出てた」
うん、まあ大体合ってるかな?玲ちゃんも直訳しないで濁してくれたのかな?流石に不敬だもんね。
こえぇな…玲ちゃんの言ってた怖いってこれの事か。もう異世界人の特権を使いまくって?いるみたいで不敬なんて何それ?の破壊王で残虐王で…暴れん坊だと…ゲイトヘイムさん17才がそう言っていた。
「そういやさ、今日父さんなんで来てないんだよ…どこ行ったの?」
玲ちゃんが破壊王姉妹の親、お父様の行方を探していたけど…なんてことはないあっちの世界のご先祖様の墓参りに行っていたらしい。ホラ…あっちはお盆の時期だからさ。
誤字ばかりで申し訳ありません。