99 V-シンデレラ(ガチ百合) 戦場に刻め、その笑みとステップを
木製の車輪を高速回転させながら、シルエットが駆ける。
魔法によってお喋りなネズミから寡黙な白馬へと変貌した二頭が、その嘶きすらも置き去りにして引き走るカボチャの馬車。
絢爛なる巨城へと赴く、その巨影が誘いたるは真なる王。
一国の王女などでは到底及びもつかない、数多の混沌を生み出し得る百合修羅場の主。
恐れ慄け、今こそ参らん、灰被りの姫が――
――みたいなことを魔女が考えていたかどうかは定かではありませんが、まあとにかく、半ば拉致されるような形でカボチャの馬車に放り込まれたシンデレラは、遂に舞踏会の会場であるお城へと辿り着きました。
ホールへ続く大きな外階段の下、えらく急なブレーキングによって盛大なドリフトをかました馬車の扉が景気よくかっぴらいて、そのままシンデレラは荷台から放り出されます。
「うぉわぁっ!?」
それなりに長い階段を一足飛び……どころか地に足すら着けずに飛び越えて、シンデレラはホールの入り口に尻餅をつきました。
「いったぁ……!いや、ちょっと扱い荒過ぎない……?主人公だよねあたし……?」
お尻をさすりながら愚痴を零すシンデレラでしたが、残念ながら職務に忠実な門番たちの耳に、その言葉が届くことはありません。
「その恰好、貴殿もパーティーへの参加をご希望か?」
「いや、あたしは別に」
「うむ、宴は既に始まっている。遅れを取り戻すべく励むが良い」
「この人たちも話聞かないタイプかぁ」
「ドレスを着た美女美少女はとりあえず会場入れとけ」という、王女の母――つまり女王から賜った職務に忠実過ぎる門番たちは、問答すらも省略してシンデレラをパーティー会場へと放り込みました。
「――うわぁお、まーじで舞踏会じゃん」
舞踏会の会場なのだから、そこに広がっている光景は舞踏会以外の何物でもないはずなのですが、残念ながら庶民生まれ庶民育ちなシンデレラの口からは、そんな何の捻りもない言葉しか出てきません。
様々なデザイン、絢爛な色合いのドレスに身を包んだ見目麗しい淑女たちが、シャンデリアに照らされたホール中で踊っています。
我こそはと自負のある者たちなだけあって、そこにいる誰もかれもが美しさと自信に満ち溢れていました。
「いや、あたし場違い過ぎない……?」
そのあまりに眩しい様子に、シンデレラは思わずそんな言葉を零してしまいますが……
小憎たらしいことに、彼女は気が付いていませんでした。
彼女自身が持つ美貌というものに。
魔女の手によって磨き上げられ、輝きを放つシンデレラという美しい少女の姿に。
……まあ、雰囲気や顔付きが若干庶民臭いことは否めませんでしたが。
それもよく言えば親しみやすく、また高貴な令嬢たちにとっては興味深い存在として映りましょう。
案の定、入り口で呆けているシンデレラに対して、声をかけてくる女性もおりました。
「あら、そこの貴方。どうにも庶民めいた佇まいをしておりますわね。こういった場所は初めてかしら?」
ここでの「庶民めいた」という言葉は実際の貴賎云々よりも、社交場慣れしていない的な、ある種相手を小馬鹿にしたような意味合いも含まれているのですが……庶民平民を自負するシンデレラとしてはむしろ、取っつきやすい絡み方をしてくれてありがとうと言った具合でした。
そんな思考回路をしているから、魔女から修羅場の申し子だなんだと揶揄されるのですが。
「そーなんですよ。なんだか知らないうちにパーティー会場に放り込まれちゃって……」
「まあ貴方、高貴さはありませんが顔は悪くないですものね。きっとご家族の方が、一縷の望みを賭けて送り出して下さったのでしょう」
王女様の妾という、平民からしたら人生一発逆転のチャンスが眠るこの魔境、覚束無いながらも足を踏み入れる少女のバックボーンなど概ねそのようなものだろうと、貴族の女性たちは鷹揚に頷きます。
彼女たちにとっては、たとえ女王の一番になれずとも、王族や有力貴族とつながりを作ることが出来ればそれもまた一つの成果。舞踏会という絢爛なパーティーの場は同時に、血で血を洗う権力闘争の主戦場でもあるのです。
「家族がっていうか、不審者がっていうか……まぁ、はい、そんな感じですかねぇ」
修羅場厨がどうこうと説明するのも馬鹿馬鹿しいと、シンデレラは適当に誤魔化します。
言葉通り放り込まれはしたものの、どうせ来たのだから舞踏会の空気だけでも味わっていこうと、持ち前のポジティブさで素早く気持ちを切り替えたシンデレラは、自分に話しかけてきた貴族の女性へと、臆することなく言葉を投げかけました。
「あのー、あたし、おっしゃる通り勝手の分からない平民なもので。もしよろしければ、ちょっとした戯れだとでも思って、あたしにダンスを教えてはくれないでしょうか?」
フランクな、それでいてはにかむような微笑み。
彼我の身分差を理解していてなお、不敬不快に思われないぎりぎりのラインで最大限に距離を詰めていく神の一手。
何よりもそれが、計算ではなく本心の乗ったごく自然な言葉として、その桜色の唇を突いて出る。
顔が良い庶民にそんなことを言われて、自尊心のくすぐられない貴族などそうはいません。
「……仕方ありませんわね。このわたしが、舞踏会の何たるかを手取り足取り教授して差し上げましょう」
ツンと上向き腕を組み、見るからに機嫌良さげに貴族の女性はそう返しました。
「わぁい、ありがとうございますっ。やっぱ、本物の貴族様って庶民にも寛容なんですねー」
今度こそ親しげににこっと笑うシンデレラ。
そのお日様のような笑顔を見て、貴族の女性も思わず顔を赤らめて……って、これガチでデレてる顔じゃないですか!
ちょっと陽取さん、本番中にクラスメイト落とすのはやめてもらえます!?流石に先生もどんな顔したら良いか分かりませんよ!?
「いや、何ワケの分からないこと言ってるんですか……ていうか美山先生こそ、急にナレーションの仕事放棄しないでくださいよ」
あ……こほん。
とにかく、その天性の女たらしっぷりを早くも発揮し始めたシンデレラの無自覚なる猛攻は、ここから始まっていきます。
一曲二曲を踊っては、心からの感謝を込めた会釈と共に去ってゆく。
ぎこちないながらも一生懸命にステップを踏み、教えたことを笑顔で吸収していく庶民派美少女の姿に、その手を取った誰もかれもが心惹かれていきました。
顔を広めておきなさい。様々な家の者と顔を合わせておきなさい。
最初にシンデレラと踊った貴族の女性は、自身が彼女にそう教えたことを早くも後悔しています。けれども一方で、自分の言葉を忠実に守ってくれているシンデレラの姿に満足感も覚えていて……
容易く掴み取れるようでいて、追うことも引き留めることすら叶わずに、するりと腕の中からすり抜けていく。
そんな、親しみやすい外見からは想像も付かないような魔性の女っぷりを、存分にフロア中へとまき散らしていくシンデレラ。
そう長くもない時間のうちに、王女の妾を目指していたはずの女性たちの幾人もが、素性も知れぬ平民顔の美少女に心奪われていきました。
「いやぁ、ダンスなんてお洒落過ぎて……とか思ってたけど、やってみると案外楽しいもんだね。色んな美人さんたちとも知り合えるし」
当のシンデレラ本人は、ふとした合間に小さくはにかみながら、そんなことを独りごちたりなんぞしています。
ほんっと、自覚のない女たらしって怖いですね。
「……あの子……」
――と、そんなシンデレラの。
満面の笑みともまた違う、ふと足元に咲いていた野花のような微笑みを、遠くから見つめている一人の少女がおりました。
まあ、王女様なのですが。
次回更新は9月23日(水)18時を予定しています。
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