98 V-シンデレラ(ガチ百合) 目覚めよ、灰被りし修羅場の申し子
――昔々、あるところに、シンデレラという少女がいました。
なんやかんやあって、親戚の家に養子として迎えられたシンデレラでしたが、彼女はそこで、毎日肩身の狭い思いをしながら過ごしておりました。
というのも、
「おはようございます、お姉さまぁ」
「おはよ」
「朝ごはんできてますよ~。ほらお姉さまぁ、あーんして?」
「あー」
義理の姉二人は、毎日毎日朝から晩までべたべたいちゃいちゃ二人の世界に没入しており、
「やはり我が娘たちは至高のカップリング……堪りませんね……」
継母は、自分の娘の姉妹百合をおかずに三食を食べるようなガチガチのカプ厨だったからです。
「……おはようございます、お母さま、お姉さま方」
何度見ても見慣れない朝の光景に、呆れ顔を隠そうともせずに挨拶するシンデレラ。
「……ああ、シンデレラ、おはようございます。あなたにも誰か良い人はいないのですか?」
「それ毎朝どころか毎食ごとに聞いてきますけど、もしかしてこの家でのいただきます的な挨拶なんですか?」
口を開けば固定カプ固定カプ。
継母は悪い人ではないながらも、色恋に疎いシンデレラからしたら奇特な人物に思えてなりません。
「――あ、シンデレラいたんだ」
「ごめん、全然気が付かなかったよー」
「はいはい」
義姉二人は良い悪い以前にお互い以外への興味が限りなく薄く、シンデレラもそのことはよーく分かっていたため、意地悪とも取れる二人の言葉にだけはもうすっかり慣れたものでした。
とはいえ、この家の異様とも呼べる日常風景に、自称一般人のシンデレラは中々馴染むことが出来ていません。
そんなわけでシンデレラは、義母たちの身の回りの世話をしながら過ごす毎日に、妙な気疲れを募らせていくのでした。
◆ ◆ ◆
「舞踏会ですか?」
「ええ、随分と盛大に開かれるとのことで、私も参加する予定なのですが」
ある日の夕食時、継母の口からお城で開かれるという舞踏会の話が出ました。
「あなた達はどうするつもりなのですか?」
日も暮れているということで、互いを見る目が若干妖しくなりつつある娘二人へと、母は声をかけますが。
「私たちはパスで」
「でー」
悩む素振りすら一切見せず、二人は口を揃えて堂々と引きこもり宣言をしました。
そもそもこの舞踏会、城に住まう王女様の結婚相手を探す意図があるとかないとかいう噂がまことしやかに囁かれています。
ただでさえお互いしか見えていない義姉二人が、そのような場所へ赴くことなど到底有り得る話ではありませんでした。
「でしょうね」
聞いた継母も答えは分かっていたらしく、断られたにも関わらず満足そうに頷いています。
「シンデレラ、あなたは……辛気臭い田舎者なので家で大人しくしていて頂戴」
「言いよるわこの継母」
急にそんな感じの設定が生えてきました。
ぶっちゃけ、とりあえず表面上は虐げておくための適当なセリフに過ぎません。
「いいですか、絶対に、ぜっっっっったいに、舞踏会に参加しようなどと考えてはいけませんよ?絶対にですよ?」
ほとんど行けと言っているようなものでした。
「たとえ、王女様があなたにベタ惚れな黒髪ロング清楚系美少女でも、絶対に口説き落としてはなりませんよ?いいですね?」
「王女様、会ったことすらないのにあたしにベタ惚れしてるのか……」
何故か断言するような継母のセリフに困惑しつつも、一応は頷いておくシンデレラでした。
◆ ◆ ◆
さて、日は進んで舞踏会当日。
既に日も暮れ、継母は先ほど、しつこいほどにシンデレラへと「来るなよ絶対来るなよ」と念を押し、お城へと向かっていきました。
いつにもましてべたべたくっ付いていた義姉たちは、夕食を終えるや否や即座に二人の部屋へと戻り、二人の世界に引きこもっています。
いつも通りと言えばいつも通りなのですが、継母の居ない今宵、義姉たちが何かしでかさないかと不安でいっぱいなシンデレラは、与えられた自分の部屋でそわそわと落ち着きなく過ごしていました。
「……やっぱ耳栓でも用意しておくべきだったかなぁ……」
まだ何も起こっていないのに、耳年増なシンデレラはむっつりとそんなことを呟きます。
内心ちょっとだけ期待していないこともないけれど、いやでも実際に何やら始まってしまったら気まずいどころの騒ぎじゃない、そう思ったシンデレラがふと窓の外を見てみると。
「……ども」
「……あ、どうも」
魔女がいました。
ガラス越しにばっちり目が合ってしまい、気まずそうにあいさつするその距離感はさながら、同じクラスだけどそんなに頻繁に話すわけでもない同級生どうしのそれでした。
「えっと、不審者さんですか?」
とんがり帽子に黒いローブ、節くれだった長い杖を突くその姿は、いかにも魔女に他なりません。
警戒しながら問いかけるシンデレラに対し魔女は答えます。
「いいえ、私は百合修羅場を追い求めるもの……探求を尽くし、数多の修羅場を見届けてきたこの私のことを、人は魔女と呼ぶわね」
「なるほどぉ」
ああやっぱりヤバい人かぁ、そんなことを思いながら、シンデレラは窓のブラインドを下ろそうとしました。
「待ちなさい」
「うわ下りない。それどころか勝手に窓空いちゃったんですけど」
しかし相手は歴戦の魔女。
シンデレラの部屋のぼろい窓など、指先一つで簡単に開けてしまいます。
「あなたから凄まじい百合修羅場の波動を感じたわ。あなたは、こんなところで燻っていて良い存在ではない」
「まじかぁ……」
かなり意味不明なことをのたまう魔女のらんらんと輝いた瞳に、シンデレラはもうドン引きです。
「今日、お城で舞踏会が開かれていることは知っているわね?今この瞬間にも、貴族、平民を問わず我こそはという美女美少女たちが、王女の妾という栄光の座を巡ってめくるめく戦いを繰り広げているわ」
仄かに香ばしい言い回しと共に、空いた窓から魔女が身を乗り出してきました。
「そこに、一石を投じてみたいとは思わない?」
「思わないです」
「ええ。勿論、私に任せておきなさい」
「案の定会話が成立しねぇ」
基本的に、魔女は世界を自分の都合の良いように解釈しているものですから、シンデレラの意見に耳を傾けるつもりなど、毛頭ありませんでした。
「自身を『選ぶ』側だと勘違いしている王女に、思い知らせてやるのよ。真に『選ぶ』側の存在である『選ばれし者』の前では、自分など所詮多角関係の『一点』でしかないのだと」
「『』付けたがりな魔女だなぁ」
永く生きていると中二病も生活習慣病みたいになるのかなぁ、などと思わずにはいられないシンデレラ。
そんな彼女と魔女の目の前を、二匹のネズミが通りかかります。
「ね、ね。今からあの二人の部屋、ちょっと覗いてみない?」
「いや、絶対私たちの身体が持たないって」
何やら覗きの相談をしているらしい、その割には初心そうなネズミたちへと、魔女はこれ幸いとばかりに杖を向けました。
「丁度良いところに来たわね。ほいっ」
唯我独尊な魔女に目を付けられてしまった不運なネズミたちは、魔法であっと言う間に二頭の白馬に変えられてしまいます。
「うわぁ、まじかぁ……」
あっさりと生命倫理や自然法則に反することをやってのけた魔女に対するシンデレラの引きっぷりは、留まるところを知りません。
「なんちゃらかんちゃら~、ほいっ」
更に魔女は、今更過ぎるうえに適当な呪文を唱え、庭に生っていた大きなカボチャを、無駄に豪奢なカボチャの馬車へと変えてしまいました。
「これ罪状的には何になるんだろ?器物損壊?」
勿論、カボチャは家の敷地内にあったものですから、魔女の行いは見るからに刑法に引っ掛かりそうな暴挙でしたが、あいにくとこの司法社会で魔法などという立証の困難な手口を裁くことなど出来はしません。
尊死は他殺と認められないのと大体同じ感じです。
「さあ『灰被りの姫』よ、今こそ汝に、戦人の装束を授けん」
先ほどよりかは幾分かそれっぽい文言を吐きながら、魔女は最後に、シンデレラの部屋着を煌びやかなドレスへと作り変えてしまいました。
「あぁー!?あたしのお気に入りのパジャマが!?」
所有者に無許可で好き勝手し放題な魔女にご立腹なシンデレラでしたが、法の抜け穴を突くことに関しては年季が違う魔女の前では、それは無力な少女の慟哭にしかなりません。
「さあ、お征きなさいシンデレラ。あなたこそが、今宵の修羅場の主人公よ!」
「嫌だぁー!絶対ろくなことにならないってぇっ!!」
必死の抵抗も虚しく、魔女の魔法によってシンデレラは強引にカボチャの馬車へと放り込まれ、そのまま二頭の白馬に引かれてお城へと爆走していきます。
「ククク……これでまた一歩、『人類総修羅場化計画』が進行する……!」
物騒なのか阿呆なのかよく分からない言葉を呟きながら、魔女はその後ろ姿が見えなくなるまで見守っていました。
まぁ、後からこっそりお城に忍び込んで、修羅場を鑑賞する気満々なのですが。
「お姉さまぁ~」
「妹よ~」
なお、結構騒いでいたはずのシンデレラのピンチに、義姉たちが気付くことは終ぞありませんでした。
次回更新は9月19日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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