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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
秋 百合乃婦妻とお祭り騒ぎ
96/326

96 R-学院祭一日目 朝いちメイド喫茶


 百合園女学院の広々とした敷地内に、ごった返す人々。


 普段は生徒と教師の姿しか見えないはずの校舎内は、すし詰めの如く人口密度が急上昇している。


 アーチ状の大きな校門周辺には、『祭』の文字が燦然と輝く煌びやかな飾りつけがなされており。快晴に照らされたそれに誘われるようにして、こうしている間にもさらに多くの人々が門をくぐり、学内へと歩を進めていく。


「学内ネットワークから案内図をお受け取り下さーい!」


「VR技術を用いた展示物に関しましては、機材の貸し出しも行っておりまーす!」



 実行委員の女生徒たちの声が響き渡る朝。

 二日間に渡って行われる学院祭の第一日が、既に始まっていた。



 今でこそ普通の女学院になっている百合園(ソノジョ)だが、かつては上流階級の息女たちが集う、いわゆるお嬢様学校と呼ばれていた時代もあり。一般に間口が広がるようになった現在でも、こうした行事における来賓、来客への求心力はなかなかのものと言えた。


 老若男女多くの人々が観覧に訪れる最中にあって、今日、学生たちは駆けまわる。

 いつも通りの制服に、あるいは苦心して作ったコスチュームに身を包み、時に声を張り上げながらバタバタと廊下を行き来するそのさまはまさしく、仕事に忙殺される大人たちと何の違いがあるだろうか。


「――、――!」


「――――っ――!」


 いや、違いと言えば一つ。

 それは皆が一様に、忙しくも待ちに待ったこの日の騒乱に、笑みを浮かべていること。

 何せ彼女たちが今廊下を駆けずり回っているのは、彼女たち自身が望み、企画し、実現したものなのだから。楽しまない、楽しくないなどという発想はないに等しかった。


 兎にも角にも騒がしく動き回る学院生たち。


 しかしそんな中にあって、むしろ来客たちに近い足取りでもって、校舎内をのんびりと歩く制服姿の者たちも、少数ながら存在していた。


「――ま、あたしたちはそこまでタイトなスケジュールじゃないからねぇ」


 少数派の内の一つ、いつもの四人グループを高等部一年次の階へと先導する未代。

 人波を躱しつつ目的地へ向かって歩く彼女の言葉に、隣を行く麗もまた、小さく頷いた。


「こうして合間に色々と見て回れるのも、演劇組の利点かもしれませんね」


 彼女たち二年二組のように、仮想空間でのなにがしかを出し物にしているクラスの多くは、学院内にいくつかある広い講堂で活動をすることになっており。

 そういった生徒たちは、各々に設けられた公演時間以外は比較的自由に行動することができた。


 二年二組は日に二回、午前の部は昼前、午後の部は終盤ごろと、前後や間に結構な余裕が有るスケジュールとなっている。だからこそ彼女たちには、まだ始まって間もない学院祭の空気を味わう時間が、十分にあった。


「メイド喫茶なんて、行くの初めてだよー」


「私も」


 蜜実、華花、未代、麗の四人が向かっている一年五組――日向 市子の所属するクラスが開催しているメイド喫茶。学内行事の範疇ではあれど、普段は縁遠いジャンルの業種ということもあって、皆一様に興味深げな表情を浮かべていた。


 市子が未代にすらひた隠しにしてきた、そこが一般的なメイド喫茶とは少々異なっているという真実など、知る由もなく。




 ◆ ◆ ◆




「「「お帰りなさいませ、お嬢様方っ☆」」」



 一瞬、白ウサちゃんがいるのかと思った。


 四人が口を揃えてそう言うほどに、語尾の跳ね上がった出迎えの言葉。


「お席の方、ご案内致しますね♪」


 スキップが義務付けられているのかというほどに軽やかな足取りで来客を相手取る女生徒たちは皆、言わずもがなメイド服を着用している。白と黒というゴシックでモノトーンな色調であるはずなのに、やたらめったら可愛らしく見えるのは、とにかく至る所に飾り付けられた白いフリルのおかげだろうか。

 無論スカートの丈も、学校行事として許されるギリギリのところまで短くされており、白いニーソに包まれた太ももが、そこかしこで眩しく輝いていた。


「ご注文お決まりになりましたら、お声掛けくださいね♡」


 格好も恰好なら言動も言動で、語尾には星やら音符やらハートやらが絶えず散りばめられ、口を開けば一文の至る所に、過剰なまでの尊敬・謙譲表現が入り込む。

 発する声は高く明るく快活に、なるほどこれが未代の言っていたきゃぴきゃぴというやつかと、華花、蜜実、麗の三人は納得の表情を見せながら席に着いた。


「すごいねぇ。きゃぴきゃぴだねぇ」


「きゃぴきゃぴね」


「きゃぴきゃぴですね」


 見回してみれば内装も、普段の教室とはかけ離れたふりふりでひらひらなそれへと変貌を遂げている。まさしく店内と呼ぶに相応しい気合の入った大改装に、彼女ら一年五組の本気っぷりが窺えた。


「市子は……見当たらないなぁ。あの子、朝イチで来てくれって言ってたのに」


  店内をせわしなく歩き回る後輩たちの中から見知った顔を探しつつ、とりあえずは何か注文しようとメニューを開く未代たち。


 ……一方バックヤードには、そんな四人の様子を値踏みするかのように眺める、幾人かの女生徒の姿が。


「どうすか、どうすか?」


 その中の一人、四人を知る人物である市子が、クラスメイトへと言葉をかける。


「……アリ。滅茶苦茶アリ」


「特にあの、並んで座ってる滅茶苦茶距離が近い先輩たち。あのどっちかには是非とも着て貰いたいところ」


「なんかすごいお嬢様っぽい先輩も捨てがたい」


「いやいや、市子が言ってた陽取先輩は絶対でしょ」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら何やら話す彼女たちの姿は、いかなメイド服と言えども怪しさを隠し切れないものであった。


「そうだそうだ、先輩は絶対っすよ!」


「分かった分かった。とりあえず二着持って行って、陽取先輩とあのすんごいイチャイチャしてる先輩たちのどっちかに着て貰おう」


「了解っす!」


 気合の入った返事を合図に、同級生相手でもフランクな丁寧語を崩すことのない市子とそのクラスメイトたちが、バックヤードから一直線に、未代たちの元へと向かう。

 その手には二セットの衣服……彼女らが来ているものと同じデザインのメイド服が抱えられていた。


「せんぱ――未代お嬢様っ」


 うっかりいつも通りに呼びそうになり、慌ててお嬢様と言い直しながら(さりげなく名前で呼びつつ)四人に声をかける市子。


「お、市子ちょうど良かった、この『愛情濃縮還元フルーツジュース』ってのを――ってあれ?何その人数?」


 良く知る後輩の声につられて顔を上げた未代たちの前に立っていたのは、注文を受けに来たというには流石に不自然な、数人のメイドたちであり。

 彼女たちが皆一様に浮かべているぎらぎらとした熱量の伴う笑みに、四人は思わず、怪訝な顔をしてしまう。


「えっと、わたくし達、何かご迷惑をお掛けしてしまったのでしょうか?」


 心当たりはないながらも、眼前のある種異様な光景に眉根を寄せる麗。

 そんな彼女に向かって、テーブルを取り囲むように立つメイドたちが、朗らかな声を上げた。


「いえいえ、とんでもない!むしろこちらこそ、驚かせてしまって申し訳ございませんっ☆」


「ですが、どうしてもお嬢様方に、提案したい事がございまして♪」


 やはり語尾を躍らせながら、ずいと顔を寄せるメイドたち。


「て、提案……?」


 勢いに若干たじろぎつつも返した未代の言葉に、彼女たちが差し出したもの、それは。



「お嬢様方、ちょっとメイドになってみませんか?」



 市子がその手に抱え込んでいた、二着のメイド服。


「……はぁ……?」


 いやよく分からんが、とでも言いたげな未代に対して、その混乱に乗じるように女生徒たちは畳みかけていく。


「実はですね……我らがメイド喫茶、私たちがメイドとなってお嬢様方にご奉仕する一方で、これはと見込んだお嬢様方にお声掛けをし、メイドさん体験をして頂くという、そういうコンセプトになっておりまして」


 期待の色を隠そうともせずに語る女生徒の口から飛び出してきたのは、自分たちだけではなく、店に足を踏み入れた客さえもメイドにしてしまえという突飛な発想であった。


 よく言えば定番、悪く言えば使い古されてきたメイド喫茶という出し物に新たな風を吹かせる新戦略。

 奉仕する側とされる側、両方の視点を客に楽しんでもらいつつ、来客参加型というコンセプトを導入することによって、生徒と来客の交流をより深める……という建前の元、可愛い女の子や綺麗なお姉さんにメイド服を着せて鑑賞したいという、一年五組生たちの欲望から生まれた新感覚メイド喫茶――



 それこそがこの、『メイド(になれる)喫茶 すとろべりぃ』であり。


「どっちが着る?」


「じゃんけんで決めよっか」


「未代さん、折角ですし着てみてはいかがですか。折角ですし」


「お、おぉぅ……推すねぇ、麗」


 その記念すべきメイド体験者第一号たちは、言わずもがな乗り気であった。


 次回更新は9月12日(土)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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