94 V-怪物は言われずとも馳せ参じる
拠点内での少しの歓談の後、四人はそのまま、『アカデメイア』の街を散策することにした。
新月なれど夜空は雲一つなく、どこか常以上の妖しさと熱気を孕んでいるようにも感じられる。
そんな暗幕の降りる街並みもまた、それにふさわしく飾り付けられている。
あちこちに灯る蝋燭の明かりは煌びやかなようでいて、揺れる火の影は無数に連なり蠢いていた。
道行く人々もまた、そんな祭りの雰囲気に相応しい、人ならざる者の群れ。
誰もが知る有名なモンスターから、どこの生まれかすら定かではない得体の知れない化け物まで。世界中のありとあらゆる異形たちがそこかしこを好き勝手に往来している。
これこそが[HELLO WORLD]の、年に一度の祭りの様相。おどろおどろしく摩訶不思議でありながら、確かにそこには、このセカイを愛し祝うプレイヤーたちの熱が満ち溢れていた。
街を出ればエネミーですらも、このイベントの為に用意された運営産の特殊な個体が跋扈しているのだが、今日のところは四人とも、街の散策だけに留めることにしていた。
していた、のだが。
「ああ、女神様方、ご機嫌麗しゅう。『ティーパーティー』のお二人も」
「うわ出た」
「フレアさん、流石にそれは失礼ではないでしょうか……」
ある意味で生粋のモンスターとも言える人物が、彼女たちの前に姿を現す。
「やっほー。はいハーちゃん、あいさつあいさつ」
「みてみてエイト、私ついに、ミツの眷属になったよ。う゛ぁー」
「はぁぁぁあ……!堪りませんね、これは……!」
ゾンビ婦婦と化したハナとミツを目の当たりにして、その顔をだらしなく緩めるエイト。額にでかでかと「至福っ……!」と書いてあるも同然な彼女のシルエットは、一見すると普段とそう変わらないようにも思える。
「すんごい顔してるけど、これは……フランケンシュタイン、かな?」
ノーラもまた教祖の言葉に同意し、静かに友人二人を拝み倒している今、冷静にエイトの姿を観察出来るのはフレアただ一人であった。
彼女の言葉が示す通り、いつも通りの修道服に身を包んだエイトの顔は、乱雑に縫い合わせたような継ぎ接ぎのそれになっており、また、こめかみの辺りには、嫌に大きなボルトのような金具が両サイドからぶっ刺さっている。
いつも通り露出の少ない肌の色は白んだ青とも緑とも取れる生気のない色味で、よくよく見ればローブの端から覗く指先にまでも、不器用なパッチワークの如く縫い目が走っていた。
(せっかく頭にネジが付いたんだから、ちょっとは言動もまともになってくれないかなぁ……いや、今の感じだと無理そうだなぁ……)
挨拶と同様に失礼なことを考えているフレアだが、彼女のエイトに対する心象はいつも、概ねこのような具合である。
「いやはや、ゾンビとなったお二方の姿を目の当たりに出来ようとは。素晴らしい、やはりこの夜の宴すらもが、我らが女神様方を祝福しているという事なのでしょうね」
バカップル垂涎の仮装である感染能力持ちのアンデッドに、七年の歳月を経て遂に変貌せしめたハナとミツの並び立つ姿は、エイトのようなプレイヤーにとってはまさしく悲願とでも言うべきものであった。
故に、膝をついて祈り始めた教祖のみならず、その場に居合わせた野良のファン、そうでなくとも二柱と信徒の姿に心打たれた者、よく分からんけどとりあえず乗っとこ的思考のお祭り勢などが、輪を広げるようにして一人また一人と首を垂れていくことも、ある種当然のことなのであろう。
「なぁんだこれ……ねぇノーラってあんたもかい」
かようなサバト的一幕においても、一人正気で居続けるフレアだけが、ぽつりとその場に立ち尽くしていた。
◆ ◆ ◆
ひとしきり拝み拝まれ立ち尽くした後、四人に一人が加わって夜の『アカデメイア』の散策が再開されたのだが。
「あ。ねぇミツ、戻ってきちゃったかも」
ハナのそんな一言と共に、婦妻は揃って足を止めた。
「ほんとだ。ごめんねー、ちょっと抜けるから、三人でぶらぶらしててー」
言うが早いかミツはハナの手を取り、道を逸れて近場の建物へと向かっていく。引っ張られるハナの顔色が幾分か良くなっている点に目を向けつつも、残された三人はそう訝しむこともなく婦婦を見送った。
彼女たちが唐突に、ふらふらと二人でどこかへ行くことなど、さして珍しくもなかったが為に。
気持ち歩みを緩めつつ、けれども止まることはないままに、フレア、ノーラ、エイトは蝋燭の火に照らされた街並みを進み続ける。
ゆらゆらと揺れる無数のともしびは、まるで奇怪なダンスでも踊っているかのようで、見るものに夜の住人としての自負を与えて。それでいてその影は確かに祭りを彩っているものだから、街を闊歩するプレイヤー共の歩みが、どこか浮足立ったそれになってしまうのも致し方のないことなのだろう。
そんな暗闇に素直に当てられ、楽しげに歩を進めるフレアの半歩後ろで、エイトがノーラに向けて、小さく耳打ちした。
(上手く他の二人を出し抜いたようですね)
(いえ、これは単なる偶然なのですが……)
すました表情のままそんなことを言うものだから、代わりとばかりにノーラの方が引きつった笑みを浮かべてしまう。
(偶然でも必然でも何でも結構。我らが女神様方に見守られてのデートなど、最早勝ったも同然です)
(勝っただなんて……)
それは今この場にいないリンカと白ウサちゃんに対してか、はたまた、ストーリーの最序盤から幾度となく猛威を振るってくるタイプのラスボスが如きフレアの鈍感さか。
いや、後者はこの程度で勝てる相手ではないか……などと、ノーラはすぐに頭を振り、しかしでは友人たる二人に対して勝ったなどと考えるのも、どうにも忍びない。
(……そう、本当に、偶然。今日は偶々、『ティーパーティー』の内わたくしとフレアさんだけがログイン出来た。ただそれだけの話で、それ以上でもそれ以下でもないのです)
……それを幸運と呼び享受することは、やぶさかではないですけれども。
そんな言葉は小声にすら漏らさず、努めて何でもないことのように、ノーラ小さく微笑んだ。
(……はぁ……)
当然ながら、そんな弱気な姿勢など、『固定カプ狂祖』とまで呼ばれたエイトの求めるところではないのだが。
(……いえ、好意を認められるようになっただけ良しとしましょうか。今日のところは、ですが)
それでもまあ前進はしているのだろうと、ひとまずは納得して見せた。
以前の、自身の想いにすら否定的であった頃とは比べ物にならないほどマシだ、と。
(あはは、手厳しいですね……さすがは教祖様)
(悩める信徒を導くこともまた、わたくしの務めですからね。その為ならばこのエイト、鬼にも怪物にもなりましょう)
確かにこの方は、固定カプに対する鬼のような情熱と怪物じみた行動力を持ち合わせていますからね……などと、ノーラですら若干失礼なことを考えてしまう辺り、やはりエイトの頭に刺さったネジは飾りである可能性が大と言えよう。
「――おぉ、あの人何の仮装だろ?……ってあれ、お二人さん、あたしをおいて何話してるのさ?」
そんな辺りで視線を向け、自分以外の二人が何やら小声で話し込んでいたことに気が付くフレア。
こんなところでも鈍感な彼女の様子に、エイトはこれ見よがしに溜息をついて見せた。
「貴女は本当にどうしようもない方ですねと、そういうお話をしていたのです」
「え、えぇ!?ちょっとエイトさん!?」
悪辣な物言いに根も葉もなく巻き込まれたノーラが焦りだす。
「そんな、ひどい……!エイトさんはともかく、ノーラはあたしの味方だと思ってたのに……!」
「え、ええ勿論、わたくしはいつだってフレアさんの味方ですとも!!」
「ホント?じゃああたしって、別に無自覚鈍感系とかじゃないよね?」
「……いや、それは、そのぉ……」
「ひどいっ……!」
「認めなさいな。貴女はどうしようもなく愚かで哀れなハーレム系主人公なのだと。そして悔い改めなさい。これまでの罪を認め、以降生涯一人だけを愛すると誓うのです。いつだって貴女の味方だと言って下さった唯一人を」
「エ、エイトさん!?」
「さすれば我らが絶対神様方の加護を得られる事でしょう」
「いや、別に友達から加護とか貰おうとは思わないかなぁ」
「アァん?貴女今、我らが女神様方を蔑ろにしやがったか?」
「イヤ怖ぁ……」
いつもより突っ張って硬直した手足を震わせ、慄くフレアも。
彼女へと光の消えた視線を向けるエイトも。
そんな二人の間で赤らんだ顔をマスクに隠しながら狼狽えるノーラも。
彼女たちを何事かと伺う、道行くプレイヤーたちも。
誰もが、始まったばかりの祭りに心を躍らせていた。
「みんなーただいま~」
「う゛ぁー」
無論、三人の元へと駆け戻っていく百合乃婦妻だって。
「おかえり。ちなみに何してたん?」
「ハーちゃんの『感染』が治っちゃってたから、ちょっとその辺の『簡易個室』借りて、もっかい噛み付いてきたー」
「噛み付かれてきた」
それは実質、その辺の宿泊施設でご休憩してきたのと同じなのでは?
「――」
そこまで考えたエイトは、次の瞬間には立ったまま死んでいた。
「そ、それはまた、何とも……!」
ノーラもまた、蹲り死にかけていた。
次回更新は9月5日(土)18時を予定しています。
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