93 V-3/4ウォーキング・デッド
「というわけで今年は念願のゾンビになれました~。いぇいいぇいっ。ほらハーちゃん、挨拶して?」
「ミツに噛まれてゾンビになりました。前世はワーキャットです。たぶん呪術系だと思うけどウィルス系も混ざってるような気もしないでもないです。よろしくお願いします」
血色に乏しい肌を揃えて、『ティーパーティー』の拠点に現れた百合乃婦妻。
「え、もしかして被った……?」
対して、そんな言葉を返すフレアの姿は、中華風な衣装に身を包み額に大きな札の貼られたウォーキング・デッド、キョンシーそのものであった。
「確かにこちらもゾンビと言えばゾンビ、なのでしょうか……あまり詳しくは知りませんが」
ミツとハナ、フレアとノーラの組み合わせに分かれて、四人掛けのテーブルに座る一同。
その中で唯一の非ゾンビ系女子ノーラ、さしもの彼女言えども、流石に世界各地に数多残る異形の伝承などには疎いらしく。ミツとハナほどではないものの青白く生気を感じさせないフレアの姿から、恐らく近縁種なのではと類推する他なかった。
……正確には、隣に座るフレアの、深いスリットから垣間見える太ももに思考を乱されていた、ということなのだが。
生者からはかけ離れているが故に、まるで魅了の呪術でも施されているかのようにその肌は妖しげな魅力を放っており。死後硬直という、張りや艶やかさとは無縁のそれによってピンと伸ばされた四肢は、ああしかし、栄枯盛衰、諸行無常、そんな逆らえない生物の理になお抗おうとする、冒涜的な美しさがある。
そもそも、こちらのセカイでは常に重装鎧によって全身を覆い隠しているフレアが、周年記念の前夜祭にかこつけて、その死体もとい肢体を惜しげもなく曝け出している。
過ぎた夏季休暇中、プールで初めて彼女の水着姿を目の当たりにした時と似たような胸のざわめきを、まさかこの仮想のセカイにおいても経験することになろうとは。
役得などという言葉で済ませるには、余りにありがたいサプライズ。なるほどこれが周年記念イベントというものか。運営最高。
……とまあこのように、ノーラの脳内はいい感じにお祭り騒ぎになっていたのだが。
もろに表情に表れてしまっていたその邪念を、しかしフレアに気取られることがなかったのは、彼女の顔が妙に禍々しいホッケーマスクに覆われていたからであろう。
「わたしたちはともかく、ノーラちゃんの格好は滅茶苦茶インパクトあるねぇ」
「服装はそのままなのがまた、ね」
来ている服はいつも通りの修道女然としたそれ、背丈や肌の色もいつもと変わりない。しかしてその美貌を覆い隠す古びたホッケーマスクと、背中に担いだ大きなチェーンソーが、露骨にスプラッターめいたホラーを匂わせている。
「何やら大昔の有名な映画作品が関連しているようなのですが……わたくしも最初はびっくりしてしまいましたね……」
「正直、私も初見ではめっちゃビビったわ」
『ティーパーティー』の拠点で待っていたら、チェーンソーを持ったマスク姿の修道女が突然、目の前にログインしてきた。
拠点がコテージのような木造建築であったことも相まって、まさしくスプラッターホラーのワンシーンめいたその一幕に、フレアは心臓が止まるほどの思いだったのだとか。
まあ、既に彼女の生命活動はすべからく止まっていたのだが。
「ああ、先ほどはご迷惑をお掛けしまして……」
「いえいえ」
自身の仮装についての基本的な情報は得られるものの、それでもなお、ホッケーマスクをかぶりチェーンソーで惨殺するなど、何とも恐ろしい存在だと思わずにはいられない。
そもそも何なのだ、ホッケーマスクとチェーンソーの組み合わせとは。本当にこんな物騒な凶器を使用していたのだろうか?
疑問はいくつも芽生えるが、けれども与えられた仮装の変更など出来ようはずもない。故にこそこの前夜祭は、年に一度の運営の悪ふざけ、暴走などと呼ばれているのだから。
八周年当日までもう幾日か。
それまでの間と、記念日を迎えてから更にしばらくの期間、この[HELLO WORLD]のセカイに、朝は訪れない。
運営権限により操作された空は、時は進めど夜のまま。
異形と化したプレイヤーたちがそこかしこで騒ぎ散らかす長い夜が、今日この日から始まる。
「――しっかし、こっちの前夜祭が学祭の直前になるとは……タイミングが良いのやら悪いのやら」
祭りに心躍るのは勿論のことではあるのだが。
一方で自身らのリアル事情との兼ね合いの絶妙さにフレアは、思わずそんな言葉を零さずにはいられなかった。
「中途半端に近いよりは、むしろ良かったのではないでしょうか。こうして初日にログイン出来た事ですし」
あと数日もしない内に、百合園女学院では学院祭が始まる。
学院内では最後の追い込みに駆けずり回るクラスも少なくない中、委員長の統率力やクラスメイト皆が意欲的だったことも相まって、二年二組の諸々の準備は、この時点でそのほとんどが完了していた。
だからこそハナとミツ、フレアとノーラはこうして今日、こちらのセカイで先駆けて祭り気分を味わうことが出来ており、
「白ウサちゃんさんとリンカさんは、残念ではありましたけれど」
今も現実世界で準備に勤しんでいる卯月と市子は、この場にはいないのである。
そのことを言葉通り残念に思いながらも、一方でフレアと二人になれた(百合乃婦妻は実質神なのでノーカウント)ことを嬉しく思ってしまってもいる。そんな悲喜交々な心中を表すようにして、ノーラの顔には少しばかり複雑な笑みが浮かんでいた。まあ、マスクで見えないのだが。
「ま、二人は学祭終わったらこっちでも遊び倒すって言ってたし、それまでは二人きりの『ティーパーティー』ってコトで」
何の気負いもなく二人きりなどと言ってしまうのだから、やはり未代という女はタチが悪い。
分かっていてもなお、その艶姿を、少なくとも今日は『ティーパーティー』の中で自分だけが独占出来ると思えば、どこか背徳感とすらも覚える悦びが、彼女の心を甘くくすぐる。
あまり上品とは言えない笑みで崩れた表情を隠してくれるマスクに、
(このホッケーマスク、案外悪くないですね……)
などと、感謝の念すら抱き始めるノーラであった。
(うぅむ……ハーちゃん)
(うん、りょうかい)
一方のミツとハナ。
仮面越しにでも分かるノーラの視線の行く先から、即座にちょっとしたお節介を思い付く。
「ねぇフレア、ちょっと私のこと蹴ってみて」
「え、何急に?」
「ゾンビ系のSTR値とかVIT値とか、近縁種の差異とかが気になって」
「なるほどね。そういうことなら」
もっともな理由を述べて誘導し、フレアを立ち上がらせるハナ。テーブルから少し離れ向かい合う二人を目で追いながら、ミツの方もまた、ノーラへと密かに声をかけた。
「ノーラちゃん、ここに立って。もうちょっと右、そう、その辺、はいストップー」
「ええっと、何を……」
「良いからそこに立ってて。フレアちゃんのこと、じーっと見ててね?」
「は、はぁ……」
あからさまに何か企んでいると分かるミツの笑みに圧され、ノーラはテーブルのすぐそばからフレアを見守ることとなる。
「ん、じゃあ、私の左腕に向かってハイキック」
「おっけー――おりゃぁっ!」
「――っ!?」
――瞬間、ノーラには見えた。
否、正確には見えなかったのだが。
スリットの向こう側にある最奥の神秘が、ふわりと舞い上がった前垂れによって辛うじて守られる、その光景が。
見えそうで見えないという、このセカイにおいては有り得ないはずのロマンが。
「い、今のは……!?」
驚愕に、仮面の下で目を見開き問う。
その奇跡へと彼女を導いた女神が一柱は、まるでセカイの秘密の一端を告げるかのような、厳かな声音をしていた。
「キックの角度、見てる側の位置、物理演算――その全てを狂いなく把握していれば、『見えそうで見えない』を楽しめる――ここは、そういうセカイなんだよ」
[HELLO WORLD]の、特に衣服周りの物理演算は、断固としてコンプライアンス違反を許さないという鋼の意思を感じずにはいられない、確固たるものである。
しかし、そんな中にあってなお。
チラリズム以前の、見えるか見えないかの瀬戸際を追い求め続けた二人による、ギリギリの楽しみ方。
その一端を享受したノーラは、ホッケーマスクの下で、改めて思わずにはいられなかった。
(やはりお二人は至上の存在、女神に他ならない――!)
次回更新は9月2日(水)18時を予定しています。
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