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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
秋 百合乃婦妻とお祭り騒ぎ
89/326

89 R-信徒、策を弄する




 ざわざわと、或いはそわそわとも言えるかもしれない、そんな賑やかさ。


 夏休みも明けて少し経てば、いよいよ生徒たちの学院祭への心意気も如実に高まってくるというもので。


 いつもよりも少しばかり早い時間帯に校門をくぐった華花と蜜実の耳に聞こえてくる喧騒は、平時のそれよりも明らかに大きく、そこかしこから響き渡っていた。


「なんていうか、だんだんそれっぽくなってきたわね」


「そうだねぇ」


 同じ歩幅で歩きながら口にしたその言葉は、少しずつ飾り付けが施されてきた学院の門戸を指してのものか。

 はたまた、グラウンドの隅や校舎の影、花壇の周辺等々、場所と時間を見つけては出し物の練習に勤しむ学生たちの姿を指してのものか。


 そも、かく言う華花と蜜実も、二年二組の教室で行われる演劇の練習に参加すべく、こうして早い時間に登校してきているのであり。にもかかわらず、いつもの登校時間よりもなお学院中が活気に溢れているのは、生徒たちが皆学院祭に向けて意欲を燃やしていることの、何よりの証左と言えるだろう。


「じゃあ、わたしたちも頑張ってみよっかー」


「おおー」


 無論、学院の一員たる二人も同じく、祭りの日を楽しみにしていた。




 ◆ ◆ ◆




「――こうしてシンデレラは、お城で王女様と二人、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


 今はこの場にいないナレーターの代役として女生徒(鼻血癖持ち)が締め括り、通しでの練習は一旦終了となる。

 始業のチャイムが鳴るまでそう長くもなく、残った時間で軽く改善点を語り合う流れになっていたのだが。


「うーん……」


 当然の如く纏め役となっていた委員長が、難しい顔をしながら小さく唸る。


「あの、何か至らない点があったのでしょうか……?」


 彼女の視線の向く先、此度のヒロイン・王女役を務める麗が問いかけるものの、その返答は今一つ要領を得ないものであった。


「いえ、演技は素晴らしいものだと思うのですが……うーん……」


 うんうんと何度も漏れるその言葉通り、委員長は麗の演技に不満があるわけではない。


 流石は多芸多才な令嬢というべきか、こと演じるという領分においても、麗はとても素人とは思えないほどに役柄を完璧に演じており。またそれに感化されるようにして、同じく大抵のことはそつなくこなせる未代のパフォーマンスが向上していく。

 常日頃の華花と蜜実の奇行(いちゃつき)によって主にリアクション面を鍛えられていた他の生徒たちも、主演二人の醸し出す雰囲気に上手いこと乗っかり、結果として現時点で既に、二年二組の演じる『シンデレラ(ガチ百合)』の完成度は、素人集団にしてはそれなりのものになりつつあった。


 そのことは、委員長もクラスメイトたちも、誰もが自負しているところではあるのだが。


「なんというか、こう、余裕が有り過ぎる?というか……」


 どうにかこうにか言葉にして絞り出されたそれは、けれどもやはり、言われた麗の方からすれば良く分からないダメ出しであった。


「は、はぁ……」


「王女らし過ぎると言いますか、高貴過ぎると言いますか……」


「は、はぁ……?」


「泰然自若と言いますか、ノブレスみが強過ぎると言いますか……」


「ノブレスみ、とは……?」


 二度、三度と首を傾げる麗の、そも王女とは高貴なものなのではないのだろうか……などという疑問は、至極当然のことだと言えるだろう。


「…………ふむ。そうですね」


 問答とも言えない幾度かのやり取りを経て、ふと委員長は思い至る。


「深窓さんは、どんなこと考えながら役を演じているのでしょうか?」


「どんなことを、ですか……ええと、出来る限り、台本から読み取れる王女像を思い浮かべながら、でしょうか……?」


 投げかけられた疑問へと返す言葉は、演ずるという行為においては、さも当然のこと。


「なるほど」


 けれどもそれは、委員長の求めているものとは少しばかり異なっていた。


 演劇、演目、主演の配役に至るまで、先頭に立ってクラスを引っ張ってきた彼女が、此度の祭りごとの最中に求めるもの。



 即ち、演劇を通して未代と麗の関係を進展させ、未代のたらしっぷりに歯止めをかける――まあ要するに、私利私欲による出し物の私物化ということなのだが。

 しかし、例え原動力が私欲であったとしても、クラスメイトたちが嬉々として乗っかった時点で、それは最早クラスの総意と言っても過言ではなくなる。

 まさしく大義を得たりといった有様。そしてだからこそ、委員長の中に妥協という言葉など存在するはずもなく。


 委員長改め『一心教(The one's)』教徒としての目的を達するためには、二人がただ役になりきって演ずるというだけでは駄目なのだ。

 演劇という箱庭の中にあって、手を取り踊っている相手は未代(シンデレラ)なのだと、麗にはその辺りをしかと意識してもらわなくては。


「そうですね、では……」


 そんな魂胆があるからこそ何の気後れも呵責もなく、演技指導という名目でもって彼女は、演劇に臨む麗の心境を少しずつ誘導していく。


「あなたは王女であり、シンデレラの相手役であり、同時に深窓 麗でもある……そんな心持ちで演じてみてはどうでしょうか」


 これは単なる作劇ではなく、未代(ヒロイン)(ヒロイン)がきゃっきゃうふふする、現実(リアル)に則した物語なのだと。


「深窓 麗でもあるとは…………いえ、それはもう、演技とは呼べないのではないでしょうか……?」


 麗の疑問もさもありなん。

 いやさしかしこの女、そんな懐疑など口八丁手八丁で誤魔化してしまうというのだから恐ろしい。


「そんなことはありません。観客を引き込む演技とは、役柄と役者が一体となることではないかと、私は思うのです。本来は自分とは異なる存在であるはずの『役』に自らを見出し、また同時に、『役』とは(おの)ずから()ずるものでもある……魂を込めて演ずるとは即ち、自らの心を『役』という金型に流し込む鋳造のようなもの……言い換えれば、芸術品の如く完成された『役』とは、演者自身の心によって形作られている……そう、私は、思うのです」


 早口で畳みかけるようにして言うその言葉は、なにやらそれっぽいようなそうでもないような、揺るぎない自信から来る謎の説得力を多分に伴っていた。


 静かながらも堂々と佇む委員長の姿に、さしもの麗も、


(成程、一理有るような気も……)


 などと、思わず呑まれてしまうほどに。


 直接は口にせずとも、役への向き合い方といういかにもなお題目でもって麗の意識を誘導し、シンデレラという舞台の上に彼女自身を引きずり出していく。


「――おっと、もう時間ですね。続きはまた放課後に……深窓さんはそれまで、私が述べたことについて少し考えてみて欲しいのですが……」


「そうですね……わたくしも、何か大事なことのような……そんな気がしてきました」


 真剣な表情で考え込みながら自身の席へと戻っていく麗は、完全に一心教徒の術中に嵌ってしまっており。


 そんな令嬢の背にほくそ笑みながらも、彼女はさらに、次なる布石を打つ。


「あの、黄金さん、白銀さん。一つ、お願いがありまして」


「んー?」


「私たちに出来ることなら」


 先の一幕を少し離れたところから見守っていた、蜜実と華花の元へ。


「『一心教(The one's)』の一員として、お二人を利用する形になってしまうのは心苦しいのですが……」


「私たちは、あなたたちのシンボルマークなんでしょ?だったらむしろ、利用してなんぼなんじゃない?」


「ていうかそれ以前に、クラスメイトだしー」


 妙なところで義理堅い敬虔なる信徒に、思わず苦笑をこぼす女神二柱。

 この二人が、このタイミングで、彼女からの協力要請を断るはずがないのだ。


「ありがとうございます。では、お二人には是非とも、深窓さんのお手本になって欲しいのですが……」


「「お手本?」」


「ええ、つまりですね――」


 そも『一心教(The one's)』だなんだという以前に、二人は最初から、友人を取り巻く面白そうな一幕に、乗っかっていく気満々なのだから。


 次回更新は8月19日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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