88 V-馴れ初めのお話でも
「てかそもそも、白ウサちゃんさんはどんな風に先輩と出会ったんすか?」
疑問を乗せたリンカの視線の向かう先。
バニーガールな美女の本性が超絶陰キャストーカー女であるならば、それこそ如何にして、陽の権化が如き未代と交流を持つに至ったのか。
ライバル云々以前に普通に気になることとしてリンカが問えば、ノーラも追随するようにして頷いて見せる。
「確かに、現実での白ウサちゃんさんは、その……あまりフレアさんのような方とは関わりが無さそうなものですが……」
「ふふふ、そこには聞くも涙語るも涙な深ーいワケが……あったら良かったんだけどね。ま、単なる偶然ってやつ☆?」
「中三の頭ごろ、内部受験組向けに高等部の校舎を見学する~みたいな企画があったんだけど。そん時にあたし、校舎内で道に迷っちゃって。うろちょろしてたらたまたま、ウサちゃんさんと出会ったって感じ」
中、高、そして系列大学と学年が上がるにつれて大きくなっていく、百合園女学院の各校舎。当時中学生だった未代にとって、高等部の校舎棟は広く、未知であり、そして何よりも真新しく見えるものであった。
陽気のままについつい勝手に歩き回り、見事に道に迷ってしまったのが必然であったとするならば、その先での卯月との邂逅は、まさしく偶然と呼ぶに他ならないだろう。
「空き教室でいつも通りボッチ飯キメてたら、急に中等部の制服着た子が入ってきてマジでビビったわ☆普通に話しかけてくるしっ☆」
無敵状態な白ウサちゃんだからこそビビったなどという言葉で済ませているが、実際その時の卯月の慄きようと言ったら、まるで化け物か何かにでも遭遇したかのようなそれであった。
相対した未代が、驚きを通り越して「あたしってそんなにヤバい顔してるのかな……」とショックを受けたほどに。
「なんか、めちゃめちゃ想像付きやすいシーンっすね……」
「ええ……」
未代の物怖じしない性格に、先の一幕からでも分かる卯月の挙動不審っぷり。
普通とはかけ離れたファーストコンタクトであったことは、リンカもノーラも想像に難くなかった。
「「あのー、すいませーん」「んぇぉ!?っ、だりぇっ(舌を噛む音)、っ、んぐぅっ(米が喉に詰まる音)!?ぐ、う゛、んぶぉっ(むせる音)!?!?!?」みたいな感じだったぞっ☆」
「再現度たっか」
よくもまあそこまで事細かに覚えていたものだと感心するフレア。
その実、再現度が高いと言い切れるほど、自身もまたその一幕を鮮明に記憶していることは自覚出来ていない彼女であった。
「馴れ初めかぁ……いっちばん最初に会ったとき、ハーちゃん一瞬固まっちゃってたけど、あれってー」
「ミツに見惚れてた。こんなに可愛い子が、このセカイにはいるんだって」
一方こちらバカ婦婦、友人たちの話を肴にいちゃついていた。
「えへへぇ。今だから言うけど、じつはわたしもハーちゃんに見惚れてたよ。それで思わず言葉を失っちゃってたら、ハーちゃんの方から声をかけてきてくれたんだぁ」
「うん。まあ、薄々そんなことだろうとは思ってたわ」
今思い返せばあの時、目が合った瞬間に止まった時間の中で、互いに見惚れ合っていたのだろう。
馴れ初めというのならば、正しくそれが二人の始まりだった。
「――ま、おねーさんとフレアちゃんの出会いはそんな感じ。ほら、今度はそっちの番だぞっ☆」
戻ってテーブルでは白ウサちゃんの話もひと段落し、今度はリンカが問われる番になっていた。
「自分は別に普通っていうか、中等部三年の頃に高等部の寮と親睦会があって。その時に知り合った感じっすね」
その日、ジュース片手に適当にはしゃぎまわっていたら、いつの間にか仲良くなっていた。
どちらの視点から見ても、市子と未代の馴れ初めはそんなものであり、何か特別なことがあったわけではないけれど、なんとなく気が合った。
「なんで、特に語るほどのものじゃないっす」
今では、少しばかり落ち着きを身に付けた未代が、変わらず小型犬のような市子を諫める場面も多くなりはしたものの……二人の間にあるものは、本質的には何も変わっていない。
「そうねぇ。ま、バカなことやるときは、大体リンカと一緒って感じ」
何か面白そうなことがあれば、二人で首を突っ込んでいく。
例えば、突発流しそうめん大会、寮内対抗ドッジボール、夏の定番肝試し等々。
夏季休暇の間だけでも、必ずしも発起人ではあらずとも、二人が乗っかって遊び倒したイベントは数知れず。
高等部の学生寮で起こるちょっとした珍事や催し物なんかには大抵未代と市子が絡んでおり、その都度楽しそうに笑い合う二人は、最早寮内でのちょっとした名物にすらなっていた。
「――そういえば私もミツも、最初から学生寮には入ってなかったわね」
再び戻ってソファの方、寮という言葉に反応してハナがそんなことを口にした。
「もちろん入寮することも考えたんだけどねー。消灯時間とかそういうので、ハーちゃんといる時間が減るのは嫌だなぁって」
「うんうん、分かる分かる」
学院側の管理下で共同生活を送る以上、がちがちに厳しいというほどではないが、やはりそれなりの規律というものは存在する。
それによって顔を合わせる時間が減ることを嫌った結果、どちらも学生寮ではなく近場の賃貸で一人暮らしをすると決めたのだが。
「二人とも寮に入ってたら、出会うのももっと早かったのかなぁ?」
「そうかもね。でも、寮だと一緒に寝たりとか出来ないし、やっぱり今のほうが良いかな」
「うんうん、分かる分かるー」
あったかもしれないもしもの話に、けれども二人はすぐに首を振り微笑む。
今こうして四六時中一緒にいられるのだから、過去の選択なんて最早どうでもいいのだ。むしろ互いに一人暮らしをしていたおかげで、今こうして何にも縛られずに一つ屋根の下で暮らしていられるとも言えるわけで。
「「同棲最高っ」」
享受する数々の幸福に思いを馳せながら、二人は揃ってそう口にした。
「――んじゃ最後は、ノーラちゃんの番ね☆」
「とは言いましても、わたくしの方も、さして物珍しい出来事があったわけではないのですが……」
いつの間にやら未代との馴れ初めを語り合う場となっていたお茶会のテーブル。
当人の言葉通り、ノーラの方も、出会いに際して劇的な何かがあったわけではなく。
いや、まあ、百合乃婦妻の邂逅という、ものすごく衝撃的な出来事の余波を多分に受けてはいたのだが。
麗と未代の馴れ初めという点で見れば、偶然同じクラスになり、偶然VR実習でペアを組むことになったという、ただそれだけの話。
「勿論、仮想現実に慣れないわたくしを何かと気遣って下さったことには、感謝していますけれども。切っ掛けを作って下さったハナさんとミツさんのお二人にも」
「いえいえ」
「「いえいえー」」
見ようによっては、華花と蜜実のいちゃつきように当てられて茫然自失となり、モンスターに轢かれてしまったことを切っ掛けに、ハロワを絡めた二人の交流がより深まっていったとも考えられる。名前を出されたことで小さく手を振る二人に対してもノーラが感謝の念を抱くのは、ある意味当然のことだとも言えた。
また、このことをエイトが知れば「やはりお二方は人智を超越した至高の存在であらせられる」とか何とかよく分からない台詞を口にするであろうことも、当然のことだと言えた。
「一緒のクラスって、正直めちゃくちゃ羨ましいっすけどね」
何ともなしに偶然と言うノーラであったが、学生の時分であるリンカや白ウサちゃんからしたら、同級生、クラスメイトというのはそれだけで近しい存在であるように思われて、羨望の目で見ずにはいられない。
とはいえそれは、ノーラの方も同じであるのだが。
「わたくしにとっては、同じ寮に居ることの方が羨ましく見えてしまいますけれども……」
同棲とまではいかないものの、寮生同士ということはつまり、同じ場所に住み生活しているということであり。学生として以外の、プライベートな時間の多くを共に過ごしていることに、ノーラと白ウサちゃんが何も思わないと言えば嘘になるだろう。
「ヤバいっ、おねーさんだけ何にもなくないっ☆?」
「いや、白ウサちゃんさんはそもそも、付き合いが長いじゃないっすか」
出遅れているかと慄く白ウサちゃんに、リンカがジト目で突っ込みを入れる。
無論、付き合いの長さが全てだなんて言わないが、単純なその時間の差が絶対に覆らないものであることも、また純然たる事実。
以前華花と蜜実から、付き合いの長さなんて気にすることはないと言われた麗すら、時間の長さに伴う思い出の多さには、羨ましさを覚えずにはいられなかった。
「「「うーん……」」」
各々が各々の強みを持ちながらも、それが当人にとって当たり前過ぎるが故にいまいち自覚が持てず、結果、隣の芝はより一層青々と茂って見える。
それもまた、彼女ら『ティーパーティー』が膠着状態にあり続けた理由の一つなのかもしれない。
「何々、みんな。そんなにこのフレアさんと一緒にいたいの?いやぁ、あたしってばモテモテですなぁ」
「「「……はぁ……」」」
「え、なに、そんなに面白くなかった……?今の発言」
純度100%のジョークとして爆弾を投げ込んでくるフレアの鈍感っぷりこそが、ここまで緩やかにこじれている最大の要因であることは、勿論言うまでもないことだろう。
次回更新は8月15日(土)18時を予定しています。
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