87 V-カミングアウト(知ってた)
「――そう!この白ウサちゃんおねーさんこそが、噂の陰キャストーカー先輩だったのよっ☆いぇいいぇい☆☆☆」
「お、おぉぅ……」
星降り注ぐカミングアウト。
さしもの市子もこれには、引き気味な呻き声を上げずにはいられなかった。
「やはりそうでしたか……いえ、全く、似ても似つかないのですけれども……」
納得と困惑の入り混じった矛盾の塊のような表情で、麗もまた呟きをこぼす。
放課後、教室に現れては瞬く間に逃げ出した本人に代わって、未代から卯月の人となりその他諸々を根掘り葉掘り聞きだした麗と市子。
さも大切そうに手にしていたあの髪飾りが、未代にとっては妙な意図などない普通のプレゼントであることをしっかりと確認した後、いつものようにハロワのセカイで再合流した『ティーパーティー』と百合乃婦妻であったが。
同クランの一員として同じく合流した白ウサちゃんは、『ティーパーティー』のルーム内で、開口一番、誰に問われるでもなく自らの正体を明かしてみせた。
そう、自身こそが、先ほど一瞬だけ姿を見せたセンパイこと、槻宇良 卯月その人であると。
「え、ウサちゃんさん誰かのストーカーだったんですか?だれ、百合乃婦妻?」
「そういうところだぞっ☆」
被害者としての自覚が皆無な未代。
そういうところに惹かれ、けれどもやきもきさせられてもいる……そんな白ウサちゃんの言葉もまた、鈍感に過ぎるフレアには届かなかった。
「っていうか、ストーカーっていう自覚はあったんだ……」
「キャラ変わり過ぎてて、分かってても理解が追い付かないよー」
突然のカミングアウトに付随する情報量の多さに、ハナとミツですら若干の置いてけぼりを食らっている。
二人も麗も市子も、前々から白ウサちゃんの正体は件のセンパイなのではないか、という予想を立ててはいた。
けれどもそれはあくまで、『ティーパーティー』のメンバー数と現実で未代に深く関わっている人数が一致していたがために思い至ったことであって……白ウサちゃんのキャラと、音に聞くセンパイのストーカー気質はどうにも乖離していて、あまり現実味のある考えではなかったのだが。
「こっちだとおねーさんは無敵なのよっ☆いわゆるネット弁慶ってやつ?」
当の本人が言うのならば、間違いないのだろう。
たとえ誰もが、にしたってキャラ変わり過ぎでは?と思わずにはいられなくとも。
「ま、薄々感づいてはいたんだろうけど、こんな面倒くさいやつでごめんねっ☆今後ともよろしく☆」
挨拶すらままならなかった先の顔合わせとは打って変わって、自信満々な様子の白ウサちゃん。
自身が相当に難儀な人間であることは認めつつも、それを悪びれる様子は全くない。
言われてみれば、その豊満な肢体は現実でのそれと同じであり、顔付きもなるほど確かに、卯月が自身の美貌を臆することなく曝け出せばこうなるのであろうと思える、美しく整ったもの。
現実では大人しい人物が人が変わったようにはっちゃけ出すのは、仮想世界で度々見られる光景ではあるが、卯月は、まさしくその典型例だと言えよう。
「でもウサちゃんさん、なんだって今頃、正体を明かそうと思ったんです?ってかそもそも、結局さっきは何しに来たんですか?」
唯一、彼女の正体とギャップを知っていた未代からしたら、何故今更、こんなあけっぴろげなことをするのか少しばかり疑問に思えてしまう。
いや、タイミングや雰囲気的に、普通に考えれば分かりそうなものなのだが。自身の影響力というものを過少に評価し過ぎている彼女は、残念ながら決してそれには思い至らない。
「……そろそろ、リンカちゃんとノーラちゃんとも、腹を割ってお話する時期なのかと思って☆あとついでにそこの婦婦とも☆」
見ようによっては宣戦布告とも取れるその言葉に呼ばれた二人は小さく頷き、しかし中心人物であるはずのたらし女は、呑気に嬉しそうな声を上げていた。
「おぉっ、ここいらでさらに友情を深めようってわけですか。良いですなぁ」
何故かしたり顔で頷くフレア。
クランのリーダーとして、ひいてはバーチャル、リアルを問わず全員と深く関わりのある彼女としては、三人が今まで以上に仲良くしてくれるのは、純粋に嬉しいことであった。
これを機にリアルでも四人で出かけたり、遊んだりしたいなぁ……なんて考える未代が、三人が意図的にタイミングをずらし、二人きりで仲を深めようと画策していると気が付くことはないのだろう。
「ついでだって」
「てー」
一方、自他共に認める蚊帳の外婦妻は、そんな友人を取り巻く情勢が遂に動き出したことを、しかと感じ取っていた。
つまり、これは面白いことになるぞ、と。
「……そうですね。折角ですし、今日の探索は中止にして、このままここで親睦を深めるというのはどうでしょう?」
「もちろんっ、大賛成だわさ」
ノーラが(少なくとも表面上は)穏やかに提案すれば、フレアも、大きく頷いて同意する。語尾に付いたどこ由来とも知れないエセ訛りが、彼女の心中にある喜びを分かりやすく表していた。
「一応聞いておくけど、私たちも同席してて良いのよね?」
「どうぞどうぞ☆」
「わーい」
まあ二人とも、ダメと言われても居座る気満々だったのだが。
四人掛けテーブルで向かい合う『ティーパーティー』の面々を、少し離れたソファから見やるハナとミツ。
一見すると四人……というか三人の様相は、ただわいわいと雑談をしているようにも見える。されどもよく聞いてみれば、各々が普段フレアとどんなことをしているかを探り、時には自分から語って牽制をするといった、水面下の戦いが静かに繰り広げられていた。
「多角関係って、あんな感じになるんだねぇ……」
「ね」
中心人物であるフレアがそれに全く気が付くそぶりを見せないのは、相も変わらず彼女が超絶鈍感ガールだから……というのも、もちろんあるのだが。
それ以上に、ノーラもリンカも白ウサちゃんも歓談自体は普通に楽しんでいるものだから、漂うバチバチ感が程良く緩和されていることもまた確かであった。
三つの矢印が向かう先は間違いなくただ一人の少女ではあれど、一方で三人とも、フレアのたらしっぷりにやきもきさせられているという意味では、苦労を共通しているとも捉えられる。
言うなれば三人はライバルにして、同好の士にして、陽取 未代被害者の会でもあるのだ。クラメンであることも相まって、三人の間には既に、妙な仲間意識すら生まれていた。
そんな、珍妙にして複雑な人間関係。
他人の恋愛模様を間近で見るのが初めてなハナとミツにとっては、面白くないはずがなかった。
今まで二人とも、色恋沙汰と言えばただひたすらに当事者であり、他者のそれなど気に留めるべくもなかった。
けれどもこうして、自分たちの関係がどこまでも深まり、心に余裕が生まれてみれば、友人の惚れたはれただの言う話も、なかなかどうして興味深い。
特に、複数人が一人を取り合う構図など、それこそ自分たちとは全く無縁であったが故に。
「ねぇハーちゃん」
「ん?」
「ハーちゃんって今までに、誰かに嫉妬したことってある?」
自分との関係において、などという前置きは勿論必要なく、ミツがハナに問いかける。
「無いわね。ミツは?」
「ないねぇ」
さらりと答えたハナも、同じ言葉を返すミツも、分かっていて問うている。
いつ何時であっても。
その関係が、形を変えていこうとも。
例え、ぎこちなくもどかしい時期があったとしても。
どんな時だって、互いが互いの一番であることは、ただの一度も疑ったことはなく。
その様子を見てきた者たちは、誰一人として割って入ろうなどと考えもしなかった。
極論、二人の関係は今までもこれからも、二人だけで完結している。
恩人、友人、家族、その他諸々、取り囲む人々は数いれど。
華花を見る蜜実の視界に、蜜実を見る華花の視界に、ちらとでも映り込む存在など、永劫ありはしないのだから。
「そう考えると、わたしたちはやっぱり、幸せ者だねぇ」
「そうねぇ」
だからこそ、見ていて面白い。
寄り添い並んだ視線の向かう先、一人の友人を中心にして回る、複雑怪奇な恋心たちが。
次回更新は8月12日(水)18時を予定しています。
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