85 R-大抜擢
昨日の捜索で何一つ得るものもなく、けれどもその内、また機を見計らって捜査を続けようなどと密かに画策していた未代。
そんな物思いに耽る彼女に白羽の矢が立ったのは、学院祭に向けて時間を設けられたホームルーム中のことだった。
「――ということであれば、主役は陽取さんがふさわしいかと」
「……ん?はい?呼んだ?」
突然名前を呼ばれ、未代の意識は現実世界に引き戻される。
顔を上げれば、和歌に代わって教壇に立つクラス委員長 兼 『一心教』教徒の女生徒の視線が、こちらを鋭く射抜いていた。
黒いボブカットの毛先を揺らし力強く頷くその姿は、どこか、並々ならぬ神託を帯びた宣教師のようですらあったとかなかったとか。
「えっと……」
二年二組の出し物が、童話を元にした演劇と決まったことまでは覚えているのだが。その後はどうやら、失われし秘宝を追い求めるあまり、話が耳に入っていなかったようだ。
「主役ってことならそれこそ、うってつけな二人組がいると思うんだけど……」
気もそぞろになっていた負い目からか、はたまた重役を嫌がってか、未代は自分よりもよほどお題目に相応しいであろう友人婦婦を見やるのだが。
「黄金さんと白銀さんは、やはり身バレ防止の観点からもあまり目立ち過ぎない方がよろしいかと……という話を今、ワタシがしたばかりなんですけど……陽取さん、さては聞いていませんでしたね?」
どうやらその辺りの話は既に終わってしまっていたらしく、教室前方の隅で話し合いを見守っていた和歌から突っ込みが入った。
「あ、あはは、スイマセン……」
眼鏡越しにじろりと光る和歌の視線に、図星を突かれた未代はただただ謝ることしか出来ない。
無論、和歌としても本人たちが望むのであれば、主役だろうが何だろうが生徒の意思を尊重するつもりではあったのだが。当の華花と蜜実は、現実世界でまで不用意に目立とうというつもりもなく、まあほどほどの役柄で良いかなどと考えていた。
「……えー、なのでやはり、主役は陽取さん、ヒロインは深窓さんが堅いかなと私は思うのですが」
和歌から再びバトンタッチされた委員長の言葉は、静かながらも自信に満ちたそれであった。
……むしろ自信というか、何かこう、使命感のようなものすら感じられた。
固定カプ信者として、ここでこの二人の関係性を確固たるものにしようという、何やらそんな感じに暴走気味な意図が。
「や、麗がヒロインってのは同意だけど」
「わたくしがヒロイン役を、ですか……」
麗の面持ちが少しばかり緊張に彩られているように見えるのは、役どころの大きさ以上に、相手役が未代だからこそであることは、言うまでもないだろう。
というかこの時点で既に、麗の中では未代が主人公役であると完全に決定してしまっていた。本人はまだ乗り気ではなかったが。
「皆さんどうでしょう、この配役、私的にはかなりしっくり来てるんですけど」
麗が好感触であるのを良いことに、委員長はさらにクラスメイト全体へ向けて畳みかける。
その目には「絶対面白いものが見られるぞ」というメッセージがありありと浮かんでおり。こういうときに無駄な団結力を発揮する二年二組一同は、即座にその意図を組み、口々に賛成の意を示して見せた。
「良いと思う」
「賛成ー」
「深窓さんはまんま上流階級って感じだし」
「陽取さんもなんか、うん、それっぽいよ」
「え、あたしそんなに辛気臭い顔してる?」
「庶民派ってこと」
「……この配役なら、劇見た後輩ちゃんがきゃんきゃん噛み付いてきそうで良き……」
最後に小さく呟かれた百合修羅場厨の言葉に、やはりこいつは要注意人物だなと、委員長は内心でマークしたとかしないとか。
「あぁ、この感じ、もう逃げられないやつかぁ……」
クラス全体からの賛成を受け、未代は早くも観念する。
諦めが早いというか切り替えが早いというか、とにかくこういう時、未代はさくっと現状を受け入れられる性分であった。
「おっけおっけ、持ち上げられたからにはやってやりますよっ。麗、頑張ろうね」
「は、はいっ」
「では、お二人の配役は決定で。よろしくお願いしますね」
教室内で上がった拍手の音は、生徒たちの私欲で多分に塗れており。
(ふむ……この二人も何だかんだ良い感じですし、これはワタシも楽しめそうですね……!)
何なら、同じく控えめに手を叩く教員すらも、未代と麗に邪な視線を向けていた。
「はい、続いて他の役も決めていきますが――」
こうして、未代を主役、麗を王女役に据えた演劇『シンデレラ(ガチ百合)』の配役は、賑やかなムードの中で取り決められていった。
◆ ◆ ◆
「――ってことをさっき、市子とセンパイに伝えておいたんだけど……」
クラスの出し物、その中での未代と麗の配役。
それらを未代からデバイスを通じて聞かされた駄犬気味な後輩と謎のストーカー先輩の心中は、とても穏やかではいられなかった。
「せんぱーいっ!!」
それこそ市子が放課後、いの一番に未代のいる教室へと駆け込んで来るくらいには。
「……おぉ。まぁ、いらっしゃい……?」
返ってきたメッセージの文面からこうなることは予期出来てはいたが、とはいえそんな、全力で駆け込んでくるほどのことなのだろうか……なんて、相も変わらず乙女心の機微に疎い未代には、赤毛を揺らす後輩を戸惑いがちに出迎える以外の選択肢はなかった。
「クラスでの劇の話、ホントっすかっ!?」
「え、うん。何やるか決まったら教えるって言ったし」
「先輩がシンデレラで、深窓先輩が王女役っていうのも!?」
「うん……てか、そこでウソつく意味ないし」
彼我の温度差に戸惑いながらも淡々と事実を述べる未代に、市子は堪らず歯噛みする。
たかが演劇の配役一つ。されどもそれが、劇的な恋に落ちる主人公とヒロインの組み合わせともなれば、笑い飛ばすのは容易ではなかった。
特に、相手役が麗だというのならば、なおのこと。
「うぅぅ……」
「えっと……」
市子は、決して麗のことが嫌いなわけではない。むしろ、同じクランに所属し、それを機にリアルの方でも交流を持つようになった彼女のことを、良い人、良い先輩だと好意的にすら見ている。
しかしそうして仲が深まったからこそ、深窓 麗という人物の魅力は翻って脅威にも思えてしまう。憎からず未代を想っているもの同士……すなわち、ライバルとしては。
ただでさえ同学年同クラスという(市子からしたら)多大なアドバンテージを持つ麗が、学院祭の出し物という特殊な状況下で、演劇とはいえ未代と疑似恋愛を繰り広げる。
それは、麗が未代を中心とした輪に加わって以降、最大の大事件だとすら言えた。今までなんだかんだ言って小康状態を保ってきた『ティーパーティー』内のバランスが、ここに来て崩れてしまう可能性すらある一大事。
さしもの市子とて、他クラスの決めごとにまで噛み付くほど分別の付かないわんこではない。けれどもしかし、だからと言ってはいそうですかと納得するには、どうにもただならぬ予感がしてならない。
子犬めいた嗅覚で狂騒の匂いを嗅ぎ取った彼女に出来るのは、こうして未代の元へとはせ参じ、伝わろうはずもない不満を控えめに滲ませることと。
「…………」
此度、遂に一歩踏み出してきたかの令嬢へと、複雑な感情の入り混じった視線を向けることくらいか。
まあ実際には踏み出したというか、果てしなくお節介な信徒が強引に背中を押してきたといった具合なのだが。
「…………」
小柄な市子の見上げるような視線に、麗の方もまた、どう返したものかと言いあぐねていた。
「あぁぁ、このバチバチした感じ、沁みるぅぅ……」
なお、百合修羅場厨は殊更に上機嫌であった。
次回更新は8月5日(水)18時を予定しています。
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