84 V-周年記念もほど近く
深い谷の底を歩く六つの人影。
「八周年、ですか」
その内の一人、修道服めいた黒いローブを纏った深緑髪の少女――ノーラが、小さくそう呟いた。
「うん、確か運営からも情報出てたよね?」
返すフレアの言葉通り、全プレイヤーへと不定期に通達されるアナウンスによって一応その概要を知ってはいたものの……とはいえそれだけでは、あまりピンとは来ていないノーラ。
それもそのはず、そのアナウンスの中には、
〈周年イベント期間中は、ぜひ皆々さま仮装しての仮想セカイをお楽しみください〉
などという、しょうもない文言が含まれていたのだから。
「仮装してっていうか、仮装されられて、って感じっすけどね」
ピコピコと犬耳を揺らすガンスリンガー、リンカの補足を受けてノーラは、ふと、教祖より賜った『一心教』は聖典の一節を思い出した。
「ハナさんとミツさんが魔女とその使い魔になっていた写真がありましたけれど、あのような感じでしょうか?」
「そうそう」
「そんな感じー」
フレアら『ティーパーティー』の後ろでいちゃつきながら、その節を思い起こす二人。魔女になったり黒猫になったり、アンデッドになったり人狼になったり……その時期には毎年毎年、嫁の普段とは異なるアバターを楽しめるものだから、ハナもミツも割合、周年イベントは楽しみにしていた。
「仮装は強制、しかもみーんなランダムで種族まで変わっちゃうもんだから、大体毎年、そこかしこで騒ぎが起こってるぞっ☆」
今日も今日とてバニーガールな白ウサちゃんのようなプレイヤーにとっては、仮装なんて日常茶飯事のようなものなのだが。
とにかく、普段は放任主義を地で行く運営が、おそらくもっとも大掛かりにプレイヤーたちへと介入する催し物。
それこそが[HELLO WORLD]周年イベント。
ハロウィンに近い時節ということでそれに乗っかり、イベント期間中は全プレイヤーが何かしらの異種族へとステータスを書き換えられる。
各種族の持ち得る特性までもが反映され、さらには期間中デスペナルティの類が免除されるということも相まって、あちらこちらでバカ騒ぎめいたPVPやら、イベント限定のモンスターとの戦闘やらが行われていたりするのである。
「それはまた、何とも混沌とした様相ですね……」
見た目の上でだけのコスプレではなく、本当にアバターの能力値まで変動してしまう当該イベントに、一周年時などはそれこそ困惑や非難の声が上がることもあったものの。
所詮は期間限定、むしろそのカオスっぷりがハロワらしいと、気が付けば年に一度の運営の暴走も受け入れられ、今日ではすっかり、プレイヤーも運営も羽目を外すお祭りイベントと相成っていた。
「自分は、この耳がなくなっちゃうのはちょっと落ち着かないっすけど……」
テンガロンハットと髪の間から除く赤毛の犬耳を撫でながら、リンカがそう呟く。
「いやアンタ、去年は人狼系だったじゃん」
耳どころか全身モフモフの灰狼と化していた後輩の姿を思い出し、フレアが突っ込みを入れた。
「何言ってるんすか先輩!犬と狼じゃ全然違うっす!赤毛と灰色なんて白と黒くらいの違いがあるんすよ!」
「そ、そう……」
勢い込むリンカの当人以外よく分からない謎の拘りポイントに、『ティーパーティー』の面々はそろって苦笑いを浮かべるしかなかった。
「今年は何になるかなぁ」
「去年のミツはマミーだったよね」
ここでのマミーとは言うまでもなくミイラ女のことであり、決してミツがハナのママを名乗りだしたわけではないのであしからず。
その時のミツの姿を思い出し、リアルだったら包帯引っ張ってあーれーみたいなことも出来たのかなぁなどと、今だからこそ思い浮かぶアレな妄想に浸るハナ。
「……今度、やってみる?」
例によってその邪な念を読み取ったミツが小さく呟けば、
「……ぅん」
同じくハナの方も、前を歩く友人たちにも聞こえない程に、小さく小さく頷いていて。
後ろでそんな脳みそピンクなやり取りが行われていることなどつゆ知らず、フレアはクランメンバーたちに、いつもの如く屈託のない笑顔を向けるのであった。
「それに今年は、今までにない重大発表もあるとか何とか言ってたけど」
「ハロワの運営がああいう言い方するのは珍しいよねぇ」
詳細に関しては一切触れず、ただお楽しみにとだけ告げられた、8周年を記念した何か。全く情報がないものだから、発表直後からプレイヤー間ではあれやこれやと好き勝手に予想や希望や願望が垂れ流されていた。
「ま、いちプレイヤーに過ぎないあたしたちには、運営様のお言葉通り楽しみに待ってるコトしかできないんだけど」
慇懃な物言いと共に肩をすくめたフレアは、そんなことよりも、と視線を前へと投げかける。
眼前に広がる、断崖に挟まれた殺風景な谷底の細道へと。
「今日はほら、『失われし秘宝』探しってね!」
その瞳は心なしか、いつもより輝いているようにも見えた。
「ホントにあるんすかねぇ、そんな都市伝説の代物……」
対してリンカなどは、半信半疑といった様子を隠そうともせずに半目でフレアのサイドテールを追っている。ノーラ、白ウサちゃんの方も、なんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。
「フレアさん、こういった都市伝説がお好きなんですね」
「おねーさんもそういうのは嫌いじゃないけど、本気で探そうとは思わないわねぇ……」
さしもの白ウサちゃんですら、語尾の☆が鳴りを潜めてしまう。それほどまでに、かの失われし秘宝とやらは不明瞭で眉唾な代物であった。
「む、何さみんなして……いいもん、だったらあたしとハナとミツだけで探すし」
「いや、私たちも正直見つかるとは思ってないんだけど」
「うんうん、なぁーんにも手掛かりとかないしねぇ」
フレアの些か強引な誘いによって今日この場に呼び出されたハナとミツも、あまり乗り気ではない様子。
そも、なぜ今になってフレアが件の都市伝説熱を再燃させているのか。
それはひとえに、後ろを歩く百合乃婦妻が、新たなスキルを習得したからであった。
かつてこの渓谷を舞台に発生し、かの逸話にあやかって『聖者の妄執』と名付けられたスタンピード。そのボス級のモンスターからドロップし、しばらくはストレージの肥やしとなっていた霊石が、遂に一つのアイテムとして昇華されたのがつい先日の出来事であり。
何が切っ掛けで隠し要素が解禁されるか分からないこの[HELLO WORLD]において、フレアが都市伝説探査隊を緊急招集するのは当然のことだと言えた。
むしろ、婦婦を慮って夏休み中は自重していただけ、まだ我慢した方だろう。
「何言ってんの!秘宝への『鍵』に選ばれた二人がそんな調子じゃ、見つかるもんも見つからないわよ!」
威勢良く叫びながら、フレアはコンソールを開き何やら操作する。
すると、身に纏っていた重厚な鎧が一瞬にして、まるでインディーでジョーンズめいた探検家の装いに。
「「「お、おぉ~……!」」」
予想以上の気合の入りっぷりと、意中の相手の今までにないコスチュームに、図らずも『ティーパーティー』の面々は、揃って声を上げていた。
「勿論、みんなの分も用意してあるからっ」
そういってさらに指先を動かせば、その場にいた全員のアイテムストレージへと、同様の探検家コス一式が送られる。
「ほら早く、着替えた着替えた!」
促されるままに袖を通す『ティーパーティー』。
都市伝説などよく分からなかったノーラもこうなれば少しばかり、ワクワクとした気持ちが湧いてくるというもの。フレアとお揃いの衣装とくれば、猶更のこと。
「おぉ、なんか、良いっすねこれ!」
「アンタは絶対似合うと思ってたわ」
基本的に単純なリンカは、あっと言う間に探検隊の一員に。
「おねーさんも、中々悪くないんじゃない?」
「いよっ、グラマー美人探検家っ」
「☆☆☆!!」
おだてられて名状しがたい声を上げる白ウサちゃんも、決めポーズまで取り出しノリノリであった。
「ようし、探検隊『ティーパーティー』with『百合乃婦妻』、出発!」
「「「おぉーっ!!」」」
一瞬にしてクランメンバーをその気にさせたフレアを先頭に、四人は意気揚々と渓谷の底を歩いていく。
「みんな元気だねぇ」
「ね……まぁでも、ミツの可愛い恰好見られたからいっか」
「えへへぇ、ハーちゃんの探検家コス用意してくれたお礼に、今日くらいは付き合ってあげてもいいかなぁ」
こういうとき、『百腕の単眼』を持ち出せないのは不便だなぁ……などと思いつつも、取り合えず『視覚転写』で互いの凛々しい立ち姿を撮るハナとミツ。
それから、渋々といった面持ちで四人の後に続く二人であった。
――なお、その日の探索では案の定、何一つ成果は得られなかった。
次回更新は8月1日(土)18時を予定しています。
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