81 V-最後の課題 ハナの場合
「くぅ……!」
迫る大剣を、紙一重でどうにか躱す。
ぬかるみにでもはまったかのように鈍重な足を何とか動かし、反撃のため一歩前へ。
「おっ、とっ!」
しかし、振り下ろしたその長剣は、相手のプレートアーマーの手甲部分によって阻まれ、そのまま受け流されてしまった。
「『攻盾』!」
続けざまに盾による打撃を放つ少女――ハナの鋭い視線は、眼前の重騎士――フレアを射抜いていなかった。
どこかピントのぼけた視界の端に相手を捉えつつ、ハナは大剣で受け止められた自身の小盾から、ふっと力を抜く。
「うわぁっ!?」
スキルの乗った攻撃を受け止めるため、幅広の刃を手で支え力を込めていたフレアは、反発する力を失い思わずたたらを踏んでしまった。
その隙を逃さず、長剣『比翼』をフレアの首元、鎧の関節部へと差し込もうと振り上げるハナだったが。
「やぁっ!!」
「っ……!」
視覚外からの一撃――前につんのめる勢いのまま繰り出された、フレアのやけくそ気味なローキックを受けて、体勢を崩してしまう。
がきん、と、狙いのぶれた剣先が鋼鉄の襟元に弾かれ、今度はハナが一歩引いて。生き延びてしまったことに驚きつつも、フレアが大剣を横薙ぎに振り、今一度攻勢に転じた。
未だ前のめりに姿勢を崩したままの、不十分な一撃。けれども同じく態勢の整わないハナに、それを躱すことは能わず。
「ぐぅっ!!」
何とか『霊樹の防人』を構え、しかしやはり受け止めきることは出来ず、横へと大きく吹き飛ばされてしまった。
「っ!やったっ!あたし、ハナを――」
確かな有効打に、フレアは思わず声を上げる。
興奮気味な笑みを浮かべながら態勢を整え、追撃を加えるべく近づこうとして――
「『閃光』!」
その右目に、一筋の光線が突き刺さった。
「あだぁっ!?!?」
地面に膝をついたまま、剣を握る右手の指先から放たれたハナの光線系スキル。
クイックスキルであるため威力こそ低いものの、不意打ち気味に眼球を直撃したことにより、フレアは大きなショック効果と視界不良を食らってしまう。
思わず片手で右目を抑え痛みに悶えるフレアへと、地を転がるような、お世辞にも軽快とは言えない動きで肉薄したハナが、今度こそ『比翼』を翻し。
「はぁっ!」
それでも何とか、のけぞり躱そうとしたフレアの首元へと、銀色の刃が届く。
致命には至らずとも、その一撃がフレアへと与えたダメージは、最早巻き返すことが出来ないほどのものであった。
◆ ◆ ◆
「きつかったぁ……」
模擬戦終了後、訓練場に隣接するカフェテラスの一角にて、ハナは溜息と共にそうこぼした。
「お疲れ様ぁ」
隣に座り労うミツの方も、我が事のように鬼気迫る雰囲気で観戦していたものだから、その顔からは幾分か気疲れした様子が見て取れた。
対面にはフレアとノーラがおり、そちらでは敗北を喫した重騎士を修道女が慰めるという、なんとも絵になりそうな一幕が繰り広げられている。
「うぅ、最後の最後で油断したぁ……」
「惜しかったですね。途中までは、拮抗していたように思えたのですが……」
悔しげに呟くフレアに、ノーラも善戦を称える。
片割れとはいえ、あの廃人の膝をつかせることが出来たのだから、思わず気が逸ってしまうのも無理はないとも言えるし、そこで油断なく立ち回れない辺り、まだまだ経験が浅いとも言えよう。
「……最後の目潰しは正直まぐれ当たりだし、実際あのまま負けちゃってた可能性もあると思う」
常であれば『閃光』は狂い無く眼球を貫くと断言出来ただろうし、もっと言えばそもそも、あの程度の攻防でハナが膝をつくことなど有り得ないのだが。
「やっぱり、ミツがそばにいないとキツイよ……」
一人で戦うというその行為自体が、ハナの能力に大きな枷をかけてしまっていた。
夏季休暇も残すところ僅か数日となり、夏休みの課題も無事に片付けた華花と蜜実に残された、最後の難題。
すなわち、単独行動時のパフォーマンス向上。
VR実習の授業によって判明した、ソロ行動時には著しく動きが鈍ってしまうという二人の弱点。
主に進学という点において大き過ぎるその問題を解決し、今後ますます本格的になっていくであろうVR実習に備えるべく、夏休みの間に克服せんとしていた最後にして最大の課題に二人は今、どうにかこうにか立ち向かっていた。
「……いやでも、マジでこんなコトやってのけるんだから、凄いというかなんというか……」
フレアの言葉が関心半分、呆れ半分なのは、ハナとミツが解決策として編み出した手法が、あまりにも常軌を逸していたからであり。
「常に目を合わせ続けるだなんて……ロマンチックでとても素敵ですね!」
ノーラがうっとりと目を細めながら言うそれは、一度聞いただけではまるで意味が分からないものであった。
共に戦えないのなら、せめて見つめ合っていよう。
隣り合って立てないのなら、せめて視線だけでも絡ませていよう。
そんな最大限の譲歩によって考案された手法こそがこの……
「それぞれが単独行動中であろうとも、そんなことはお構いなしに二人の視線を合わせ続ける」
……というもの。
見守っている方は勿論のこと、戦っている方も常に愛妻へと視線を合わせ、互いを視界の中心に据えたまま立ち回る。
要するに、戦闘に関係のない外野をガン見し、対戦相手の方は全く注視せずに戦うという自殺行為めいた戦法なのだが、これでも完全な単独行動時よりは幾分か戦績が良くなるというのだから、もう二人とも筋金入りであった。
眼前にいるはずの敵の細かい動きを捉えず、精神の安定のためひたすらに愛しい相手だけを見つめ続ける。立ち回りは勘と経験に頼り切り、それでも万全には程遠いが故に、死角からの不意打ちなどにはほとんど対応出来ないという無茶苦茶な戦いぶり。
あくまでも、致し方なく一人で戦う際に、最低限の動きが出来る程度にまで心身のコンディションを維持するための、極めて後ろ向きな解決策。
そもそも、単独行動とは言えど視界に入る範囲に相方がいなければ成り立たないという、根本的な解決にはなっていない急場しのぎのそれ。
今しがたの戦闘においてもハナは、相手の動き云々ではなく、テラスから見守っているミツを如何に視界の中心に捉え続けるかを念頭に置いて立ち回っており、だからこそフレアのやけくそキックを捉えることが出来ていなかったし、攻撃の際にも今一つ精度に欠けていた。
そんなハナの様子からも伺えるほどに欠陥だらけの、けれども二人が夏休み中、頭を捻りに捻ってどうにか考え出した苦肉の策。
最終的には、互いに別の敵と戦う――つまり全く別のことをしながらも、視線を絡ませ続けるというのがゴール地点らしいのだが……果たしてそれを『単独行動』と呼んでいいのか、疑問に思えてならないフレアであった。
「――じゃあ次は、わたしの番だねー……」
妻の雄姿を目に焼き付けたのち、まるで死地でも赴くかのような表情で、ミツが重い腰を上げる。
「ノーラちゃん、よろしくねぇ」
「はい、よろしくお願い致します」
ノーラと共にテラスから訓練スペースへと向かうその背からは、可憐な少女の姿には似つかわしくないほどの哀愁が漂っていた。
「ハーちゃん、見ててね……」
「うん。絶対、目、離さないから……」
恐ろしく悲壮な雰囲気で言葉を交わし、両の手に二振りの剣を構えるミツ。
相対し錫杖を構えるノーラの方も、表情を真剣なそれへと引き締める。
「いや、なんかノーラの応援しづらいなコレ……えと、じゃあ、試合開始っ!」
一人なんとも言えない表情を浮かべたフレアの声によって、二人の戦いが始まった。
次回更新は7月22日(水)18時を予定しています。
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