08 V-愛を込めてその首に
「ハーちゃんすきぃ……」
「私も好きー……」
ログインしてからゲーム内時間で数えて早数時間。その間二人は、文字通り一瞬たりとも離れることなく、ルーム内のベッドの上でひたすらに愛を囁き合って(健全)いた。
それはさながら、久しぶりに再会した遠距離恋愛中の恋人同士のような空気感。会えない時間(二時間足らず)が、それだけ愛を育むといったところであろうか。
「ん……」
「ミツぅ……」
背に回した指先で、薄い生地越しにミツの背中をそっと撫でれば、ワンピースから覗く滑らかな白い足が、ハナのそれをぎゅっと挟み込む。時折触れる左手薬指の冷たい感触が、ミツの背筋と心を熱く熱く泡立たせて。その熱と共有しようと身体を擦り付けるものだから、生まれる摩擦係数を遥かに凌駕した熱量が、ハナの肌と意思を融解させてしまう。
額を合わせ、至近距離で見つめ合っていると、綺麗な蒼眼に、深い碧眼に、吸い込まれていくようで。多幸感に、遂には声帯が仕事を放棄してしまうのも、仕方のないことなんだろう。
「「……」」
そんな二人の仕草の端々から漏れ出る、このまま無限に抱き合い続けてるのもいいかな……などという倒錯的思考が遮られたのは、ゲーム内メッセージの通知音によってだった。
「……ヘファからだ」
「もうできたんだぁ。はやいねー」
ゲーム内アナウンスや他のフレンド共からであれば適当に流し読みで済ませていたところだが、こちらから依頼した件とあればそうもいかない。
「急いで作ってくれたみたいだし、今から行こっか」
「おー」
一応、辛うじて、ギリギリ、その辺りの常識は持ち合わせている二人は、問題なければ今から受け取りに行くという旨を返信。すぐに返ってきた承諾のメッセージを確認すると 名残惜しげにベッドから起き上がった。
愛おしげな指使いで、少し乱れた相手の髪を整えてあげる。
それから、密着していた身体を一瞬だけ離し、お揃いの部屋着からお揃いの装備に着替え、再び腕を組み直した。この間僅か0.6秒。いつもより0.2秒ほど速いタイムであった。
「楽しみだねぇー」
「そうね。いつもいいもの作ってくれるから」
弾む足取りで部屋を出る二人の顔には、旧知の鍛冶師への期待と信頼がありありと浮かんでいた。
◆ ◆ ◆
「やっほー、きたよー」
「お邪魔します」
「いらっしゃい……」
意気揚々と訪れたハナとミツを迎えたヘファは、全身から隠しきれない疲れを滲ませていた。二人を連れ立って応接室へ向かいながらも、彼女は何度もまぶたを擦っており、足取りもどこか覚束ない。
「眠そうね」
「ちょっと熱が入っちゃって……気付けば二日間ほぼぶっ続けでやってた……」
[HELLO WORLD]内の時間は、現時点では現実世界の二倍の速さで進んでいく。つまりヘファは現実世界で徹夜、ゲーム内の体感的には二徹で作業をしていたことになる。『VRシステムに関する安全基準法』に則り、適宜ログアウトを挟みつつではあったものの……言葉通り熱が入ると平気でそんなことをするのはもう、ハナとミツには分かりきっていたことなので、今更止めたりはしないのだが。
そう、ヘファもまた、立派な廃人の一人なのである。
「だいじょぶー?」
「渡して感想聞いたら、さすがに寝るわ……」
今さら気にする仲でもなかろうと、何度も漏れ出る大きなあくびをヘファは隠そうともしない。
来客用のソファに二人を並んで座らせ、自分は向かいに腰かけるや、意識がある内にと言わんばかりに、完成した品を手早く二人のストレージへと送った。
「はい。サイズとかは大丈夫だと思うけど。デザインはまぁ、見てから判断して……」
言葉は素直じゃないけれども、眠そうなその顔は、満足のいく仕事をやり遂げた達成感に満ち溢れていて。
その表情にさらに期待を膨らませながら、ハナとミツはそれを取り出した。
「おぉー!」
「いい、すっごく良い!」
『貴女達の絆』と名付けられたそれは、オーダー通り『比翼』と『連理』、そして『私達の誓い』とデザインを共通した、チョーカー状の装備品だった。
薄く、軽く、複雑過ぎない形状が故に、金属製でありながらも、決して息苦しさを感じさせることはなく。
むしろ、左右から喉元を包み込むようにあしらわれた翼の意匠が、どこか軽やかな印象すら与えてくれる。
いやらしくない程度に輝く一等級の銀光沢が、翼の羽根一枚一枚や、絡みついた蔦をより立体的に見せていて。
それこそ指輪や剣と同じデザインであるのに、見飽きたという感想を欠片も抱かないのは、細かな装飾の一つ一つ、美しい輝きの細部に至るまでを、ヘファが心血を注いで作り上げたからという、ただその一点に尽きるだろう。
「かわいいー!」
「やっぱり、センス良いよヘファは!」
作り手の自負通り、それが素晴らしい出来栄えであることは、二人の喜色満面な表情と声音から容易に伺えた。
「お気に召していただけましたでしょうか?」
「「最高!!」」
「それは良かった」
声を揃えて言うその賛辞はシンプルながら、職人として友人として、これ以上に無い褒め言葉だろう。
「ふぁぁ……じゃあアタシは、流石にそろそろ落ちるから……って」
旧友の満足げな表情に、内心口にした以上の喜びを抱きつつ、気恥ずかしさと、それ以上に体を苛む眠気に従って、ヘファはログアウトしようとしたのだが。
「ハーちゃん……付けて、くれる……?」
「勿論。ほら、じっとしてて……」
なんか始まった。
「……ん……」
来客用のソファに座ったままミツと向き合い、自らの手に持った『貴女達の絆』の一つをそのほっそりとした首元へと近づけていくハナ。目を閉じ、少し上を向いて座すミツの姿は、まるで何かを乞い、待ち焦がれる乙女のそれで。
「出来た……すっごく似合ってる。可愛い。もう最高」
あしらわれた翼の装飾と、黄金色に輝く長い髪。そしてミツ自身の愛らしさが合わさり、ハナには目の前の少女が冗談抜きに天使に見えていた。
「嬉しい……じゃあ今度は、わたしが付けてあげるねー……」
幸せそうにはにかむミツの、甘やかな反撃。
「うん、お願い……」
クールな顔付きを初心な生娘の如く赤らめたハナに、言い様の無い愛おしさを感じつつも。ミツは柔らかな視線で、けれどもどこか蠱惑的に、彼女の蒼い瞳を絡めとる。
「だーめ……め、そらさないで……」
天使様にそんなことを言われては、逆らう術などありはしない。
「うん……」
「…………はい、できたよー。ハーちゃん、ほんとにかわいい……かわいすぎる」
カチリ、と小さな音を立てて付けられたそれは、まるで、大好きなこの子を決して逃がさない深緑の蔦のよう。
「ミツ……」
「ハーちゃん……」
指輪が永遠の愛を誓ってくれるのなら、この首輪は永遠の束縛を約束してくれるのだろうか……とかなんとか、若干危うい思考を共有しつつ、二人はいつまでも見つめ合っていた。
「……お願いだからそういうのは家でやってくれる?それかせめて外で。店閉められないんだけど……」
訂正、店主に店を追い出されるまで見つめ合っていた。
追い出された後は、店先でしばらく見つめ合っていた。
それが営業妨害になるか販売促進となりえるのかは、店主のみぞ知ることだろう。
「……っんとにもう、しょうがない婦婦なんだから……」
そう言えば、指輪のときも似たようなことがあったなぁ……と、自らの迂闊さを呪うヘファの顔に、隠しきれない笑みが浮かんでいたのは、本人のみぞ知ることだろう。
次回更新は11月10日(日)を予定しています。
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