79 V-試運転
両家への帰省も無事に終わり、愛の巣へと帰還した華花と蜜実。
数日の後、二人は[HELLO WORLD]にて新たに取得したスキルの試運転を行っていた。
「お二方、準備はよろしいでしょうか?」
「「おっけー」」
『フリアステム』内、モンスターの召喚が許された訓練スペースを借り、二人はエイトと向かい合う。
「それでは、行きなさい『影竜』!」
獲物……もとい、相手として選ばれたのは、エイトの使役するモンスターの内の一体である、真っ黒い外見をしたオオトカゲ。
黒く塗り潰され、名前の通り影の如く揺らめく、体長1.5メートルほどのその四足動物は、純粋なリザード種ほどの攻撃力は持ち合わせていないものの、俊敏性や回避能力に優れた、まさに二人の新スキルを試すに相応しいモンスターであった。
「――」
しゃあしゃあと擦れたような鳴き声を上げながら、『影竜』がミツの方へと迫る。まさしく影が地面を滑るかのような俊敏さでもって一瞬のうちに肉薄したその前足の先に伸びるのは、研ぎ澄まされた鋭い爪。
目の前で小さく飛び上がりながら振り下ろされたその爪を、ミツは一歩後ろに下がって回避した。
空振りした前足が地に着くのと同時、今度は無数に生え揃った牙で食らいつこうと、『影竜』は大口を開けて獲物に追い縋る。ミツの方も即座に反応し、左足を一歩下げ半身になって躱すものの……先以上にギリギリのその回避では、さらに続く尾の一撃まで避けることは難しいだろう。
なればこそ、ハナが『影竜』の横っ腹に蹴りを叩き込む。
些か優雅さに欠けるヤクザキックではあったものの、勢いの乗ったその一撃はオオトカゲに、緊急回避を取らせるほどの威圧感を与えることは出来ており。
するりとあいだをすり抜けるようにして、『影竜』は二人の後ろへと駆け抜けていった。
「おぉー。久しぶりに見たけど、やっぱり早いねぇ」
「うん。それになんていうか、こう、危機察知能力が高いというか」
蹴り込む瞬間、こちらにぎょろりと向けられた切れ長な目から、爬虫類の本能めいたものを感じ取ったハナ。
その俊敏な身のこなしを称賛しつつも、ミツは余裕のある態度を崩さない。
そも、二人は別に『影竜』と戦うのが初めてというわけでもなく、まあやりようはいくらでもあるのだが……
今回の目的はあくまで、新スキルの試運転。
「――」
身を翻した『影竜』は、今度は自身を足蹴にしようとしたハナの方へと狙いを定めた。
初撃よりも更に身を伏せ、地を這うようにして瞬く間に接近すると、その顎を大きく開き、右の足へと食らいつく。
先と同じような後方への回避は読まれていると見たハナは、噛みつかれる前にその口を地面に縫い付けてやろうと、『比翼』を突き立てた。
しかし、やはりそこは俊敏性に優れたモンスター。紙一重で刃を躱した『影竜』は、そのまま勢いを殺すことなく身を起こし、両の爪を振り上げる。
「っ」
既に構えられていた小盾『霊樹の防人』の表面を、その鋭い爪がなぞっていき。受け流されたオオトカゲの体が、ハナの横へと滑り抜ける。
どちらも攻めの手は通らず、先と同じくそのまま後ろへと逃げようとした『影竜』の背を、ハナの鋭い眼光は確かに捉えていて。
「――『時よ止まれ』」
故に、ミツの放った一言は、ほんの一瞬、『影竜』をその場へと縫い止めた。
「――」
驚愕にしゃあと鳴くよりも早く、そのスキルは効力を失い。
それよりもなお早く、ハナの刃が黒いトカゲの身を貫く。
スキルではなく、今度こそ『比翼』によって地面へと縫い付けられた『影竜』の頭上に、二振りの影が落ち。
すとん、と。
まるで抵抗を感じない感触と共に、ミツの刃がその首を落とした。
「――お見事です」
HPを全損し消えていく使役獣の姿に、エイトが称賛の声をこぼす。
少し離れた所で見ていたヘファも、その結果を見て満足げに頷いていた。
「ふむ、なかなか良い感じなんじゃないかな?」
同じく推移を見守っていたケイネシスのお墨付きも得て、ハナとミツは小さな笑みを浮かべる。
「うん、だいぶ良い感じ」
「いい感じー」
顔を見合わせて言う二人の、首に輝くチョーカー状の防具『貴女達の絆』。
喉元を包み込みようにしてあしらわれた翼の中心部には、これまでには無かった小さな窪みのようなものが出来ていた。ミツの方のその窪みには、半透明の小さな石――かつてスタンピード『失われた秘宝』にて手に入れた聖女の霊石がはめ込まれていて。
今しがた、ほんの一瞬だけ『影竜』の動きを止めたスキルは、その霊石によるものだった。
「慣性の完全停止……実際に目の当たりにすると、やはり強力なスキルね」
嬉々として立ち合いに来たクロノが名付けたスキル『時よ止まれ』の効果は、最短0.1秒から最長1.0秒の間、対象の慣性を完全に消失させるというもの。
インファイト、特に強者同士の接戦ともなれば、一瞬の隙が勝敗を決する大きな要因となり得る。なればこそ、敵の動きを完全に止めることが出来るこのスキルは、誰が見ても非常に強力なものであると評することが出来よう。
出力される効果だけに目を向けたのならば。
[HELLO WORLD]におけるスキルは、強力であればあるほど、大きな制約や代償を負うこととなる。しかしそれは、逆に言えば、複雑で困難な制限を設けることで、著しくコストパフォーマンスの良いスキルを生み出すことも可能であるということ。
装備品由来のものであれば、そこへさらに素材の性質や情報容量の制限などが加わって完成を見るのだが。
今回、ハナとミツがケイネシスとヘファの助力を得て手に入れたスキル『時よ止まれ』に科せられているのは、短時間での連続使用不可及び、一度の持続時間を延ばすごとに加速度的に代償が増えていくというデメリット。そして、発動に入力者と出力者の二人が必要であるという制限であった。
入力者とは、技名の宣言によって発動を確定する者。
出力者とは、自身の視線によって対象を決定する者。
すなわち先の一幕であれば、ハナがその両の目で見据えることによって対象が『影竜』であると決定され、直後のミツのスキル名詠唱によって、その効果が発現したのである。
対象選定と発動宣言。
その二つが、紐付けされた二人のプレイヤーによりごく短い有効時間内で行われて初めて、対象の慣性完全停止という強力無比な能力が許される。
かように難解な条件を満たした後、最初の0.1秒であれば、発動者二人は共にSPを僅かばかり消費するのみで済む。
しかしそのスキルは、0.2秒、0.3秒とコンマ一秒針を進めるごとに、貪欲に使用者のリソースを食らい始める。
最長時間である1.0秒も使ってしまえば、ハナとミツであればそのSPはおろか、あらゆるステータスに大幅なデバフを食らってしまうこととなるだろう。
文字通り、一瞬のタイミングと一瞬の発動時間。その二つを順守することによって、『時よ止まれ』はコストパフォーマンスに優れた足止めスキルとして用いることが出来るのである。
逆に言えば、全てを投げ打ちさえすればどんな相手であっても丸一秒間、その動きを封じ込められるということでもあるのだが……
「ま、気になることと言えば……」
そんなことよりも、制作者の一人としてヘファが気になって仕方がない部分は、
「慣性停止なのに『時よ止まれ』なところくらいかしら」
気取りに気取ったその名称の方であった。
「良いじゃない。カッコいいのだから」
名付け親であるクロノは自信満々。
そばに控える側近二人も、彼女の意見に異を唱えることなどあろうはずがなく。
「ハーちゃんハーちゃん」
「ん?」
「『時よ止まれ、そなたは美しい』」
「あぅ、ミツぅ……」
「ハーちゃん……」
結局のところ、スキル名にかこつけていちゃつく二人の様子を見れば、まあ何でもいいかと思ってしまうヘファであった。
次回更新は7月15日(水)18時を予定しています。
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