77 R-白銀家へご挨拶
「おー、お前が蜜実かぁ!」
「いえーい黄金 蜜実でーすっ」
「いらっしゃい」
(いや、めっちゃ馴染んでるじゃん)
恐るべき順応能力。
大事を前にして追い詰められ過ぎた蜜実のやけっぱちと、サバサバし過ぎな方の母・明日華のノリが奇跡的に噛み合い、開口一番かくの如く軽快なやり取りが行われた。
一瞬で緊張がほぐれ朗らかな笑みを浮かべ始めた蜜実の様子に、気を揉んでいた自分が馬鹿らしく思えてきてしまう華花。
「……ただいま」
玄関先、帰省を告げる小さな声と共に安堵の溜息を漏らす彼女へと、両親が続けざまに声をかける。
「おかえり。なんだ、気の抜けた顔して」
「ふふっ、お帰りなさい」
妙なところで心配性な娘の相も変わらない顔付きに、明日華と花恵は揃って笑みを浮かべた。
「さ、二人とも入って入って」
ボブカットの黒髪を小さく揺らしながら、至って普通な方の母・花恵が娘とその伴侶をリビングへと案内する。こじんまりとしながらもどこか温かみのある白銀家へ、ついに蜜実が足を踏み入れた瞬間であった。
「えと、改めましてお義母様方、華花さんとお付き合い、それから、同棲もさせて頂いております、黄金 蜜実と申します」
ソファに腰かける義両親へと、テーブル越しに正座して頭を下げる蜜実。
言葉遣いや姿勢は畏まったそれではあったものの、先のやり取りもあって、その表情に過度な緊張やプレッシャーは見受けられなかった。
「あーあー、そういう堅っ苦しいのはもういいって。三回目ともなるとなんか、逆に笑えて来るわ」
苦笑しながら言う明日華に、花恵の方も頷いて同意する。
「そうだね。蜜実ちゃんはやっぱり蜜実ちゃんだったし」
リアルで邂逅した少女は、今まで幾度となくあちらのセカイで歓談を交えてきた義娘と変わらぬ雰囲気を纏っており。隣に佇む娘との間に漂う仲睦まじい様子も合わさって、家の戸を開けたその時から両親の心中に緊張の文字はなかった。
……もっとも、邂逅の直前まで明日華はガチガチに固まっていたのだが。そんな妻の情けない様子は、流石に娘たちには黙っておいてあげようと、密かに笑う花恵であった。
「明日華さんも花恵さんも、向こうと全然変わらなくて、安心しましたぁ」
二人の言葉を受けて、口調や呼び方もいつものそれに準じたものへと戻し、蜜実はふにゃりと安堵の笑みを浮かべる。目の前に座る義両親の髪色は片や濃い茶、片や至って普通の黒とゲーム内の銀髪とは当然異なってはいたものの、その面影は揃って見慣れた婦妻のもの。
「あ、こちらつまらないものですがー」
「おっ、わざわざご丁寧にどうも」
「ありがとう。夕飯の後にでも、みんなで食べちゃいましょうか」
義娘が菓子折りを差し出せば、義両親は自然にそれを受け取って。
「……」
極めて円滑なそのやり取りを、華花がなんとも言えない表情で見ていた。
「どうした華花?……なんだ、そんなに今食べたいのか?」
「いや、違うから。何か、やっぱり私だけ緊張し過ぎだったのかなって……」
てんで見当違いなことを言う明日華をジト目で見やりながら、独り言ちるようにそう呟く華花。その様子を見て隣に座る蜜実が、姿勢を崩しながら悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「聞いてくださいよぉ、お義母様方。華花ちゃんったら、黄金家に来た時、もうがちがちに緊張しちゃっててー」
「ちょ、ちょっと蜜実、言わなくてもいいからっ……!」
「あらあら」
振り返ってみれば面白おかしい華花の様子を、蜜実は彼女の両親へと語って聞かせる。菓子折りに続く、ちょっとした土産話として。
「な、情けねぇなぁ華花。一体誰に似たんだか、あ、あはははは」
「間違いなく明日華に、ねぇ。この人、蜜実ちゃんが来る直前まで緊張で青い顔してたし」
「ちょぉぉっ、おい花恵っ、余計なこと言うんじゃねぇよっ……!」
自身の余計な一言によって醜態を暴露され慌てふためく明日華の姿は、華花のそれとあまりにもそっくりで。
やっぱりこの人たちは、自分が良く知ってるおしどり婦婦で、華花ちゃんの親なんだなぁと、妙な所で納得してしまう蜜実だった。
黙っていようと思っていた伴侶の可愛い部分をうっかり暴露してしまった花恵は、けれども悪びれる様子もなく微笑んでいる。親子揃って顔を赤らめる明日華と華花に、自身の少しばかり加虐的な一面が満たされていくのを感じる彼女であった。
――とまあそんな具合に、主に花恵と蜜実が優位に立つことが多いまま、四人の歓談はしばらく続いていき。
「――そろそろいい時間ね。二人とも、先にお風呂入っちゃって」
気が付けば日もそれなりに傾いてきた頃合い、花恵のそんな一言で、夕餉前のシャワーの時間と相成った。
「うん、ありがと。蜜実、先どうぞ」
「そんな、悪いよぉ。華花ちゃんこそお先にどうぞー」
何だかんだ、少なくとも来るまでは緊張していただろうからと気遣う華花と、打ち解けているとはいえ義両親の家で一番風呂など恐れ多く、せめてもと華花に先を譲ろうとする蜜実……だったのだが。
「なんだ、一緒に入らないのか?」
「「!?」」
明日華の直球過ぎる一言を受けて、揃って瞬く間に顔を赤らめた。
「い、いや一緒にって、そんな……!」
母譲りの鋭い眼付きをおろおろと彷徨わせながら、華花がしどろもどろに否定する。
「別に今更そんなこと気にする仲でもないだろ、お前ら」
「それは、まあ、そうですけどぉ……!」
確かに今では、風呂なんぞむしろ一緒に入らないほうが珍しいほどではあるものの……両親の家で、彼女らがいる前でだなんて、いくら華花と蜜実といえど流石に憚られたのだが。
「それとも何かぁ?うちの風呂場で、あたしらには言えないようなコトでもがががががっ」
「――ちょっと、明日華ちゃん?」
ゲス顔でろくでもないことを言おうとする明日華の口を、間一髪花恵の右手が塞ぐ。そのまま嫌に滑らかな――言い換えれば慣れ切った動作で、左手で明日華の両手を抑え身動きを封じながら、申し訳なさそうに蜜実へと声をかけた。
「ごめんねぇ、うちのがまたバカなこと言っちゃって。蜜実ちゃん、気にせずお風呂入っちゃって?」
「あ、は、はい、ありがとうございます……」
苦笑と青筋を同時に浮かべる花恵の言葉に乗っかるようにして、蜜実はそそくさと着替えを用意し、リビングを後にする。
「ほんと、ごめんね蜜実っ」
「だ、大丈夫だよぉー……」
顔を赤らめたままの彼女が脱衣所へと消えていくのを見届けたのち、華花はくるりと振り返り、未だ花恵に拘束されたままの明日華を睨みつけた。
「むむぅ、むぅぅ、んむむむむむっ」
ごめんごめん、ちょっとしたジョークだったんだよ……などという明日華の言い訳は、無論今の華花には通じるはずもなく。
「前もそうだったけど明日華お母さん、ちょっと無神経過ぎるよ」
「ほんとにねぇ。変なことは言わないようにって、あれだけ釘を刺しておいたのに」
静かに呟かれる母娘の言葉は、しかし下手な叱責などでは及びもつかない恐怖を、明日華に与えた。
明日華という女、気風はいいのだがその分、やや遠慮や配慮に欠ける部分があるのが玉に瑕。あと時々ヘタレる。
「むぇむ、むむむむぅぅっ」
幽鬼の如く冷たい怒りを帯びた華花の瞳に身の危険を感じた明日華は、冷や汗をだらだら流しながら許しを請うものの。
「だめでーす。華花、やっちゃって」
「うん、花恵お母さん」
取り押さえる手を全く緩める気のない花恵の執行宣告により、もはやその身に、咎に相応しい懲罰を逃れ得る術はなく。
「むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ――!」
恐怖で滲む明日華の目に映るのは、黒く細長い凶器を手に迫る、愛娘の姿だった。
◆ ◆ ◆
「えっと、あのぉ、これは……?」
「ああ、気にしないで蜜実ちゃん。バカなこと言ったこの人への罰だから」
あたしは、配慮に欠ける発言をした愚かな母です。
明日華の額に刻まれたそれが水性ペンによるものであることから、華花と花恵が如何に配慮の出来る人間であるかが伺えよう。
次回更新は7月8日(水)18時を予定しています。
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