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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
夏 百合乃婦妻の夏休み
76/326

76 P-事の顛末


「――と、いうわけで私たち」


「結婚することになりましたー」


 わー、ぱちぱちぱちー。



「……」


「「……」」


「……」


「「……」」


「……ぐすっ……」


((な、泣き出した……))



 ヘファは今、泣いていた。

 話があるというから工房に呼んでみれば、目の前の少女二人から聞かされたのは彼女らがゲーム内で婦婦(ふうふ)になる、などという衝撃の発言。


 急と言えば急、けれども振り返ってみれば納得しか出来ないその報告に、灼髪赤眼の鍛冶師が限界に陥って泣き出してしまうのも、致し方のないことだと言えよう。


「へ、へぇー。ぐすっ、まあ、いいんじゃない?……ずびっ、お幸せにね」


「う、うん。ありがとぉ」


 それが嬉し涙であるということは分かるのだが、まさかここまでの反応をされるとは思いもしていなかったミツもハナも、思わず困惑してしまう。


「いや、泣くほどのことなの……?」


「はぁ?別に、すんっ、泣いてないし……」


「いやどうみても」


「しーっ、ハーちゃん、本人が泣いてないっていうなら泣いてないんだよ……!」


「そ、そう……ミツがそういうなら……」


(ハーちゃん!?ミツ!?この子ら、どこまでアタシを悶えさせる気なのよ……!)


 当然の如く変わっている呼び方に、さらなる追撃を受けたヘファの脳内では、百合の花は咲き乱れ小鳥たちは舞い踊る凄まじくハッピーな絵面が一面に広がっていた。


 くっつく一歩手前の関係性尊いなぁなどとのたまっていたら、いつの間にかゴールインしていやがった。これを祝わずして、何を祝うというのか。


(とにかくめでたい!もう無限にめでたい!!……んだけど……)


 狂喜から来る混乱。

 しかして彼女が陥っているそれに拍車をかけているのは、ハナとミツの存在だけではなく……

 二人の後方、ソファのそばで粛々と佇む一人の女性へと、ヘファは未だ涙ぐんだまま、それでも精一杯胡乱気な目を向けた。


「……で、アンタが噂のアンチ女?」


 しゃんと伸びた背がその豊満な肢体を際立たせる、小綺麗なローブに身を包んだ女。髪色と同じターコイズブルーの瞳の奥に祝福の火を灯しながら、さながら修道女のような装いの彼女が応える。



「――アンチだなんて滅相もない。わたくしは女神二柱を信奉し付き従う者、エイトにございます」



 嫌に畏まった物言い、敬虔な信徒めいた立ち振る舞い。


「これまでの愚かなわたくしは、お二方の威光によって浄化され、生まれ変わったのです。これからはこの身を賭して、女神様方の婦婦生活を手助けしていく所存」


「……ねぇ、コイツがなに言ってるのか全然分かんないんだけど……女神様方っていうのは……」


 目の前の女は、音に聞くアンチ女エイトとやらと全く一致せず……しかしてこれはこれでヤバそうな匂いをぷんぷんさせているものだから、なんにせよヘファの反応は訝しげなそれになってしまう。


「めがみ」


「さまー」


「「らしいよ?」」


 彼女の疑問に答えるのは、互いを指差し、こちらもまた少しばかりの困惑を顔に滲ませているハナとミツ。


「なんか、さっき戦った後からこんな感じになっちゃって」


「わたしたちのおかげで改心した……?みたいなこと言ってるんだけど……正直良く分かんないよぉ……」


 彼女たちにとっても、見慣れた粗暴な女が敬虔な信徒に変貌したさまは、中々に理解し難い事象のようであった。


「お二方の関係は、矮小な人間一人など容易く導いてしまうほどに尊く、美しいものだということです」


「うーん」


「やっぱりよく分かんないかなぁ……」


(……ふーん。頭はヤバそうだけど、なかなか良いこと言うじゃない)


 過去の行い自体は愚か極まりないものの、それがもたらした結果は良いものばかりで。改心し、ハナとミツのサポートをしてくれるというのならば、当人たちも許しているようだし、仲良くするのもやぶさかではないだろう。


(テイマーとしての実力は確かみたいだし、二人の味方になってくれるんならまぁ、悪くはないか――)


 その敬虔な態度に免じて、一先ずは同好の士として認めてやらないでもない。


「つきましては、お二方の威光を遍くこのセカイに知らしめるべく、一つクランでも立ち上げてみようかと思いまして」


(――うん?)


 なんていうヘファの考えに待ったがかかったのは、さらに続いていくエイト自身の言葉によってだった。


「お二方のように互いを想い愛し合う二人組を支援し、またその関係性の素晴らしさを説き広める、新たなる宗派を」


「「宗派?」」


 何やらきな臭くなってきたぞと、再び警戒心を呼び戻すヘファ。


「ええ。お二方の姿はもはや神の領域。それを人々に伝えていくという行為はまさしく布教……神の教えに則った一つの信仰なのです」


「……つまり?」


 瞳をらんらんと輝かせ、殊更にヤバそうな台詞を口にするエイトの姿に、彼女の中で危険信号が鳴り響く。


 ――こいつはヤバい。絶対にロクなことにならない。



「ここに、クラン『一心教(The one's)』を設立致します!活動理念はただ一つ!我らが女神様方の生き様を、この[HELLO WORLD]中に遍く知らしめること!!」



 生き生きと声を張り上げるエイト。

 それは、クランという最も大規模な活動を介した布教活動開始の宣言であった。


 自身の価値観を変えてくれた至上の存在を、その睦み合うさまを世界中に広めようとする、敬虔なる信徒の啓蒙活動。

 またの名を、極まった限界オタクによる超絶迷惑行為。


「えっと、つまりー」


「私たちのことを宣伝して回る、ってこと?」


「俗な言い方をすればそうなりますね」


 エイトの持って回った語り草に苦戦しつつも、なんとかその言葉を飲み込もうとするハナとミツ。

 そんな、困惑の勝る彼女たちを尻目に、話を聞いていた最後の一人、ヘファが抗議の声を上げる。


「そんなの、ダメに決まってるじゃない!」


「……何故です?貴女もまたわたくしと同じく、女神様方の威光に信心を誓った者ではないのですか?」


(信心って何よ!?アタシのは純粋な百合愛よ!!)


 ただでさえ、大会二連覇の影響で結構な有名人になりつつあるというのに。いや、そもそもそれ以前に、第二回『セカイ日時計(CLOCK)』簒奪戦の折に、運営やらよく分からん中二病幼女から目を付けられてしまったこともある。更に言うならそのまた前から、ファンを自称する戦闘狂(バトルジャンキー)の追っかけがいるくらいなのだ。


「一個人を喧伝するためのクランだなんて、不健全極まりない!」


 これ以上、二人に妙な注目を浴びせてなるものかと、ヘファはイカレ宗教女の暴走を食い止めようとするのだが。


「有力なプレイヤーのバックにクランが付き支援するのは、さして珍しい話でもないのでは?」


 冷静に反論するエイトの言葉通り、布教や宣伝といった言い回しはともかく、どの勢力にも属さないハナとミツに後ろ盾が出来るのは、決して悪い話だとは言えなかった。


「そ、それはそうだけど……!だからって徒に、二人の名前を広める必要もないじゃない!」


「どちらにせよ、大会二連覇を果たしたプレイヤーが注目されるのは避けられない事です。であればむしろ、こちらから喧伝したほうがその知名度や影響力を把握しやすくなります」


 言っていることは正論そのもの。自身の布教欲に塗れていながらも、口先だけはいっちょ前に説得力抜群であった。


「なにも、お二方に『一心教(The one's)』に所属しろと言っているわけではないのですよ?むしろそんな事、烏滸がましいにもほどがあります」


 あくまでエイトにとって、ハナとミツの二人は信仰対象であり、自身の設立したクランに抱え込もうなどというつもりは毛頭なかった。


「お二方には今まで通り、ご自由に過ごして頂いて……わたくしはそれを、影ながら布教しつつ見守っていければそれでいいのです」


 だからその布教の部分がいらないのだと、ヘファは目付きを鋭く尖らせる。


「うーん。まぁでも確かに、今後変な粘着が現れないとも限らないし」


 出会った頃のエイトのような、という一文は飲み込みながら、ハナがそう零す。


「エイトちゃんがクランっていう形でサポートしてくれるなら、確かに助かると言えば助かるのかもー?」


 それこそエイトの一件でそういった妙な輩が決していないわけではないことを知ったミツも、自衛のためならと割合に肯定的であり。


 二人とも見事に、エイトの口車に乗せられていた。


「確かに、そうかもしれないけどっ……」


 当の本人たちの満更でもない様子に、ヘファはますます歯噛みする。

 二人の身を案じてという彼女の弁は、むしろクランが後ろ盾になることによって得られる安心感を前にして、反対意見としては成り立たなくなってしまった。


 けれどもしかし、やはり到底認めがたい。

 先に挙げた言葉も勿論本心ではあったのだが、それ以上に、彼女にはエイトの行動を承服しかねる根深い理由があった。



(最初っからずっと見守ってきたのに……!アタシだけの秘密の百合カプだったのにぃっ……!)



 そう、独占欲である。


 まだ二人が完全な無名で、誰の歯牙にも掛けられていなかったニュービーの頃から、ヘファは彼女たちをずっと見てきた。

 二人が友達から親友へと、友達以上恋人未満へと、さらにその先へと少しずつ進んでいくさまを、絶え間なく間近で観察してきたのである。



 それを今更。

 セカイに広めるだと?

 このぽっと出のストーカー女が?


 いや、許せんが。



 自分が本当に好きなものは、下手に広まらなくたっていい。いやむしろ、自分だけがその素晴らしさを知っていればいい。


 ヘファの基本思想はエイトとはまた別ベクトルの、しかして同じくらい面倒くさい厄介オタクのそれであった。


「とにかく、アタシは反対よっ!大体、陰険ストーカー女だったアンタが、まともなクランを作れるほど人を集められるとは思わないしねっ!」


「――結構、結構。貴女一人に反対されようとどうしようと、わたくしは自分の為すべき事を果たすまで。見せて差し上げます、女神様方の威光がわたくしに与えて下さった、行動力(ちから)というものをね」


「……ちっ」


「……あァん?」


 かくして、推しを静かに見守っていたい女と、推しを無限に広めていきたい女の長きに渡る戦いの火蓋が、切って落とされた。


 次回更新は7月4日(土)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやエイトいいキャラだわ笑 どうしてそうなったのかがマジで理解できないけど
2023/08/30 08:26 退会済み
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