75 P-ずっと、一緒に
「――へあぁ!?け、けけけけ、結婚!?」
奇声、のち、驚愕、からの、赤面、ただし、にやけ顔。
「うん」
驚愕に双剣をぶんぶんと振り回し(て搦め取ろうとするツタを切り刻み)ながら目を見開くミツ。対してハナの方も顔を赤らめてはいるものの、冷静な――というより、どこか覚悟の決まった女の顔付きをしていた。
「結婚!?なんで結婚!?」
常の少し間延びした口調は鳴りを潜め、ミツはもはや片言めいたそれでハナの言葉を復唱する。
「や、ずっとこうして一緒にいるんだったら……その、結婚かなぁって」
「確かに言ったけど、ずっとこうしていたいって言ったけどぉ……!」
ぽろりとこぼれた自身の言葉が、まさかこんな望外の幸せを運んでくるだなんて思いもしなかったミツは、混乱の最中、数秒前の自分自身を褒め称えていた。
「でもその、いきなり結婚だなんてぇ……!」
とはいえそれは、あまりにも威力が高過ぎる。
ハナへの愛情に抑えが効かなくなりつつあった今の彼女には、特に。
「私はミツのこと好きだし、ミツも私のこと好きだし、そんなに変かな……?」
名前を呼び捨てされる度に、鼓動が一拍飛んでしまう。
そんな今の自分に、無事結婚生活など営めるのだろうかと、ミツが自分の身の安全を危惧してしまうのも、致し方のないことなのかもしれない。
「好きだけど、大好きだけどぉ……」
もにょもにょと尻すぼみに消えていくその言葉は、歓喜を受け止めきれない彼女の、言うなれば最後の悪あがきのようなものなのだが。
表面上ではあれやこれやと言い訳をして、中々返事をくれないその姿に、さしものハナも少しばかり不安が生まれてしまう。
もしかして早まったか?
まずは結婚を前提としたお付き合いから始めるべきだっただろうか?
鎌首をもたげる弱気に引っ張られるようにして彼女の首はこてんと落ち、眉は八の字に。
「ミツは私と結婚するの……いや?」
(いやじゃないよおぉぉぉっ!!)
決して本人の意図したところではないのだが、その一言が、今度こそ決定打となった。
結婚しようと、そう言われた瞬間。
あの強い意志を帯びた蒼眼に射貫かれた時点で、ミツの心はもうどうしようもないほどに陥落していた。
いや、とっくの昔に絆されてはいたのだが。唐突に繰り出された最大威力の一撃によって、建前やごまかしなどといった壁は、今度こそ完璧に、粉々に打ち砕かれてしまっており。
彼女がYESと即答しなかったのはひとえに、あまりの衝撃と歓喜に精神が熔け切ってしまわないための、いわゆる防衛機制というやつである。
むしろ、即答しなかった自分の精神力を恨む……もとい、褒めてあげたいとすら思っていたミツだったが。
相思相愛を信じて疑わない、けれどもやはり少しだけ不安げに小首を傾げるハナの恐ろしいほどのいじらしさ可愛らしさ。それが、先のきりりと引き締まった顔とのギャップによって凄まじい破壊力を生み、目の当たりにしたミツの自己防衛本能を瞬時に滅却した。
彼女の中にあった、ゆっくりと時間をかけて、まずは恋人同士から始めよう――などという保守的思想は、今この瞬間を持って唾棄される。
「――しよう!結婚しよう!」
気が付けばミツの方から、逆にプロポーズするかの如く力強く叫んでおり。
「ぁ……ぅ、うん、しよう……!」
食いつかんばかりに勢い込むミツの、遂に解放された肉食性に、ハナのときめきポイントもまた、瞬時に最高潮へと達した。
「じゃあじゃあ、まずは……お互いの両親に報告、からかなぁ?」
「そうね……それからヘファと、あとクロノにも」
「アイザさんたちにも伝えておかないとねぇ」
「そっちは、連絡付くか分からないけどね……」
そうと決まれば、とんとん拍子に話は進んでいくもので。
二人は上がり切ったテンションのまま、今後の方針を語り合う。
……の、だが。
「け、結婚式とか、どうする……?」
「どうしよぉ……その辺は、おかーさんたちに色々聞いてみながら、かなぁ……?」
まだ若い……というより幼く、つい今の今まで自分たちとは縁遠いものだと思っていただけに、挙式の段取りやテンプレートなど頭に浮かぶはずもなく。
なんにせよまずは両親に話を通してからかと、形式張った部分は一旦捨て置く二人。
そんなことよりも、結婚するということはつまり、婦婦になるということであり。
婦婦になるということは、つまり。
「あのね……」
「なに、ミツ?」
「……ハーちゃんって、呼んでもいい?」
「はふんっ」
思う存分、いちゃつけるということである。
「……ハーちゃん」
「……ミツ」
はにかみながら名を呼び合う二人だがしかし、その両腕はまるでオート機能でも付いているかのように、四方八方から迫る『レンリ』の魔の手を切り伏せていく。
遂に一切の枷から解き放たれた今のハナとミツにとって、いちゃつくことは呼吸をすることと同義であり、戦闘の只中で睦み合うことはすなわち、腕を組みながら道を歩くことと何ら変わりないのである。
「ハーちゃん」
「ミツ」
「ハーちゃんっ」
「ミツっ」
「ハーちゃぁん♡」
「ミツぅ♡」
溢れる恋慕、飛び交うハート、揺らぐ大気。
切り飛ばされた『レンリ』の枝葉は祝福の花吹雪が如く舞い上がり、地を掘り返す根はまるで、二人の婚姻に震える大地の代弁者のようであった。
「ハーちゃんすきすき、だーいすき♡」
「わ、私もミツのこと、あ、愛してる……!」
直球過ぎるほどに直球な言葉で、抑圧から解放された愛情を伝え合うハナとミツ。
その様相ときたら、もはや常人が見れば鬱陶しさすら感じてしまうほどであり。
そして今二人を間近に捉えているのは、明らかに常人ならざるメンタリティを有した女、エイトただ一人だった。
(……なんだ、こりゃ……?)
突如として起こった信じがたい変革に、彼女の中で疑問符が溢れ出す。
(いったいどうなってやがる……?)
本心を認める……を通り越して、過剰なほどに互いへの想いを垂れ流し始めたハナとミツ。
その尋常ならざる姿を目の当たりにして、エイトの胸中に芽生えたものは――
(なんであたしは、こんなに幸せなんだ……?)
――凄まじいまでの、多幸感。
いや、もう、ほんとに。
何かヤバい薬でもキメているのではないかというほどに、脳内を走り抜ける甘い痺れ。
眼前の少女たちの、胸焼けしそうなやり取りを見れば見るほどに、エイトの心身はふわりと浮かび上がりそうなほどの高揚感に包まれる。
(それになんだ……?この、クソでけぇパズルがやっと完成したみたいな達成感は……?)
陶然としてしまいそうな脳みそを何とか動かし、自身に起こった急激な変化へと思考を巡らせる。
戦闘の前から、心の内で燻っていた怒りではない何かの種火。それが今、ようやく結ばれたハナとミツの姿を見て、煌々と燃え盛っていて。
(ようやく……?――あァ、そうか。ようやく、なのか)
自身の独白を拾い上げ、その言葉からエイトはようやく、燻っていたその小さな火の正体を看破する。
(あたしはこいつらに、さっさとくっ付いて欲しかったんだ――)
ハナとミツ。
二人の少女は、どう見ても相思相愛だった。
一年前に大会でその姿を目の当たりにした時は、他の観戦者たちと同様、どう見てもバカップルの類だと思っていた。
実際に言葉を交わし、戦って、友人同士であるというにわかに信じがたい事実を突き付けられはしたものの。
それでも――いや、だからこそ。
二人が本当に、互いを想い合っていることが、嫌が応にも分かってしまった。
最初はそれが、尚更に憎かった。
友達以上恋人未満などというクソみたいな関係性を、ぶち壊してやろうと思っていた。
だからこそ『ヒヨク』が敗れてからも、エイトはハナとミツに粘着し続けて。
そしてそのうち、二人の人の良さや純粋さに、毒気を抜かれてしまった。
無論、本人もそうとは気が付かないうちに。
カップル憎しの精神は、少しづつ少しづつ絆されて行って。
二人を見て感じていたイライラはやがて、嫌悪を削ぎ落とされ、もどかしさに。
いつまで友達気取りでいるつもりだよ、と。
お前らは、そんなもんじゃないだろう、と。
上辺だけを見て囃し立てるような外野のそれではなく、一年もずっと粘着して来た、二人と近しい存在として。
彼女たちには幸せになってほしいと、一人の『友人』として、いつからかそう思ってしまっていた。
だからこそ、第二回大会以降、そのもどかしさは加速する。
周りの言葉には流されない、けれども自分たち自身の想いすらも偽って、未だに親友同士だと言い続けていたハナとミツ。
そんな二人に、いい加減くっ付いてくれと、正直になってくれと言いたくて。
しかしひねくれ者なエイトには、正面切ってそんな真っ当な言葉などかけられるはずもない。
けれども、そんなエイトがそれでも口にした一言が、二人の背中を後押しした。
或いはそれは、他人のことなど気にも留めないハナとミツが、エイトを『友人』だと思っていたからこそ、響いたのかもしれない。
そうして二人は今、目の前で結ばれた。
カップルなんていうものを飛び越えて、その先まで。
いつからか心の奥底で渇望していた最高の結末を目の当たりにして、エイトの心が震えないはずもない。
(あぁ、これがあれか……『尊い』ってやつかァ……)
憎かった恋愛事もこうやって、あまりにも純粋無垢なそれを見せつけられてしまえば、もう。
(いいもんじゃねぇか、純愛ってのも……)
宗旨替えもやむなし。
(『ヒヨク』、『レンリ』。お前らも、いい仕事してくれたよ……)
恋愛事が嫌いな自分への皮肉として付けたその名前。
けれども今にして思えば、それは一つの願掛けだったのかもしれない。
いつか、こんな捻くれた自分でも祝わずにはいられないような、最高の二人を見つけられますように、なんて。
二人を一つ足らしめた『ヒヨク』と。
今も眼前で挑んでは切り飛ばされ、永遠の結びつきを祝福する『レンリ』。
きっと、自分じゃなくたって。
誰かが介入しなくたって、あんなにも互いを想い合っていた二人がいつか結ばれるのは、やがて訪れる必然だったのだろうけれども。
それでも、その場にあたしを居合わさせてくれた四頭のモンスターたちに、感謝を。
そして。
(あぁ、マジで尊いなぁ……もうこんなん、人間の領域超えてるだろ……)
眼前で踊る、至上の女神様たちに、祝福を。
次回更新は7月1日(水)18時を予定しています。
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