74 P-そう、ずっと
鋭く尖った枝の先が、ハナへと迫る。
丁度絡みつく根を切り伏せた直後だった彼女には、それに対処する術はなく。
「やぁっ!」
故に代わってミツが、枝先に剣を当て、軌道を脇へと反らしていった。
「ありがと……」
「う、うんっ……」
――あぁ、やっぱりミツちゃんは、いつだって私を助けてくれる。ミツちゃん最高!
みたいな目をハナが向ければ。
――わあぁぁハナちゃんそんな目で見ないでぇ好きになっちゃうぅぅ……あ、もうなってたや。
なんて顔をミツはする。
声に出した部分だけを見ればごく短いやり取りのすぐ後には、既に並び立つ二人の左右から、交差するように根が伸びてきており。
同時に一歩、後ろに跳躍。
着地点に振り下ろされたひと際太い枝は翳されたハナの『霊樹の防人』でもって、右斜めへといなされる。
小盾の影、ハナの左側に寄り添うミツの右肩には、当然のようにハナの右手が回されていた。
――ハナちゃんが、ハナちゃんがわたしのこと抱き寄せてるぅ……!
――ぎゅってしてきた!ミツちゃんがぎゅってしてきたっ!
まるで相合傘にでも興じるかのように、二人はほんの一時、されども熱烈過ぎるほどに熱烈に見つめ合う。
そうしてまた、互いに軽く押し合うようにしてそれぞれ左右へと飛び退り、地中から飛び出してきた根の杭を躱して。
離れていても、いやむしろ離れているからこその二人の熱視線に、まるで間に挟まっていることに耐えられなくなったかのようにして、根の杭は地中へと引っ込んでいった。
……とまあ、かくのような二人の戦いぶりを目の当たりにして、エイトはぽつりとこぼす。
(――いや、めっちゃいちゃつくじゃん)
そう。
この二人、どう見てもいちゃついているのである。
大樹『レンリ』と激戦を繰り広げながら。
エイトは初め、先のわちゃわちゃいちゃいちゃした一幕が、また『ヒヨク』の時のように二人のコンビネーションを乱すことになるやもしれない……などと考えていたのだが。
(そのくせ、滅茶苦茶いい動きすんじゃねェか)
予想に反して二人の動きは鈍るどころか、むしろいつも以上に無駄なく洗練されたものになっていた。
前後左右はおろか、頭上や地中からも繰り出される絶え間ない攻撃を、避け、受け止め、いなし、時に切り伏せながら、全て凌ぎ切っている。
しかし何よりも凄まじいのは、その立ち回りの全てを互いに把握し合い、相手がどのタイミングでどんなサポートを欲しているかを読み取り、寸分の狂いもなくカバーに入る連携の密度。
一歩踏み込む間に二度、立ち位置が入れ替わり。
二歩進むあいだに三度、その背を擦り合わせて。
そしてその度に、先のようなこっ恥ずかしいやり取りを(無言で)挟んでいく。
フィールドそのものを相手取るに等しい『レンリ』との戦闘に、防戦一方ではあるものの、二人揃ってしっかりと対応出来ていた。
(まぁにしても、そのだらしねぇ顔でその動きは流石にシュール過ぎるとは思うが……)
と、そんな絶好調というほかない戦いっぷりにも拘らず、両者の顔は気恥ずかしさに赤く染まり、それでいて二人で息を合わせる悦びにだらしなく緩んでいて。
少し離れた位置から見てみると確かにそれは、エイトが思わず突っ込んでしまうほどに不可思議な絵面となっていた。
とはいえその当人たちにとっては、だらしないだのシュールだの考えている余裕はまるでない。
何せこちらは、この溢れ出る愛情の奔流に身を晒されて、いっぱいいっぱいなのだから。
気恥ずかしさで言えば、去年の今頃と同じか、もしかしたらそれ以上かもしれない。
けれども、嫌な気は全くしない。
むしろこの高鳴る想いが、どこか心地良くすらあって。
そのおかげだろうか、体はどこまでも軽く、思い通りに動く。そしてそれと同時に、隣で戦う彼女が何を考え、どう動こうとしているのかまで、直感的に把握出来るような全能感。
今二人は、多くを交わさずともお互いに全てを伝え合い、全てを知ることが出来る。
無論この、背筋を淡く痺れさせる、気恥ずかしくも心地良い感覚も、お互いに筒抜けで。
ひとたび戦闘が始まってしまえば、二人の集中力は極限まで高まり、そしてその全てが互いへと向けられる。
故にこそ、先のやり取りで完全に顕在化してしまった互いの想いが、余すことなく伝わってしまっていた。
(あぁ……)
だからだろうか。
もう、隠し通せないと観念したからだろうか。
ミツの口から、ぽろりとその言葉が零れ落ちた。
「……ずっと、こうしていたいなぁ」
「……はぇ?」
小さくも万感に満ちたその言葉を、ハナが聞き逃すはずもなく。
「――ぁ、や、今のはそのぉ、独り言っていうか、つい口から出ちゃったっていうかぁ……!」
きょとんと首を傾げる銀髪の少女へと、ミツはしどろもどろに言い訳を口にした。どうせもう隠しおおせる想いでもあるまいに、それでも決壊寸前の、最後の抵抗のようにして。
追い縋るツタを、剣先で撫でるように捌きながら。
(……ずっと。ずっとこうして、一緒に……)
そんなミツの漏れ出た想いはすとんと、在るべき所へ帰るかのように、ハナの胸の内へと収まっていく。
一緒に過ごしてきた。
一緒にいたい。
この幸せな気持ちを、永遠に享受していたい。
だったら、ずっとこうしていればいい。
ずっと、二人で一緒にいればいい。
ただひたすらに、今の関係だけを楽しんできたけれども。
そうだ、ずっとずっと一緒にいたい。
ともすれば無意識下で当たり前のことだと思っていた「ずっと」という言葉が、ハナの中で急速に形を帯びていく。
いつか聞いた、母親のとある言葉を呼び起こしながら。
――あたしはなぁ、花恵とずっと一緒にいたくて、どうしても離れたくなくてさ。そんである日言っちまったんだわ。
顔を赤らめ、切れ長な瞳をぷいと反らしながらも、けれどもどこまでも幸せそうに語るその姿が、脳裏でフラッシュバックする。
(……ずっと……そう、ずっと一緒にいたいなら……)
それは、華花の知り得る中で、最も強い結び付きだった。
生まれた時からずっと見てきた、揺らぐことのない母親たちの関係。
ずっと、と。
まるで、そう呟いたミツの言葉が、ハナの中で一つの輪郭を帯びていくように。
一緒にいたいという漠然とした願いが、けれどもその強さを保ったまま、一つの形へと凝縮されていく。
そうだ。
それがあるじゃないか。
このセカイでは年齢も立場も何も問われない、絶対的な関係性が。
友達だと思っていた。このセカイで――いや、世界で一番の、大親友だと。
けれどもいつの間にか、彼女へ向ける想いはどんどんと強く、そして友情を超えたものへと変わって行って。
気まずかったり、気恥ずかしかったり、さんざん想いに振り回されてきたけれども。
じっと見つめる私と、柔らかく見つめ返してくる彼女のそれが、いわゆる両想いってやつだなんて、互いの赤くなった顔を見ればすぐに分かること。
そうだ。
ずっと一緒にいたいのなら。
友達も親友も、カップルとやらだって飛び越えたそれが、あるじゃないか。
そう思えばこそ、驚くほどにすんなりと、ハナの口は開かれた。
ミツの横から迫る太い枝の一撃を、左手の小盾でいなし、守りながら。
「ずっと」、と。
思わず零れ落ちたようなミツの一言は、まるで呼び水のようにして、ハナからその言葉を引き出す。
「ミツちゃん……ううん、ミツ――」
「は、はいっ……?」
奇しくも母の背を追うように、呼ぶ名は最もシンプルに。
射貫くような鋭い眼光に思わず背を伸ばした、最愛のあなたへ向けて。
「――結婚しよう!」
次回更新は6月27日(土)18時を予定しています。
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