73 P-レンリ
「はぁーっ、なんかこう……や、まァいいか……」
エイト自身の迂闊な一言でクソ程甘酸っぱい雰囲気になりやがってしまい、すっかり忘れかけていたが……そもそも彼女がハナとミツの前に姿を現すのはどういう時だったか。
「取り敢えず今日も……じゃねぇ、今日こそお前らを完膚なきまでに叩き潰してやるよ」
そう、聖戦の時である。
……いや、当の本人も思わずフランクに、今日も一戦やっとくか、なんて言いかけてしまっていたが。
慌てて語気を強めて挑発するようなその振る舞いは、奇しくも、まるで気まずげな(それでいてにやにやとだらしない顔をした)ハナとミツに気を使っているかのようにも感じられた。
「――え?あ、そっか、今日も戦うんですね」
「う、うん、そうだよねぇ。エイトさんが声をかけてきておいて戦わないはずないですもんねー」
ハナとミツの顔にも、あからさまにそういえばそうだったと書かれている。
こちらもまた本来の趣旨を完全に失念していて、けれども先の厄介な質問を躱せるのならと、都合良くエイトの言葉に乗っかっていった。
「当たり前だ。お前らバカップルを粛清する為に、あたしはここにいるんだからなぁ」
言いながらもエイトは、内心でまたしても首を傾げる。
会うたびに言っているはずのその言葉が、自分でもどうもしっくりこない。何がどう引っかかっているのか、それもまた自分では判然としないのだが。
「だ、だから私たちは、ただの友達同士ですってば!」
「そ、そうだそうだぁっ」
と、結局躱しきれていなかった(本人たちにとっては)非常にデリケートな問題に、ハナとミツは顔を赤らめながらも何とか反論し。
そしてやはり、その様子を見たエイトの中で、ちりちりと種火が疼く。
(んんーー……?)
分からない。
自身の中にあるわだかまりが。それでいて、今までに抱いていた逆恨みめいた怒りとも違う何かが。
(いや、いい。とにかく、今は戦おう)
もやもやと不確かな何かを振り払うように、或いは無意識のうちに、戦いの中にこそ答えを求めてでもいるかのように、エイトは自身を鼓舞し闘志を呼び覚ます。
「うるせぇッ。いいかよく聞け。今日のヤツは、今度こそマジのガチの本気のとっておきだからな。今に地面に跪かせて鳴かせてやるよ。「私たちが間違ってましたごめんなさいエイト様」ってなァ!」
「へーたのしみだなー」
「きっとすごいとっておきなんだろうなぁー」
例によって凄みも有難みもないとっておきという言葉に、少しでもいつもの調子を取り戻そうとするハナとミツが、ここぞとばかりに煽り返した。
「けッ。やっぱかわいくねぇガキ共だな、お前らはよォ」
平坦に過ぎる二人の言葉に多少ムッとしながらも、エイトがその威勢を弱めることはない。いつだって彼女は、眼前の二人を倒すために全力を尽くしてきたのだから。
「だがまぁいい。前回の『カズラの精霊樹』も所詮は前座……」
言いながらエイトは、まるで自らの闘志を流し込むかのように、地面へと両手を付けた。
「あいつのデータを元に研究し生み出したこのモンスター、『レンリ』が、今からお前らに土の味を教えてやるよォッ!!」
声高に叫ばれたその名が、森を動かす。
轟音を響かせながら二人の目の前に現れたのは、二つの大木が捩じれ絡み合った巨大な樹木。
地面を割り砕き出ずるそのモンスターは、それと同時に地に根を張り、周囲の木々を押し退けて枝葉を広げていく。ざわざわと幾重にも産声をかき鳴らしながら地を埋め尽くすその様は、まるで侵略とでも呼ぶべき様相で。
主の呼び声に応じた僅か数十秒の後には、ハナとミツ、そしてエイトを取り囲む自然地帯の一角が、『レンリ』という巨大なモンスターへと置き換わっていた。
「……レンリってー」
「……またなんか、聞いたことあるような……」
異様にして威容。
狭い範囲とはいえ、まるでフィールドそのものであるかのように佇む巨木を目の当たりにして、それでもハナとミツが漏らしたのは、どこかうわ言のようなもので。
むしろそれは、いかな二人と言えども覚えのないモンスターを目の当たりにし、呆気にとられてしまったからこそだとも言えるだろうか。
そう、ハナとミツの二人が思わず呆然としてしまうほどに、その巨木はあまりにも『樹木』の範疇を超えている。
確かに二人の眼前、エイトの背後に佇むその巨影は『木』なのだろう。二本の大木が捻じれ絡まり、深く睦み合うひとつの連理木。
けれどもその枝葉の広がる先、根の届く端の、なんと遠いことか。
「――隠すことでもねぇから言っちまうが、こいつは『ヒヨク』と同じ、双子を融合させて生み出した超大型の樹木種だ」
「「っ」」
と、呆然とするハナとミツへあっさりと語られたその言葉に、二人の表情が、ようやく鋭く引き締まる。
エイトの種明かしの意味する所、それはこの巨大過ぎるモンスターの正体が、かつての難敵と共通しているということであるが故に。
最終的に圧勝ではあったものの、かの片翼一対の鳥獣は確かに、エイトの使役するモンスターたちの中で最も強く、そして最も印象に残った相手であり。
辺り一面を覆い尽くすほどのこの樹木種が、それと同じプロセスを経て生まれたというのであれば、成程それはまさしく、エイトにとっての本当のとっておきというやつなのだろう。
「とはいえ、あいつらとはコンセプトが違うんだがな」
『ヒヨク』が、彼女のうっかりの産物であるとするならば。
『レンリ』は、その成果を元に、最初から融合を前提として設計されたモンスターたちだと言える。
『カズラの精霊樹』という、植物種間の異種交配種の組成を基盤に、さらに多数の植物系モンスターのデータを掛け合わせて生み出した、複合大型樹木種。
その、双子として産み落としたうちの片割れに暴走の因子を、もう一方に抑制の因子を与え、それぞれの自立思考プログラムが、各々の因子に特化した思考回路となるように育成を施した。
そうして成体となった暴走の個体は、文字通り暴れまわる自身の因子を抑制してくれる存在を求め。
抑制の個体は、自身が縛り付けることを許される暴走というメカニズムを欲し。
『ヒヨク』の時とは逆に、相反する行動原理を手に入れたそのモンスターたちは、故にこそ互いを求め欲し、一つになることを是とした。
似通った思考プロセスを持つ双子を束ね、シンクロした意思でニ身を一身と為していた『ヒヨク』に対し、『レンリ』は、二頭の相反する性質が交わり昇華されるように設計されている。
真逆のコンセプトでありながら、どちらもが番としての極致を目指した『ヒヨク』と『レンリ』は、共にエイトにとって特別で愛着のあるモンスターになっていた。
「なんにせよこいつはもう、一本の樹木としての範疇を優に超えてる!」
エイトのその言葉の通り『レンリ』は、出現と同時にまるで急速に育ち版図を広げるかのようにフィールドを侵略し、その領域下に広げられた枝葉を、張り巡らされた根を、狂いなく自身の敵にのみ向けることが出来る。
二つの自立思考プログラムが合わさったことによって、数多の植物種のデータを内包したさながら自然の縮図としての力を、存分に振るうことが許される。
暴走は成長を経て侵略に。
抑制は制御を超えて支配に。
故にこそ、その名は『レンリ』。故にこそ、その身は二頭一体。
「いいか、一つの森そのものが、お前らの戦う相手だァ!!」
互いを補い合い、昇華させることに成功した連理木が、今、その巨大過ぎる身を振るう。
次回更新は6月24日(水)18時を予定しています。
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