72 P-移ろい
無事、第二回バディプレイヤー限定大会優勝を果たしたハナとミツ。
二年連続で最優のバディとしての栄光を手にした二人に対して、しかしと言うべきかやはりと言うべきか、エイトは露骨に不満げな表情を見せていた。
「お前らさぁ……」
例によって『リグ』周辺、大森林の入り口辺りで待ち構え、開口一番にそんな一言。
大きな溜息と共に吐き出されるのは、呆れ、怒り、ともすれば憐憫さえも含んだ、複雑にして怪奇なる彼女の心境で。
そんなエイトの雰囲気に当てられてか、さしものハナとミツも少しばかり彼女を気遣うようなそぶりを示す。
「どうかしたんですかぁ?」
「ていうかエイトさん……今日何か、いつもと雰囲気が違いません?」
いつものような、陰湿でありながら烈火の如く燃え盛る激情とは違う、何かこちらを諭すような……いやむしろ、なにがしかの悟りでも見出したかのような、そんな顔付き。
常よりも幾分か落ち着き払い、それでいて強い意志を持ってこちらと相対するその様相は、フードを目深に被ったローブという装いも相まって、どこか神託者めいた雰囲気すら醸し出していた。
「この間の第二回大会見てて、流石にあたしも限界が来ちまったんだわ……」
バディ限定大会をベストバカップルコンテストなどと揶揄していた割に、今回もきっちり観戦してたんだ……とか、普段のヒステリックな言動はまだ限界を見せてはいなかったんだぁ……とか、いろいろと思うところがあるハナとミツではあったが……えらく神妙な表情で言葉を紡ぐエイトに気圧されて、迂闊に口を挟むことも出来ずにいた。
「勝利者インタビューのとき、クソ程いちゃつきながらお友達同士ですーみたいなこと言ってやがったけど……」
どう見てもデキてるようにしか見えねェぞ――と、言葉の流れからそう言われるのかと考えた二人は、なんだそんなことかと安堵する。
周りがどう言おうと自分たちはお友達同士なんだと、一年前に出た結論のままに、そう突っぱねようとして。
「……お前ら、マジでそう思ってんのか?お前ら自身が、本気で?」
しかし問いかけるエイトの言葉は、ハナとミツの予想していたものよりもはるかに鋭く、そして深く、二人の心に突き刺さった。
「それは……」
どちらともなく漏れ出た声に、けれども言葉はすぐには続かず。そんな様子にエイトは、やはり自分の考えは間違っていなかったのだと確信する。
あれだけ常日頃から、好きだ好きだと言葉で、体で(いやらしい意味ではなく)示している二人が、本当に、本心から、ただの親友同士だなんて思っているのか。
……いや、或いは一年前のあの時点では、間違いなくただ純粋に、そう思っていたのかもしれない。
けれども、この一年間ストーキングを繰り返し、何かにつけてちょっかいをかけ、奇しくも二人の様子を間近で見続けてエイトの目には、ハナとミツの互いに向ける視線が、時を経るにつれて徐々に徐々に変化していった……というより、自覚を帯びていったように見えてならなかった。
ただ無邪気な笑顔で組んでいた二人の腕が、いつからか肌と肌を摺り寄せあうようなそれへ。
偶然目が合った時に微笑み合っていたその顔が、少しづつ、恋焦がれるようなそれへ。
一時の様子ではなく一年という歳月の中での変化を、持ち前の粘着さと観察眼で追いかけ続けていたエイトだからこそ、思い至れたこと。そしてそれは、とある偏屈な鍛冶師が更に以前から見守り続けていたことでもあるのだが……
……ともかく、エイトが言いたいのは。
周りの意見云々ではなく二人自身が、親友同士などと自らの気持ちを偽っているのではないかという、その一点。
「……やっぱりなァ……」
ここですぐさまそんなことはないと、自分たちはお友達同士なんだと、なんとなしに返せるのであれば、自分の考えはただの思い違いだと、エイトも納得出来たのだが。
沈黙という、何よりも肯定を示すに足る返答によって確信を得たエイトの呟きを端に発し、幸か不幸か、思わずハナの声が張り上げられてしまい。
「そ、それはっ!ミツちゃんのことは……家族以外では、今まで出会った中で一番好きな人だとは思ってますけど……」
「へぅっ!?」
その結果ミツの方も、口から妙な音を漏らしてしまう。
「あ、やっ、今のはその、変な意味じゃなくってっ……!」
わたわたと手を振って弁解する方も、目を泳がせて動揺する方も、どちらもが瞬時に顔を真っ赤に染め上げており。それでいてその口角はだらしないほどに、にへらっと緩んでいた。
「ほらっ、ほらっ、一番の親友だから一番好きっていうかっ!そういうアレがそんなかんじのヤツであってっ」
「だよねぇ!?お友達としてってことだよねっ!うんうん、わたしもハナちゃんのこと大好きだもんねぇ!?」
「はふんっ!?」
予期せぬカウンターに、今度はハナの方が情けない悲鳴を上げる。
好きだなんだなんて毎日のように言い合っているけれど、こんな心持ちで口を突いて出るその言葉が、いつものそれと同じなはずもない。
(なァんだ、これ……)
一瞬にして自身の存在が忘れ去られ、目の前で甘酸っぱいやり取りが行われ始めたことに内心独り言ちるエイトの言葉は、馬鹿なやり取りをする馬鹿なカップルを目の当たりにした際の、呆れや憤怒によるもの……ではなく。
(なんであたしは、こんなにしっくり来てるんだ……?)
むしろ穏やかですらある、自身の心境についての疑問であった。
(怒りが湧かねェ……というより、解消されていくような……)
今までは自らの内に沸く激情に燃料を投下し続けていた、二人のいちゃいちゃと鬱陶しいやり取りも、まるで心のつかえが取れたかのように穏やかな目で見ていられる。
何故だ。
このあたしが、絆されたとでもいうのだろうか。
何故、怒りの感情が湧いてこない?
いや、そもそも。あたしは今まで、何に対して怒っていたんだ?
幾重にも重なる疑問が、そのまま自らへの問いかけとなって彼女の頭を埋め尽くす。
もう一息で、答えが出るような。
もう少しで、何かを見出せるような。
怒りの種火は、そんな燻りへと形を変えて、エイトの中に残っていた。
「――もうっ!エイトさんが変なこと言うから!」
「そうだそうだー!エイトさんのせいだー!」
――と、思考の沼に沈んでいたエイトの意識は、突如として向けられた矛先によって急浮上する。
「――あァん?お前ら、他人に何言われても気にしないんじゃなかったのかよ?」
「「うっ」」
浮き上がってきた勢いのままに放たれた容赦のない反撃に、むしろハナとミツの方がダメージを受けていたが。
「それは……」
そう、気にしない。
周りに何と言われようが、自分たちだけが本当の自分たちを知っている。
互いが互いだけを見ていれば、他人の目なんて気にも留まらない。
そのはず、なんだけど。
「そのぉ……」
エイトが放った言葉は、あまりにも核心を突き過ぎていた。
自分自身に嘘を吐いてしまっているという、今の二人の現状を。
(だって……)
(好き過ぎるんだもん……)
そう。
最近、好き過ぎるのである、相手のことが。
好き過ぎて辛い、というやつなのである。
いや、辛くはないのだが。むしろ毎日がハッピー過ぎて脳みそ沸騰しちゃいそうなのだが。
つまり、いよいよ以て馬鹿になりつつあるということなのだが。
互いだけを見ると誓い合ったあの日から、二人は今までにも増してその距離を縮めていった。それは無論、心身共の話であり、つまりは己の全てを懸けて相手にぶつかっていくという……言い換えれば、熱烈なアプローチそのものに値する行為。
それが双方向に、そもそも前々から好き合っていた二人同士で、遠慮容赦なく毎日毎日行われていたのだから、もう色々と限界を迎えてしまうのも、致し方ないことなのである。
常であれば、悶々とした想いに思わずたたらを踏み、関係がぎくしゃくしてしまうことなどもあるのかもしれないが……
幸か不幸か、友達だから、これが自分たちにとっての普通だから、などという免罪符で自身を騙し、止まることなく爆進し続けた二人の双方向な矢印は、完全に互いのハートを貫き合っていた。
次回更新は6月20日(土)18時を予定しています。
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