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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
夏 百合乃婦妻の夏休み
71/326

71 P-二度目の優勝


 天に開けた円形状のドームに、歓声が鳴り響く。


 闘技場の中心、眼下で繰り広げられる激戦に、観客たちの興奮は既に最高潮へと達していた。


 渦を巻く熱狂の発生源は、先ほどから刃を交えている四人のプレイヤーたち。

 二対二に分かれ相対するその片割れ、ハナとミツは身を寄せ合って相手の攻撃に備えていた。


「ハァッ!」


 二人と戦う内の一人、長身の女性が、豊満な肉体を惜しげもなく躍らせながらハナへと肉薄する。踊り子のような装いから繰り出される軽やかな一歩は、けれども両の手に持った短刀と合わさって、相手を屠る鋭い踏み込みとなる。


 ……が、しかしその刃は、喉元にまでは至らない。

 右の短刀を盾のふちで、左のそれを斜めから差し込まれたミツの剣先で、あまりにもあっけなく、ぴたりと受け止められてしまった。


 一瞬の攻防によって生まれるのは、女性の長いブロンドヘアが、遅れてふわりと揺れるほどの急激な制動。


「「っ」」


 毛の先が重力に捕らわれるよりも早く、一息を合わせたハナとミツによって、女性の体は大きく弾き返され。そのままハナが追撃を繰り出そうとするも……しかし、体制を崩された女性と入れ替わるようにして、今度は一人の青年が彼女の前へと立ち塞がる。


 短い黒髪の、爽やかながらも精悍な顔を気迫に歪めながら、両手で握ったロングソードを構え、ハナを牽制する軽鎧の青年。

 下手に追い縋れば、切り伏せられる――瞬時にそう直感したハナは、女性を深追いすることなく、その場で青年と睨み合うに留まった。


 絶え間ない剣戟の、それでも僅かに生じた一瞬の(いとま)に、ハナとミツは隣り合ったまま心の声を交わす。


(この人たちの戦いかた……)


(うん、わたしたちのと似てる、よねー)


 思えば昨年の第一回バディ限定大会では、ほとんどの参加者が、明確な前衛と後衛に分かれた戦術を主としていた。

 前衛の近接職が時間を稼ぎ、後衛の遠距離職が強力な一撃を見舞って相手を倒す。誰も彼もがそんなスタンダードな陣形を組んでいたからこそ、大威力のスキルを用いず、二人で前に出て絶え間ない連撃を繰り出すハナとミツが、他のプレイヤーを圧倒出来たわけなのだが。


 第二回大会となる今回では、予選の段階から、彼女らと同じく両人が近接職で構成されたバディが多く見受けられた。

 第一回大会の結果によって有用性が認められ、かつその最高峰たるハナとミツの技量が広く知られることとなった結果、『無限舞踏(ユニゾン)』なる名称でもってバディ戦術の基盤に組み込まれたそれが流行するのも、まあ当然のことではあったのだが。


(ここまで戦ってきた中では、いちばん連携が取れてるねー)


(決勝まで上がってきたんだから、当然と言えば当然だけど)


 眼前に居並ぶ美女と青年。

 この二人組が、ハナとミツが今までに戦ってきたどのバディよりも強いのは、最早言うまでもないことであった。

 ともすれば、昨年の二人にすら勝るほどに。


(でも――)


(――うん)


 しかし、それがなんだというのか。


 なるほど確かに、美男美女の組み合わせともなれば見目も麗しく、戦いの端々に見える所作からも、二人がただならぬ(・・・・・)仲であることは容易に想像出来る。


 しかし、そうだからといって。

 


((いちばん仲良しなのは、(わたし)たちだよ!))



 自分たちだって、負けてはいない。


 たとえ相手が、第一回優勝者の戦術を研究し、それを超えてきたのだとしても。


 (わたし)たちは既に、その遥か先を行っている。



「ハッ!」


 膠着する睨み合いに痺れを切らせた青年が、長剣を上段から振り下ろした。

 一歩の踏み込みと上からの勢いを十全に乗せたその一振りは、強力なれど見え透いていて、ハナにとっては回避も容易なもの。されど青年は反撃を恐れず、ただ真っ直ぐにその剣先を振るう。自身のパートナーがサポートしてくれると、信じているが故に。


 スキルの伴わない攻撃としては十分過ぎるほどに重い一撃を、ハナは左手に持った小盾で迎え撃つ。頑強でありながら軽くしなやかな木製武具『霊樹(れいじゅ)防人(さきもり)』の中心を、そっと添わせるようにして剣先にあてがい――


「『斜避(グレイズ)』っ」


「っ!?」


 ぬるり、と。

 異様なほどに滑らかに、長剣が盾の表面を滑る。


 柄を握った両の手に、まるで抵抗を感じない。最早、その軌道こそが最初から定められていた太刀筋なのだとでも言うように、長剣は斜め下へと刃先を向かわせていく。

 当然の如くたたらを踏み、前へと差し出される形になった青年の(こうべ)を刈り取ろうと、ハナの右側から踏み込んだミツの剣が煌めき。


「させないっ!」


 しかし、それを読んで同じく踏み入っていた女性の短刀が、それを受け止める。


 ガキンッ、という、鉄同士がぶつかり合う甲高い音。


 敵と相方の間、僅かな隙間に長身を捻じ込むようにして割り込み、下から振り上げた左の短剣の鍔に引っ掛ける形で、女はミツの凶刃を阻んでいた。


 金髪の少女は、ご丁寧に両手の剣を揃えて振るってきたものだから、少しばかり力負けしそうになってしまいはしたが……脇を閉め、足を踏ん張り、鍔と刃の付け根に誘い込むようにして両刃纏めて一点で受け止めたが故に、こちらもまたスキルを用いずとも、カウンターを阻止することが出来た。


 そうして、女は小さな笑みを浮かべる。


 (せん)の一手と()の返し、どちらも刃は受け止められ。

 しかして次なる剣戟(けんげき)まで、間一髪と息をつく暇すらなく。


「――っ!」


 女性がそれに反応出来たのは、自身の体を下から潜り込ませるようにしていたからだろう。小さな盾の影から、まるで抜刀術のようにして、ハナの右手の剣がその身を躍らせた。

 男の首を軸として、先のミツの一撃と点対象になるような軌道。皮肉なことに、女の背中が目隠しとなって男からは視認出来ていないその攻撃を、しかし彼女は、とっさに逆手に持ち替えた右の短剣で抑え込む。


 眼前に見えていたからこそ、そして咄嗟に反応出来たからこそ、女性はハナの鉄剣を容易く受け止めることが出来た。

 刃が浮き始めたばかりの、力が乗る前の初速の段階で手を伸ばし、先の攻撃と同じように鍔で引っ掛けて勢いを殺す。


「ふっ……」


 会心の防御。受け流しもカウンターも二の太刀も、全てを防ぎ切った完璧な反応。

 女ならそれが出来ると信じていた男も、その信頼に見事応えて見せた女も、どちらもが自身らの優位を確信したそれ。

 今度こそ隠しようもない高揚に口の端を持ち上げながら、女は寸暇の間に思考を巡らせる。


 このまま、スキルでもって銀髪の方の(やいば)を弾き返し、体制を崩させて――



「『斜避(グレイズ)』ー」



 ――そんなことを考える女性のこめかみを、ミツの右手のレイピアが貫いた。


「ぇっ……?」


 痛みよりも驚きに染まった小さな声を漏らしながら、彼女の身から力が抜けていく。


 糸が切れたかのように崩れ落ちるその体が地に伏すまでのほんの数舜、走馬灯のようにして思い起こされたのは、受け止めていたはずのミツの剣の一振りが、まるで油でも纏ったかのように滑り抜けた、その感触。


 左手から伝わるそれが何なのか理解するより早く、自身の頭蓋は貫かれていて。

 それが何だったのかを理解した頃には、既にその身は再起不能に。


「ぁ――ぅっ――」


 どうして。こんなにもあっさりと。


 そんな思いは、口を突いて出るまでにはただの呻き声へと変わってしまい。敗北を理解するよりも先に、女性のHPは9割9分が失われた。


 まだ、死んではいない。

 HP残量MAXの状態から、攻撃(・・)スキルには拠らない一撃を受けただけで、その全てを失うことは稀である。

 だからまだ、死んではいない。


 だが、死んでいないだけ。


 意識の埒外から頭部を狂いなく刺し貫かれたことにより、あらゆるショック系状態異常を付与された彼女に、もはや戦う術は無く。


 ただその身は、伏して死を待つのみとなった。



「――おい、嘘だろ……」



 自らの足元に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなってしまったパートナーの姿を、男は呆然とした目で見つめている。


 ほんの数秒前までは、自身の(ふところ)でその(たお)やかな両腕を伸ばして、この身を守ってくれていた。


 その彼女がなぜ、眉間に穴を開け、物言わぬ亡骸となり果てている?


 一秒前、金髪の少女は何と言った?


 『斜避(グレイズ)』?


 つまりは受け流し。


 受け流し――回避スキルだと?


 ああ、成程。だから彼女は、まだキルされて(死んで)はいないのか。

 放心しながらも薄ぼんやりとそんなことを納得しながら、男が最後に視界の端に捉えたのは。


 せき止める短剣がなくなり、再び自身の首を刈り落とさんとする、金銀相並ぶ二振りの刃だった。




 ◆ ◆ ◆




「はい、というわけで今年のバディプレイヤー限定大会優勝者は、昨年に引き続きハナ・ミツペアのお二人となりましたっっっっ!!!!」


「「いぇーいっ!!」」


「いやぁ、一年ぶりですねお二人さん。相変わらず仲がよろしいようで」


「いやもう、去年はお姉さんのせいで大変だったんだからね」


「ありゃ、ワタシ何かしちゃいましたっけ?」


「わたしたちお友達同士なのに、おねーさんが、付き合ってどのくらいー?とか聞いてくるからー」


「え!?!?お二人って超の付くバカップルとかじゃないんですか!?!?!?!?!?!?」


「「違いますー」」


「うっそだぁ!!だって今も、メチャクチャ腕組んでるじゃないですか!!!」


「まあそりゃあ」


「友達同士でも、別に腕くらい組むでしょー?」


「いや、フツーはそんな、隙間絶対許さないウーマンズみたいな引っ付き方はしませんって!!」


「普通なんて人それぞれだと思う」


「そうそう、わたしたちにとっては、これが普通なんだよー」


「えぇぇ……なんですかこの無敵の人たち……」



 ……まあ、そんなこんなで。


 ある意味、決勝戦よりもその後のインタビューの方で衝撃を色濃く残しながら、ハナとミツの二人は、今年もバディプレイヤー界隈……どころか[HELLO WORLD]内全体に、その名を轟かせることとなった。




「――チッ……アイツら、そろそろマジでいい加減にしろよ……」


 そして、某アンチも限界を迎えつつあった。


 次回更新は6月17日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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