70 P-ソファチェアで下準備を
「――っていうことがあって」
「無事、素材ゲットしてきたよー」
のほほんとしたハナとミツの声音。
二人揃って全く緊張感のない物言いに、ヘファは思わず自身の眉間に手を当てた。
「……あのね、してきたよーじゃないから」
『フリアステム』は工業区、鍛冶師ヘファの工房。その一角、いつもの応接室で、気持ちドヤ顔気味なハナとミツの二人と、呆れたような表情のヘファが相対している。
「エイトとかいうヤバそうなやつと、まだ関わってるの?」
質の良い『カズラの精霊樹』の素材を手に入れたと二人から連絡があったのは、つい先ほどのこと。
ちょうど暇だったから、という言葉を強調しつつ、すぐさま素材の鑑定と武具作成についての話をしようと工房に呼んでみれば、二人の口から飛び出してきたのは、先のようなあまりにも危機感の薄い発言であり。
ハナとミツの後見人である(と勝手かつ密かに自称している)ヘファからしたら、素材云々の前にまず、二人が彼女らのアンチだと公言している面倒くさそうな人物と未だ関わりを持っていることに、心配を覚えずにはいられなかった。
「うーん……確かにエイトさん、口も悪いし態度も悪いし愛想も悪いけど」
「案外、悪い人でもないんじゃないかなぁって」
「いや悪い人でしょうが」
一息で三つも悪い部分が挙げられるような人物の、どこがまともだというのだろうか。割と自身にも当てはまっているということは棚に上げて、ヘファは眉間をぐりぐりと悩ましげに揉み砕く。
「でもでも、毎回アイテムドロップはオンで戦ってくれるしー」
「いろんなモンスター見せてくれるから、いい経験にもなるし」
「なんだかんだ、見かけたら声かけてくれるし―」
「最近はあんまり、ヒスったりしなくなってきたし。……多分、きっと、前よりは……」
指折り数えながら、エイトの良い所らしき部分を挙げていく二人だったが……やがて、ピンと来たとでも言うように、揃って結論を口にした。
「「あれだよっ、ヘファとおんなじで、ツンデレってやつなんだよっ」」
どこをどうしたらそんな結論に至るのか。
思わずヘファも、一つのソファに腰かけ身を寄せ合うハナとミツを、半目で見つめてしまう。
おんなじじゃないと言うべきか、アタシはツンデレじゃないと言うべきか。悩んだ末ヘファの口を突いて出た返答は、多分に呆れの篭った溜息めいたそれであった。
「……はぁ」
「あれ、私たち、なんか変なこと言っちゃった?」
「分かんない……も、もしかして、素材の状態があんまり良くなかったのかなぁ……?」
ヘファとエイト、面識のない二人が意外と似た者同士であると、既に自身らの中で結論付けられている二人には、ヘファの溜息の理由など皆目見当もつかず。なんとも頓珍漢な会話をしながら目を向けたのは、テーブルの上に置かれた『カズラの精霊樹』のドロップ素材だった。
「そうじゃなくてっ………や、いいわ、もう」
訂正しようと声を荒げかけ……しかし悲しいかな、否定すればするほどらしくなってしまうというツンデレの宿命を知っているが故に、ヘファは言葉を飲み込んで、目線を二人と同じ物へと向ける。
「素材の状態は問題なし。綺麗だし、この大きさなら切り出して作るにも十分だし」
軽く指で撫で、触診でも状態を確認しながらも、ヘファはこの時点で、その品質が非常に高いものであることを半ば確信していた。
それは勿論、『カズラの精霊樹』を討伐したハナとミツの腕前もさることながら。
(例のテイマーが調整したって話だけど、やっぱりその辺の腕は確かなようね……)
モンスター自身が、以前持ち込まれた野生の物よりも、より力強く美しい情報組成をしていたことも、大きな要因だと言えた。
これまでにハナとミツが相対し、そして打倒してきた、エイト所有の幾ばくかのモンスターたち。そのドロップ素材としてヘファの工房に持ち込まれた亡骸の一部は、そのどれもが、自然個体のそれよりも高い品質を誇っていた。
特に、今回の『カズラの精霊樹』のものと。
それから。
「ねぇ、またアレもちょっと、見せてもらっていい?」
「えっとぉ……はい、どーぞ」
言葉に応じてミツがストレージから取り出した、手のひらに収まるほどの宝玉。
「ありがと」
(相変わらず、やたらと綺麗な組成してるわね……)
淡く青色に揺らめく真球のそれは、ハナとミツが初めて戦ったエイトのモンスター、『ヒヨク』のドロップアイテムだった。
「もしかして、今回の素材と組み合わせられそうな感じ?」
真剣な眼差しで『カズラの精霊樹』と『ヒヨク』、二頭の残滓を交互に見やるヘファの様子に、ついにこのアイテムの使い所が見つかったかと期待の表情を見せるハナであったが。
「…………いや、やっぱり難しいと思う」
小さく呟くヘファは、そのハナの期待を振り払うようにかぶりを振った。
(やっぱり、組成が綺麗過ぎて他と上手く噛み合わせられない……)
素材として上質であることは間違いないのだが、一つのアイテムとして綺麗に纏まり過ぎているが故に、下手に他の素材と掛け合わせることが憚られる。
歪みない真球の外観が表す通り、手を加えることを躊躇してしまうようなそれ。
「そっかぁ……」
「……ま、精霊樹の方は加工もしやすそうだし、今度こそ良いものが作れると思うわ」
努めて何でもないことのように振る舞いながら宝玉を返すヘファだが、その内心では、この素材を生み出すほどの調整技術を持つエイトに複雑な気持ちを抱いていた。
(双子を融合させたからっていうのもあるんだろうけど……にしても、このアタシが一年近くも放置せざるを得ない素材だなんて……これで二人のアンチじゃなければ、素直に褒められたものを……)
そもそも彼奴の行った、二人の仲を引き裂こうなどという凶行はどこまで行っても許し難い愚かなものであり。その点で言えばエイトなど、ボロクソに弾劾して然るべき最低最悪のプレイヤーであることは(少なくともヘファにとっては)厳然たる事実なのだが。
(でもそのおかげで、二人がよりいい感じになったのも事実……)
皮肉なことに、エイトの謀略を経たハナとミツは仲違いをするどころか、以前のように……いや、以前にも増して人目も憚らずにイチャイチャイチャイチャいちゃつき散らかすようになった。
結果としてヘファの心労は解消され、むしろお釣りがくるほどの眼福っぷりを今日に至るまで堪能させて頂いている有様。
「良かったぁ……ハナちゃん、楽しみだね」
「うん。これで今度の第二回大会も、ばっちりミツちゃんを守ってみせるよっ」
「ハナちゃん……」
「ミツちゃん……」
(ほら、今みたいにね)
『ヒヨク』戦以降、工房の応接間で絶賛大活躍中の二人掛けソファの上で、ハナとミツは見つめ合う。
隣り合った右手と左手だけでは飽き足らず、体を向き合わせ、両の手を折り重ねて一つにする二人の様子を、必死に取り繕ったジト目で睥睨するヘファの心の内では、溢れんばかりの幸福感が吹き荒れていた。
故にこそ、件のモンスターテイマーへの評価を決めかねている。
いや、死ぬほどむかつくハナ・ミツアンチであることは間違いないのだが。
二人の関係性の改善に始まり。その後も継続的にモンスターを嗾けることで経験を積ませ、良質な素材を提供し、また、二人の仲がより深まるための一助ともなっている。
全てが結果論、関係破局という目的とは180度正反対な方向へと、たまたま作用しているだけ。
しかしそれにしても、その結果という功績は、それなりに大きなものなのだ。
(そろそろ、一回直接会って見極める必要がありそうね……)
案外、二人の言う通りただのツンデレ厄介ファンかもしれないし……なんて失礼なことを考えながらも、先の彼女らの言葉を受けて一旦、エイトなる人物のことは脇に置いておくヘファ。
(まあそれは、第二回大会が終わってからか……)
「……はいはい、ご馳走様。装備はばっちり仕上げとくから、アンタらは優勝インタビューの文言でも考えてなさいよ」
軽口のようでいて、昨年のアクシデントを鑑みた警告とも取れる言葉を投げかけながら、恐ろしく面倒見の良い偏屈者は、近く迫る一大イベントへ向けて、自身の仕事を粛々とこなす。
「それは流石に気が早いと思うけど……」
「まぁでも、できる限り頑張るよー」
第二回バディプレイヤー限定大会が、近く迫っていた。
次回更新は6月13日(土)18時を予定しています。
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