69 P-いつかのリベンジマッチ
「あ、エイトさんだ。こんにちは」
「こんにちはー」
「気安く話しかけてくんじゃねェガキどもが」
所謂、陽気な挨拶というやつである。
「えー……でも、どうせ今日も勝負しようとか言ってくるんですよね」
例によって山岳都市『リグ』付近の大森林。その奥深くで、今日も今日とてハナとミツは、陰気な粘着アンチ、エイトと顔を突き合わせていた。
「勝負じゃねェ。てめぇらクサレバカップルに鉄槌を下す、これはいわば聖戦なんだよ」
「うーん、ちょっと何言ってるのかよく分からないですねぇー」
現実換算でおよそ一年前、吹っ切れたハナとミツによって『ヒヨク』を打ち倒されたエイトは、しかしそれ以降もめげず挫けず、ことあるごとに二人に対して勝負……もとい、本人曰く聖戦を挑んでいた。
ファーストコンタクト時の朗らかな仮面などとうに投げ捨て、その行動原理そのままの、陰気で陰湿で粘着質で粗暴な本性を隠そうともせず、テイムモンスターを率いて挑みかかるエイト。何度敗れても立ち上がり、不屈の闘志で向かってくるその様は、最早ハナとミツにとって日常の一つとなりつつあった。
むしろ感覚的には、ほとんど定期イベントのようなものだろうか。
話しかけてくるななどと言っておきながら、実際にはいつもエイトの方から喧嘩を吹っかけてくる辺り、回避不能な強制イベントだともいえよう。
エイトの方も、もはや意地。
最初の『ヒヨク』戦の後、二人に「おかげで吹っ切れました」などと言われた時には、あまりの激情に卒倒しかけたほどだった。
聞けばこの二人、自称ただのお友達同士だったのだとか。それが周りに囃し立てられて途方に暮れていたところを、エイトとの一戦を切っ掛けに解決出来たのだという。
ふざけるな。
何がお友達同士だ。
このあたしが、こいつらの和解に一役買っただと?
揃って頭を下げ感謝の言葉を伝えてくるハナとミツの姿は、どう見ても、喧嘩からの仲直り後に鬱陶しいほどべたべたしだすバカップルのそれであり。二人のつむじを睨みつけながら、あの日エイトは誓ったのである。
いいだろう。
てめぇらがあくまで友達同士って言い張るんなら、その関係すら木っ端微塵に終わらせてやるよ。
「――で、そんなことよりエイトさん。今日のモンスターはどんなヤツなんですか?」
晴らすと誓ったあの日の雪辱を思い起こしながら、哀を背負った悲しき独り身女子大生は、今日もその心に激情を燃やす。コールタールのような、黒くべちゃっとした思いを燃料にしながら。
「チッ……まァいい。余裕ぶっこいてられんのも今のうちだぜ?なにせ今日のは、とっておきだからなァ……!」
ニチャァ……とでも形容すべき歪んだ笑みを浮かべながら、エイトは眼前の小生意気なバカップルにそう言葉を投げかける。
本人からしたら、相手を威圧し自身を鼓舞するクールなセリフのつもりなのだが……
「この前のキマイラの時もそう言ってませんでした?」
「そのまた前の変異ミノタウロスのときも言ってた気がしますけどー」
挑みかかってくるたびにそうも言われては、「とっておき」の恐ろしさも薄れてしまうハナとミツであった。
そも、初戦の『ヒヨク』以降、二人を追い詰めることが出来たモンスターは、ただの一頭としておらず。むしろあの一戦によって二人の関係は改善されたと言えるのだから、エイトがやっているのは、さしずめ自分の首に縄を巻きそれを定期的に自分で絞め直しているような、なんとも滑稽な行動であった。
「うるせェ!今度こそ、ガチでマジのとっておきなんだよ!!」
軽口を叩く眼前のバカップルに苛立ちをぶつけつつも、エイトは今日という今日こそ自身の勝利を確信していた。
「見て腰抜かすんじゃねェぞ?こいつはお前らにとって、会いたくもねぇモンスターだろうからなぁ!!」
鬱蒼と茂る森の中、僅かに湿った空気を目いっぱいに吸い込んで。
僅かどころじゃなく陰湿な熱意と共に、エイトはその名を叫ぶ。
「出でよ!『カズラの精霊樹』!!!」
「「……え?」」
予想だにしないその名に、揃って口をぽかんと開けてしまったハナとミツ。
その眼前、召喚者の呼び声に呼応して、一頭のモンスターが姿を現す。
一見すると樹魔のような、大木めいたシルエット。
しかしてその太い幹には、純粋な樹木種では持ちえないはずの、無数のツタが絡みついており。
広がる枝葉の陰に潜むようにして、ツタたちは獲物を探し蠢いている。
樹木種にして、ツタ植物。
カズラの食人モンスターでありながら、精霊樹が一柱。
それはまさしく、希少樹木種『カズラの精霊樹』であった。
「わぁ」
「これは……」
自身らの背を優に超える幹を見上げながら、ミツとハナは小さな息を漏らす。
それを畏怖と驚愕の溜息だと読み取ったエイトは、勝ち誇るようにして声を張り上げた。
「そうだ!こいつはかつて、おまえらが大苦戦したこの森の秘奥!それをあたしがとっ捕まえて、さらに強くデカく調整してやったってワケよ!!」
得意げな彼女の言葉の通り、此度の『カズラの精霊樹』は、以前ハナとミツが遭遇した個体よりも一回りほど大きく、生い茂る枝葉も蠢くツタも、より活発に息づいているように見えた。
「いやァ苦労したぜェ?天然の異種交配種ってのは、個体数がとにかく少ないからなァ……むしろ、数か月程度で発見出来たあたしはラッキーだったかもなァ……!」
自慢げに宣うその言葉通り、いくら生息域が判明しているとはいえ、希少種の発見及び捕獲はそれなりの根気と労力を要するものである。
そしてエイトが、その労を惜しまず『カズラの精霊樹』をテイムし、此度、ハナとミツへと嗾けたことには、大きな理由があった。
「どうだ、思い出すだろォ?連携も取れずツタで嬲られ、枝で裂かれ、地面を転げまわったトラウマをよォ!?」
ターコイズブルーの瞳をかっぴらき、普段は猫背な腰を目いっぱい反らして叫ぶエイトの勝算というのが、それ。
かつて、ハナとミツを最も追い詰めた自然種だから。
希少なだけでそこまで強くもないこのモンスターに、二人は大きな苦戦を強いられていた。
なればこそ今一度、いや、今度は持ちうる性質はそのままに、テイムモンスターとしてより強大な姿へとチューンアップして。
再び二人の前に立ちはだかれ。
今こそこのバカップルどもに、地面の味を思い出させてやれ。
そんな目論見でもってエイトは大森林に籠り、長く探索を続け、件の希少樹木種を配下としたのであった。
「はっはァ!!今日がおまえらの破局記念日だ!!祝杯の準備をしなくちゃなァ!?」
――もはや自身の悲願成就を信じて疑わず、淀んでいたはずの瞳を輝かせる彼女が、もう少しだけ冷静でいられたなら。
ここまで負けが込まず、頭に血が上っていなかったなら。
愚かではあるが決して馬鹿ではないエイトであれば、気が付けたはずなのに。
「「――エイトさん、ありがとうございます!」」
輪をかけて残念なことになっている今のエイトの脳みそは、二人の言葉を理解出来ず、一瞬フリーズしてしまった。
「私たち、ちょうどこのモンスターを探してたんですっ」
「一年前のリベンジとー、あと、素材収集もかねてって感じで」
畏怖どころか、その表情は喜色満面。
探していたものが、思わぬところで見つかったかのような。
「今回も、アイテムドロップはオンでいいんですよね?」
「いつも通りのルールで大丈夫ですかー?」
PVPにおいてテイムモンスターがその性能を十全に発揮するには、撃破された際のアイテムドロップを有効にする必要がある。
これまでも、そしてもちろん今日も、いつだってリア充を潰すために全力で戦ってきたエイトには、その条件を否定するだなんてありえない。
「お、おぉ……」
だからこそ、訳が分からずともついいつも通りに、いつも通りのルールを呑んでしまった。
(おかしいなァ……予定では、トラウマに歪むこいつらの顔をじっくり楽しむはずだったんだが……?)
未だ追いつかぬ思考のまま、戦いは始まる。
ハナとミツ。
対するは、かつての二人と戦った『カズラの精霊樹』。
「前は全然上手く戦えてなかってけど、今回は問題なし」
「今度こそ、綺麗な素材ゲットしようねっ。ハナちゃんの装備のためにっ」
「うん、ありがとう、ミツちゃんっ」
「えへへぇ」
全く臆せず、むしろモンスターをダシにしていちゃつき始める二人の言葉こそが、真実。
そう、一年前にハナとミツが苦戦したのは、あくまで彼女たちの連携が杜撰だったからという、ただその一点に尽きるのであって。
エイトのおかげでその問題も解消し、最近では戦闘中ですら構わずいちゃつきだすほどに絶好調な二人にとっては、レアモンスターがちょうどいいサイズになってやって来てくれたようなものなのである。
(――あ、これ勝てねぇわ……)
そんな当たり前のことに今の今まで気が付けないほど、エイトの思考は摩耗しぶっ壊れ始めていた。
次回更新は6月10日(水)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。




