68 R-折り返し地点、或いは攻守交代
数日間の滞在を終えて、華花と蜜実は黄金家を後にした。
そのまま快速で向かう先は二人の愛の巣……ではなく。
「あぁー、緊張してきたぁー……」
華花の実家、明日華と花恵の待つ白銀家だった。
「でしょ?やっぱそうなっちゃうんだって」
行きの道中とは逆に、蜜実はそわそわとどこか落ち着きがなく、華花はそんな彼女を苦笑と共感の混じった顔でなだめている。
「うぅー……」
いや、分かってはいた。分かってはいたのだが。
それでもなお、いよいよ義両親への挨拶も目前となると、今まで見て見ぬふりをしていた緊張や不安が、どっと押し寄せてきてしまう。
そんな所在なさげな表情で自身を横から見つめてくる蜜実に、華花は悪戯っぽい表情で、
「挨拶なんて、これでもう三回目だし……そうじゃなくても、向こうでちょくちょく会ってるんだから、今さらそんな気にすることないってー……だったっけ?」
数日前に言われた言葉を、そっくりそのまま返してやる。
「華花ちゃぁん……意地悪しないでよぉ……」
常以上に下がった目尻を少しばかり潤ませる蜜実に、何やら加虐心めいたものをくすぐられる華花であったが……しかし基本的に蜜実に甘い彼女には、ここからさらに追撃するのは流石に憚られた。
「ごめんごめん……ん、未代から連絡来てる」
そうして、詫びついでに何か気を紛らわせるネタでもあればとデバイスを開いてみれば、そこには夏を満喫しているであろう友人からのメッセージが。
〈里帰りも今日で折り返しだっけ?蜜実の実家はどうだった?〉
未代や麗たちには、立て続けに両家に赴くことを伝えていたため、それを気にかけてのものだった。
友人からの小さな気遣いに笑みを浮かべつつ、華花は手早く返信する。
〈ハロワと同じで、お義父様もお義母様も良い人たちだったよ。そっちはどう?なんか面白いことあった?〉
詳しい話は近々、麗も含めて四人揃った時でもいいだろうと簡潔にまとめ、ついでに未代の方の夏休み満喫ガチ勢っぷりを、移動中の話のネタにでもしようとして。
〈昨日センパイんちで遊んでたんだけど、夕方から夜まですんごい土砂降りになっちゃって、結局そのまま泊っていったわ。センパイのテンションが何かおかしくて楽しかった〉
帰ってきたそのメッセージからは、二人が思っていた以上に陽取 未代っぷりが炸裂していた。
「へぇ、それはそれは……」
天候すらも彼女の女たらしっぷりに味方するのかと、思わず苦笑いを浮かべてしまう華花だったのだが……横から覗き込んでいた蜜実の一言によって、上がった口角はそのまま引きつり気味に固まってしまうこととなる。
「……ねぇ、今日は未代ちゃんがうちに遊びに来る日だーって、麗ちゃん言ってなかった……?」
「……そういえば……」
夏季休暇中も予定が合えば遊ぼうと、四人は大まかなスケジュールを互いに伝え合っており。だからこそ華花も蜜実も、期待にはにかむ麗の顔を、容易に思い出すことが出来た。
そして、出来たからこそ、この状況の恐ろしさに気が付いてしまう。
〈今日は麗の家に遊びに行く日じゃなかった?大丈夫なの?〉
戦々恐々としながらも何とか送ったメッセージに、しかして、すぐさま返ってきた未代の返信は。
〈ダイジョブダイジョブ。朝早くに一旦寮に戻って、シャワー浴びて朝ご飯食べて、今まさに麗んち向かってるところ。市子が妙に不機嫌でちょっと大変だったけど〉
さらに信じられない情報を載せた、最早読むのも怖くなってしまうほどのそれだった。
「えっと、市子ちゃんは、未代ちゃんと同じ寮組……だったっけ?」
「確か、そんなこと言ってた気がするけど……」
昨日から今日にかけての未代の行動を、送られてきたメッセージと把握しているスケジュールに基づいてまとめると、以下のようになる。
豪雨を理由に女性の元で一夜を過ごし、翌朝帰宅してシャワーを浴び、同棲相手(誇張)と朝を共にしてから、また別の女の家へと赴く。
凄まじいまでの悪女っぷりであった。
「そりゃ、市子ちゃんも機嫌悪くなるよぉ……」
「麗もなんていうか、災難……?……いや、もっとこう、なんか……」
形容し難く、複雑に過ぎる様相と心情。
きっと未代のことだから、麗にも一連の出来事を面白おかしく話してしまうのだろう。
そうなった時のかのお嬢様の心情を考えると、なんともやるせない気持ちになってしまう二人だった。
「ていうか、センパイさんの家に泊まったって、大丈夫だったのかしら……?」
「ちょーっと、ストーカーさんっぽい感じもするけどねぇ……」
華花も蜜実も、件のセンパイとやらと直接会ったことはなく。ただ、未代のデバイスへと不定期に送られてくる大量のメッセージから、彼女が若干ストーカーめいた執着を友人に抱いていることくらいしか、分かっていることはない。
そんな危うげな人物と長く交流を持っていたり、こうして軽はずみに家に泊まりこんだり、未代のメンタルはどれだけ頑強なのだろうかと、二人は思わずにはいられない。
或いはこれこそが、彼女の無自覚鈍感系足る所以なのだろうか。
「ま、まあいいや。未代がどうなろうともう、自業自得って気がしてきたし……」
「そ、そうだねぇ……」
恐れ知らずな友人の末路など、もはや自分たちの及ぶところではない。
こういうのは下手に首を突っ込み過ぎず、程よい距離感で観察するのが楽しいのだから。
気を紛らわせるつもりが、もっと恐ろしい何かへと危うく首を突っ込んでしまうところだった……と、いうわけで、遠く離れた地で修羅場の種をせっせと撒き続ける未代のことは捨て置き、結局二人は、自分たちの向かう先へと再び意識を向けることとなる。
「でもまぁ、未代ちゃんのおかげでちょっとは大丈夫な気がしてきたー」
少なくとも自分は、一途に華花のことを想っているのだから、その点においては胸を張れる。
今も昔も変わらずに。
「それこそ修羅場っていうんだったら、最初にうちに挨拶しに来た時が一番やばかったし。大丈夫、大丈夫」
華花の言葉で思い起こされるのは、[HELLO WORLD]で『結婚』を決め、両家への挨拶に赴いたとき。中でも白銀家……というより、母の一人である明日華の親馬鹿っぷりは、二人の脳内に今でも鮮烈に焼き付いていた。
「どうしよう、また「娘が欲しくばこのあたしを倒してからにしろ!」とか言われたら……」
仁王立ちでそう叫び、当時完成したばかりの『比翼』『連理』の錆となった明日華、気迫だけは本物だった彼女の姿を振り返りながら、蜜実はまた妙な不安に駆られてしまう。
「もしそうなっちゃったら……向こうではともかく、こっちでは勝てる気しないよぉ……」
「流石に二度目はないでしょ……多分」
いくら何でもリアルファイトにまで持ち込みはしないだろうと思いながらも、けど昔はちょっとやんちゃしてたらしいからなぁ……と、完全には否定しきれない華花。
「だ、大丈夫っ。最終的には向こうでの『結婚』も認めてくれたんだし、ね?」
結局今の彼女に出来るのは、少しでも蜜実の緊張を和らげようと、過去の成功体験を掘り返していくことくらいだった。
「そう、だよねぇ……うん、大丈夫……、だと、思いたいなぁ……」
自身に言い聞かせるように頷きながら、華花の言葉にも乗っかって、蜜実はさらに過去の思い出を振り返っていく。半ば、自身の精神を安定させる逃避のようにして。
「……ねえねえ華花ちゃん。あの時のプロポーズの言葉、もう一回言って欲しいなぁ……」
「……え、今!?」
逃避し過ぎて、若干面倒くさい女になっていた。
「今、いまー……」
過去に逃げ込んだ蜜実の唐突な無茶ぶりに戸惑いながらも、しかしそう誘導したのは私だからなぁと、ついつい応えたくなってしまう辺り、やはり華花は蜜実に激甘であった。
「こ、こほん。えっと、じゃあ――」
次回更新は6月6日(土)18時を予定しています。
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