67 R-おもいを確かめて
(主に華花にとって)緊張のファーストコンタクトを終え、気が付けば時間はもう夕刻。
黄金家に華花を加えての、夕食の歓談と相成った。
久方ぶりに帰ってきた娘、そしてその嫁(仮)と卓を囲むとなれば、自然、黄金夫妻の機嫌も常以上に朗らかなものとなり。
先の挨拶を経て緊張も大分ほぐれた華花の方も、気兼ねすることなくその相伴に預かることが出来た。
すっきりと片付いたダイニングキッチンに、上品なデザインのウッドテーブル。
ディティールは違えども、その様相はまさしく[HELLO WORLD]でのそれと変わらないものであった。
「どう、華花ちゃん。お口に合うかしら?」
「はい、すごくおいしいですっ」
卓上に並ぶ料理に舌鼓を打ちながら、蜜月と華花が言葉を交わす。
今の時代での一般的なひと手間――すなわち、チルド食品に少しばかり手を加えた品々は、普段マンションの一室で二人で食べているそれよりも、少しばかりどこか華やかな味わい。
既製品に如何なアレンジを加えるかが家庭の味などと呼ばれる今日、実家とはまた違った味付けは華花に新鮮さと、それから、ともすれば黄金家に迎え入れられたような感慨を与えてくれた。
「どうだい蜜実?何か華花さんに迷惑をかけていたりはしないかい?」
華花に限って、蜜実を迷惑がることなんてそうそうないだろうと分かってはいながらも、言わずにはいられないのが父親としての性か。
穏やかに、口の端に笑みさえ浮かべながら、実彦は娘に問う。
「うーん……毎日起こして貰ってはいるかなぁ」
「迷惑だなんてそんなっ、むしろ毎日寝顔を見られて助かってます」
何がどう助かっているのかは当人以外よく分からないが、すぐさまそんなフォローを入れるあたり、特に問題はないのだろう。
「あはは、朝が弱いのはもう治りそうもないね」
「そこはわたし譲りなのよねぇ。華花ちゃん、これからもちゃんと起こしてあげてねぇ?」
「はい、勿論っ」
具体的にどういった手段で起こしているのかについては一切公言しないまま、華花は力強く頷く。
「よろしくねぇー」
他人事のように言う蜜実だが、実のところもう、華花に依らず起きると寝覚めが悪くなってしまうほどには、彼女の体は嫁の『おはよう』に躾けられてしまっていた。
こうして、黄金家のディナーは緩やかに、けれども賑やかに過ぎていく。
◆ ◆ ◆
「――華花さん。少し、大事な話をしてもいいかな?」
それは、夕食の後。
蜜実が、シャワーを浴びに行っている少しの時間に、父から義娘へと投げかけられた。
「……はい、なんでしょう」
相も変わらず穏やかながら、言葉通り真剣な顔を見せる実彦に、華花も背筋を伸ばし、正面から向き合う。
そして。
「華花さんは、将来的には蜜実と添い遂げたい……って事で、いいのかな?」
静かに発せられたその言葉は、この場にいるだれもが半ば暗黙の了解としていながら、これまで明言されていなかったことだった。
これも一つの親心なのか、娘のいない間に、相手の意思を確かめておこうと、実彦は問い。気が付けば、くつろいでいた蜜月も、夫の隣で静かに答えを待っている。
そんな、心の中で何度も義両親と呼んできた二人に向かって、華花はその切れ長な視線を臆せずにぶつけて。
「……私はまだ学生で、こんなこと言うの、無責任かもしれないですけど……でも」
先のような過度な緊張はもうない。
ただ真剣さと、切実さと、想いだけが、溢れ出る。
「……蜜実と、ずっと一緒にいたいんです!」
ここは現実だ。
向こうのセカイとは、トッププレイヤーの一角に名を連ねる『ハナ』とは違う。
ここでの華花は、ただのいち女学生で。
責任を取るだとか、苦労はさせないだとか、そんなことを断言できる社会的な力なんて、何も持っていない。
けれども。
『ハナ』だろうが『華花』だろうが、この想いだけは変わらない。
そんな等身大の言葉が、強い眼差しと共に、黄金夫婦を今一度射貫く。
いつかのそれと同じ眼差し、同じ想い。
それを受けて父と母は、今一度小さく頷いて見せた。
「――うん。一度は『結婚』を許しているんだ。今更とやかく言ったりはしないよ」
返答と共に思い返されるのは、かつてあちらのセカイでもあった、今と同じような一幕。
クランやフレンドなど、[HELLO WORLD]内においてプレイヤー間の関係性を結びつけるシステムは数多あって。ゲーム内での『結婚』もあくまでその中の一つ、言ってしまえばそれは、ただのロールプレイに過ぎないのだけれど。
けれども、二人は。
華花と蜜実は、互いの両親に、挨拶までしに行った。
あの仮想のセカイで、娘さんをくださいと頭を下げに来たのだ。
その時の言葉、その時の瞳に、どれだけの本気が込められていたのかなんて、四人の親たちには、ゲーム越しにでも痛いほどに伝わってきた。
だから、世界が変わったところで。
その意思が揺るがないことぐらい、とっくに分かり切っていた。ともすれば、二人の関係を見守ってきた親として、当人たち以上に。
まだ若い。まだまだ未熟だ。これからどうなるかなんて分からない。
だけどそんなこと、大人たちはとっくの昔に、受け入れている。
「だから、これからも。娘をよろしくお願いします」
「わたしからも、お願いね」
だから、二人は揃って頭を下げた。
あの時と同じように。
「っ、はいっ!」
同じく深く頭を下げる華花。
三人は確かに、今その場にいないただ一人の少女を想っていた。
――ちなみに。
蜜実はこの一幕を、脱衣所からばっちり盗み聞きしていた。
(……ぜ、全部聞こえてるよぉ……)
明らかに入浴以外の要因で顔の熱が引かなくなってしまった彼女が、リビングへと戻るまで、今しばらく。
◆ ◆ ◆
「――久しぶりに寝ると、なんだか小さく感じちゃうなぁ」
二人で暮らしているマンションのそれよりもさらに小さい、一人用の小さなベッド。
今はだれも使っていない、かつての蜜実の部屋に残されたそれに、華花と蜜実は身を寄せ合いながら横になっていた。
「二人だからっていうのも、あるんだろけどね」
蜜実と華花、両人の入浴後も、歓談は穏やかな雰囲気のまましばらく続いたのだが。
旅の疲れもあるだろうと、頃合いを見計らって就寝を勧めた両親が二人に用意していた寝所は、高校入学前まで蜜実が使っていた小さな一室だった。
「さすがにちょっと狭い、かなぁ?」
勿論、年に一、二度ほど帰省してはいるものの、今年度はのっけから色々ありすぎて、この部屋が妙に懐かしく思えてしまう。
そんな思いを言葉の端に滲ませながら、その自分の部屋に華花がいるのだという状況に蜜実は、心が柔くくすぐられるのを感じていた。
「でも、いつもこれくらいくっついてるし。変わらないといえば変わらないかも」
これはこれで、もっと緊張するかと思っていたのだが。
変わらないという言葉の通り、思いのほか穏やかに、その部屋でもう少しだけ彼女たちは、二人きりの時間を過ごす。
(……蜜実の部屋……昔の、蜜実の……)
長らく当人が不在だったのだから、流石に蜜実の香りがすることこそなかったけれど。
部屋に置かれたままのいくつかの私物たちが、かつての彼女の残滓を確かに感じさせる。
小さな灯りに照らされ、影を作るそれらに誘われるようにして、自然と華花の口が開く。
「ね、蜜実」
「なぁに?」
「小さい頃の蜜実って、どんな感じだったの?」
「うーん、華花ちゃんが知ってるミツと、そんなに変わらないと思うよー?」
「そうだろうけど……ほら、何か具体的なエピソードとか、思い出とか」
幼い頃の蜜実を知りたい。
判然とした人となりではなく、彼女を形作る確かな思い出を。
仮想のセカイで幼い頃からミツを知っているからこそ、より細かな、蜜実のなんてことない一幕を、もっと知りたい。
「思い出かぁ……えーっと…………」
華花の好奇心に絆されて、蜜実も自身の記憶を辿る。
切っ掛けを探すように、視線を部屋中へと巡らせて……そしてふと、今この身を預けているベッドに意識が向いた。
「……じゃあ、このベッドを買ってもらったときの話なんだけど――」
こうして夜は、静かに更けていき。
二泊三日の滞在期間中、華花は蜜実から、或いは義両親から、時には家に染みついた残滓たちから。小さな蜜実の、沢山の思い出を聞かされることとなった。
次回更新は6月3日(水)18時を予定しています。
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