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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
夏 百合乃婦妻の夏休み
65/326

65 P-けど、大切


「――私、たぶん、ミツちゃんのことが好き」



 それは、突然の告白だった。


「はぇっ!?」


 その背に見惚れていたミツが、妙な声をあげてしまうほどに。


「……なんだと思う、うん、たぶん」


 ただし、続く言葉はどこか、煮え切らないもので。


「た、たぶんっ!?」


「や、あのそのっ、そういう(・・・・)意味かは自分でも分かんないけど……でも……好き、だよ……?」


 頬を赤らめ、けれども少しばかり首を傾げながら、半ば独り言ちるようにしてハナはそう口にした。



「ぁぅ……その、えっと、ありがとう……?」


 恥じらいと困惑は伝播して、ミツの声も同じ様に戸惑いを帯びている。

 思わずお礼なんか言ってしまって、しかしその後は言葉に詰まる。


「わ、わたしは……、……わたしも――っ」


 それでも、なんとか紡ごうとした何言(なにごと)かは、再び急降下し攻撃を仕掛けてきた『ヒヨク』の姿によって遮られることとなり。


「……ふぅっ」


 未だミツの前に立つハナが、その小さな一息と共に振るう刃でもって、迫りくる鳥獣を迎え撃つ。


 先の一幕から、胴ではなく翼――左のそれを狙って逆袈裟に振り上げられた長剣は、しかしやはり、目前で刃の下を潜り抜けていく急旋回によって回避され。


「『攻盾バッシュ』!」


 振り抜いた勢いのまま半回転、そのまま腕を伸ばして押し付ける様に突き出された小盾が、過ぎ行く『ヒヨク』の胴を(かす)める。


 それは僅かばかり、突進の軌道を逸らす程度しか出来ない小さな一撃。

 この程度の横やり、『ヒヨク』であれば構わず標的を捉えられるような、些細な反抗。


 けれども、その声。

 その背中。その体捌き。

 何度も見聞きし慣れ親しんだ、いつものハナ。


 それらに惹き込まれたミツが反射的に、つい、いつものように動いてしまう(・・・・・・)ことによって。


「――『軽脚ステップ』っ」


 考えるより先に紡がれたクイックスキルが、彼女の足を、数歩だけ軽くする。

 素早く後ろに三歩、だがそれだけでは足りないと、背を反り翼の下へとエビ反りに潜り込み。

 紙一重で『ヒヨク』の突貫を躱し、鼻の先を通り過ぎる翼に目をやりながら、ミツはそのまま後ろに倒れ込んだ。


「よっ……とぉ」


 姿勢を崩した……のではなく、回避のための意図的な転倒。そのまま流れるよう後転し、一瞬後には、何事もなかったかのように立ち上がるミツの姿があった。



 飛び去る『ヒヨク』を視界に捉えたまま、隣に並び立つハナへと意識を向ける。


「ハナちゃん、いまの……」


 振るう太刀筋は迷いなく。

 躱されてもなお、体の芯は、少しもぶれはしない。

 凛とした言の葉と、振り向きざまに舞う一筋の銀髪は、幾度となく自分を魅了してきた、いつも通りの彼女の姿で。


 そんなものを見せられては、彼女以外、目に映らなくなってしまう。

 周りの目とか、恥ずかしいだとか、好きだとかどうだとか。


 そんなことは全部どうでも良くなって、ただ、彼女と呼吸を合わせてしまう。

 二人の動きが一つに繋がるその心地良さ以外、全部、忘れてしまう。


「ね、いつも通りできたでしょ?」


 見えはせずとも、その顔が小さく微笑んでいることくらい、簡単に分かってしまう。


「うん、なんだろぉ……全部、よけいなこと、ぜーんぶ、どうでも良くなったみたいに……」


 あの一瞬、恥ずかしいだなんて、考えもしなかった。

 ただ彼女に導かれるまま、心を一つにして。

 それだけが大切なことなんだと、体が分かっているみたいに。


「さっき、ミツちゃんがやられちゃいそうになったとき。私も、余計な考えとか全部、どっか行っちゃって」


 そしてそれは、ハナも同じ。 


「ただ、守らなきゃって。大切だからって」


 大切な人を守れるか否かの瀬戸際で、それ以外のことを考える余裕なんてなかった。


「そしたら、いつもみたいに動けて……それで、気付いたんだ」


「気付いた?」




「うん。ただ、ミツちゃんだけ見てればいいんだって」




 思えば、今までだってそうだった。

 ただ、お互いが大好きで、一緒にいるのが楽しくて。

 それ以外のことなんて、さして考えてもいなかった。

 

 だったら、これからもそうすればいい。

 恥ずかしかろうと、なんだろうと。

 好き(・・)かどうかなんて、分からないけど。


 ただ、大切な彼女のことだけを考えていれば。

 そのほかの余計な考えなんて、すぐにどこかへ行っちゃうんだから。


 ほら、今みたいに。


「ミツちゃんは、その……いろいろ(・・・・)言われるようになって、恥ずかしい?」


「それは……うん、恥ずかしい、かなぁ……」


「私も恥ずかしいよ。でも、それ以上に、ミツちゃんのことが大切。ミツちゃんと一緒に、楽しく遊ぶのが大切。ミツちゃんは?」


 先の攻防で分かり切っている答えを、それでもハナは、横に立つ大切な友達へと問いかける。


「……わたしも、大切……」


「じゃあ、それだけ考えてて。一番大切なことにだけ集中して。そしたらさっきみたいに、周りのことなんて気にならなくなっちゃうから」


 自分のことだけを考えていてほしい。

 そんな、告白なんてレベルではないハナの台詞は、しかしミツの心へと、すっと染み渡っていく。


「……うん。わたし、ハナちゃんだけ見てる。だから、ハナちゃんも」


「もちろん。ミツちゃんだけ見てるよ」


 お互いへの気持ちだけを大切にして。


 周りの目とか、評判とか。

 この気持ちの呼び名さえも、今はわきのほうに置いておいて。


「ふふっ」


「えへへぇー」


 ただ、二人は笑い合う。

 そうだ、こうして一緒にいるだけで、何よりも幸せで、満ち足りているんだから――



「……はァ?」



 ――とまあそんな風に、二人が気持ちを確かめ合っている、数十秒ほどの間。

 『ヒヨク』は、全くもって攻撃を仕掛けてくることはなかった。


 それは主たるエイトが、ハナとミツのやり取りを呆然とした面持ちで聞いていたからである。



「……なんだ、これ……」



(あたしは、いったい何を見せられてんだ……?)



 湧き上がってくる、狂おしいまでの衝動。



(なんでこいつらは、戦闘の真っ最中にイチャつき始めてんだ……?)



 あまりにも純粋で甘酸っぱいやり取りに、エイトの中で何かが溢れ出す。



「――ふっざけてんじゃねぇぞォォッッ!!!」



 目深に被っていたフードが外れてしまうほどに、気迫を帯びた絶叫。


 否。


 もはやそれは、咆哮とすら呼べるような、魂の底からの叫び。



「人様の可愛いペットをダシにイチャイチャイチャイチャッ……!!」



 青い瞳は(くら)く異様な輝きを灯し、吊り上がった口の端からは、犬歯すら顔を覗かせる。



「見せつけてんじゃねェぞバカ共がァッ!!!!」



 熱心なファンの仮面など剥がれ落ち、ただ衝動のままに声を上げる、彼女のありのままの姿が、そこにはあった。



「え……?あ、えっと……」


「その、ごめんなさい……?」



 豹変したエイトの気迫に、思わず謝罪の言葉を口にしてしまうハナとミツではあったが……だが、それだけ。


 つい先ほどまでの、周りの視線に敏感になってしまっていた二人であれば、本性を剥き出しにしたエイトの威圧感に委縮し、もしかしたら、泣き出してすらいたかもしれない。二人はまだ、年端もいかない少女であるからして。


 しかし、変な方向に吹っ切れ、周りの目など逆に一切気にならなくなってしまった今の二人にとっては、エイトの危うげな豹変も、変なファンの人が変なアンチの人に変わった、くらいのものであり。

 悲しいかな、哀れな独り身女子大生の魂の叫びは、適当な謝罪によって適当に受け流されることとなってしまった。



「ごめんで済んだらなァ……!!この世に独り身はいねぇんだよォッ!!!!!」


 

 激情のあまり、自分でも何を言っているのか分からないまま、エイトは自らの化身たる『ヒヨク』に命を下す。


「『ヒヨク』ゥッ!!あのバカップルどもを引き裂いてやれッ!!物理的になァ!!!!」


 主の(ほとばしる)る感情を両翼(かたよく)に乗せて、鳥獣は今一度岩肌へと突き進むものの。


「ウォーミングアップはここまでね」


「うん、そろそろ本気、だしちゃうよぉっ」


 ある意味で、年不相応なメンタルの強さを手に入れてしまったハナとミツに、もはやエイトの恨み辛み僻みなど、歯の一本すらも立つはずがなく。



「えへへ、ハナちゃんっ、楽しいねっ!」


「うんっ、ミツちゃんと一緒だから、すっごく楽しいっ!」



 フウフドリの名を冠する鳥獣が、金と銀の煌めきの前に倒れ伏すまでに、そう時間はかからなかった。




 ◆ ◆ ◆




 なお、吹っ切れた二人の関係を、お抱えの鍛冶師はこう評したとか。



 ――友達以上恋人未満 以上 恋人未満。



 つまるところ、彼女の大好物であった。


 次回更新は5月27日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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